第41話

 私が目を覚ますとレルフィード様が手を握っていて、水も要らないからとにかく眠いと思ってそのまま寝てしまったようだが、改めて目覚めた時もレルフィード様は手を握ってくれていた。ベッドの横に座る状態で突っ伏して寝ていたけど。


 聞いたら丸2日寝っぱなしだったそうで、


「いつ目覚めるかと思うと気が気じゃなかった」


 食事も仕事も全部自分の居室で済ませて、夜はずっと私の手を握っていたそうだが、眠るつもりはなかったのにウトウトしてしまったと謝られた。

 でも明らかにほぼ寝てないんだろうと思うぐらい目は充血して真っ赤である。


 国王に何をさせてるんだとジオンさんたちを叱ってやろうかと思ったが、シャリラさんもジオンさんも「よかったよかった」と涙ぐむのでタイミングを逃してしまった。




 私はどうやら聖女ビアンカに助けて貰わなければ死んでいただろうとの事だった。


 待機させられていたあご髭を生やした年齢不詳なお医者様が私を診察しながら教えてくれた。見た目は40代位のシブメンだが、レルフィード様が「ジジイ」とか呼んでるし、きっと魔族の基準だと多分おっそろしくご年配なのだろう。


「ほい、と。腹の傷も全く目立たんし、内臓の方も問題なさそうだな。聖女の力はすごいもんだのう。聖女ビアンカのお蔭でわしの首が繋がったようなもんじゃ」


 ジジイ先生はそう言うと、何かあればまた来るで、と帰っていった。


「レルフィード様、聖女ビアンカは?」


 私はベッドの側から離れないレルフィード様に聞いた。


「見張りをつけて、客間に軟禁状態だ。あちらもキリより2時間ほど前に目覚めたそうで、それまではベッドで寝たきりだった」


 私の命の恩人ではあるものの、もともとが攻撃した側の人間であるという事で扱いに困ったようだが、牢屋には入れないで監視状態にするという事で落ち着いたようだ。


 王子たちは勇者たちと一緒に牢屋に入っているが、一応ちゃんと食事は3食与えているそうだ。私が元気になってから処分を決めるとの事。


「いや、アーノルドさん、でしたっけ?私を刺した方は……」


「聖女ビアンカに治癒されたが出血が多かったので、こちらも牢屋ではなく別室に隔離して監視している。とりあえずキリが元気になるまでは何もしないつもりなんだが……」


 ジオンさんが私の目を覗き込むようにして尋ねた。


「キリ、お前はどうしたい?被害者としての意見を聞きたい」


「被害者ですか……うーん」


「アーノルドは王族と国を護る事を仕事として生きてきた人間だからな。本人の意思とかそういう話じゃなく、キリが存在する事でバッカス王国の弊害になる、王族を護れなくなる。それなら道連れにして罪を背負って自分が死ねばいいと思ったらしい」


「……はあ、なるほど……」


 あれかしら。存在意義の崩壊とか王族への忠誠心みたいなものかしら。


 ちょっとお腹をさする。

 あの時感じた痛みはもうない。「すみません」と謝ってたし、自分も責任を取るつもりだったようだけど、そんな一方的な心中は御免被りたい。


 だが、国の為、王族の為を思ってという母国愛の強さから来るものだと思ってしまうと、アーノルドさんはアーノルドさんなりの正義を行おうとしたのだと思う。


 日本でも「己が正義である」という勘違いをして人を傷つけたり誹謗中傷を浴びせたりする人も多いので気持ちは分からなくはない。


 正義など、その人の立ち位置で簡単に変わるものなのである。絶対的な正義などというのは存在しないと私は思っている。


 そして、一番はっきりしているのは、聖女ビアンカのお蔭で怪我も治って元気になってしまったせいで、私自身が恨んでないのである。


 いや、近くに来られたらまた刺されるかも知れないと思うと近寄りたくはないが、別に怒りが収まらず処刑してくれとまでは思わない。


「……うーん、もう積極的に会いたいとは思わないですけど、今は元気ですし厳罰とかは必要ないかな、と。王族の方や勇者の方たちも牢屋に入りっぱなしも何ですから、2度とマイロンド王国に立ち入らない、戦を仕掛けないとか、自筆で念書を書いてもらって、早々に帰って頂くとか?レルフィード様も『不可侵条約』って事でお互い無駄な犠牲を払うのは止めようと書面を向こうの王様に出せばいいのではないでしょうか」


