第40話

【レルフィード視点】


「……入れ」


 私がそう言うと、扉が開き、ジオンと聖女ビアンカが入ってきた。

 ビアンカの髪は乱れており、手首は前で縛られている。


「どういう事だ?」


 ジオンが前に出ると、


「あの騎士団長の首の傷がな、ビアンカが触れたらみるみる内に血が止まって、傷が塞がったんだ」


 と告げた。


「何だと?聖属性の魔法はそんな力があるのか?魔力の無効化だけじゃないのか?」


「ああ。まあ聖女が2人になったのが今回初めてみたいだしな。

 本来の無効化だけで十分な戦力だし、昔の書物だと治癒の力の件については触れてなかったから分からなかった」



 治癒能力自体が極めて高い魔族にはほぼ不要な魔法だが、以前の戦いの時には魔法そのもの、つまりは防御結界も無効化されていた為、本来の治癒能力の高さ以上の被害で死に至る者が多かったと書物にはあった。

 聖女も、人間の方は治癒していたのかも知れないがこちらには分からない情報だった。


「私も知らなかったわ。何もしなくても発動するからって言われてここに来るまで何にもしてなかったんだもの。

 ……まあ自分も聖女だ聖女だとおだてられて調子に乗ってたんだけどね」


 聖女ビアンカは自嘲気味に笑うと、


「でも、アーノルドが倒れているのを見て、ああ、あそこに行かないとって自然に思ったの」


 ジオンが聖女ビアンカの訴えに、捕まえている兵士に合図して自由にさせると、彼女はアーノルドの首に手を伸ばした。すると、ふわっと白い光が手から見えたと思ったら、血は止まり、傷口も綺麗に塞がっていたという。


「多分、本来は余り使う機会がなかったんでしょうね。相手側の魔力の無効化だけで一方的な戦いだもの」


 聖女ビアンカはベッドに少し近づいた。


「まあ結構体力がごっそり持っていかれた感じだけど、あれが魔力なのかしらね?

 よく分からないけど、キリにも力が使えるんじゃないかと思うの。疑われても仕方がないんだけど、私は別に悪さをしたかった訳じゃなくて、いいことをして皆に誉めて貰いたかったのよ。正義のヒーローみたいに」


 結局おバカさん達に騙されてた訳だけど、私もおバカさんなのよね、と呟いた。


「信用して貰えないのは分かってる。でも時間がないのよ。聖女キリのリミットが近いわ」


 私はギョッとしてキリを見下ろした。

 先ほどより顔の青白さが増している。


「お願い。私にもこの世界で良い行いが1つでも出来たと思いたいの。助けたいのよ聖女キリを」


 私に選択肢などなかった。

 キリがいない世界には居たくない。居られない。


「キリを助けてくれ……頼む」


「ありがとう……」


 聖女ビアンカは頭を下げると、縛られた手はそのまま、キリの腹部の傷の上にそっと乗せた。

 淡い白い光が手の周りを包み、キリの腹部も輝き出した。


 聖女