「……いや、キリは本当にそれでいいのか?」


 レルフィード様が呆れたような顔で私を見た。


「ええ別に構いません。それに、よそ者の私が原因で誰かが血を流す羽目になる方がよっぽど後味悪いし嫌ですからやめて下さい」


 ベッドからそっと足を降ろす。

 2日ばかりとはいえずっと眠っていたので、何だか足がプルプルするが、レルフィード様が手を添えてくれたので普通に立てた。


 メイドさんが気を利かせてくれたのか、私のお気に入りの黒地の葉っぱ模様の綿のパジャマを着せてくれていたので、ネグリジェ的ないやらしさはないが、メイド服に着替えないと何だか落ち着かない。


 以前インフルエンザにかかってた時は高熱で3、4日ぐらいトイレと口に入れやすい食べ物食べて薬を飲む時しか起き上がれなかったが、今は寝過ぎたダルさぐらいしかない。


 そして、大変恥ずかしながら、自分が汗臭いのでお風呂にも入りたいし、お腹が鳴りそうなほど空腹なのである。


「聖女ビアンカも起きたそうですし、私もお風呂入って着替えて彼女と食事をしたいです。

 胃に優しいおかゆ……は苦手だから雑炊でも作りましょう」


 言ってるそばからお腹できゅるるる、と音がした。恥ずかしいわもう。


「起きてすぐ食べ物の話が出るのなら、本当に元気なんだな」


 レルフィード様が嬉しそうに頭を撫でる。

 

「じゃあ、1人じゃ危ないから私と一緒にお風呂に入りましょう」


 シャリラさんがレルフィード様から私の手を奪い、大浴場を私たちが出るまで立ち入り禁止に、などと兵士に伝えている。


「申し訳ありませんシャリラ様にまでご迷惑を……」


「やだいいのよう!女同士でお風呂に入るの楽しいわ~」


「待てシャリラ。私でさえ見た事がないキリのは、はだかを見ようというのか!ダメだ!」


 レルフィード様が意味の分からない抵抗をしてもう片方の腕を掴まれた。


「嫌ですわ。女同士でございますわよ。それにまだ体力が落ちているキリがのぼせたらどうするのです。──まさか、具合が悪くなってもレルフィード様が入る訳にも参りませんでしょう?そんな恋人の体調に付け込んで裸を見たがるようなド変態ではございませんわよね」


「う、いやそういう話ではなくっ」


 真っ赤な顔で必死に抗弁するレルフィード様も可愛いが、私は早く風呂に入りたい。


「フィー、私はド変態は嫌いよ?フィーは違うわよね?」


「勿論だ!」


「じゃ、どいてくれる?また後でね。女子のお風呂は大事なのよ」


「──分かった」


 シャリラさんと廊下に出て自室に着替えを取りに行くため歩きながら、レルフィード様は本当に子供のようだと苦笑する。そして、私はそんなレルフィード様が大好きだ。


「キリ、あなたレルフィード様を完全に操縦してるわね」


 くすくすと笑いながらシャリラさんが腕を組んで来た。


「でも、重たいわね愛情が。鬱陶しくなったらいつでも言って」


「ありがとうございます。その時はよろしくお願いします」



 笑い合いながらも、シャリラさんは私の帰る日が確実に近づいている事については一切触れる事はなく、私も触れる事はなかった。







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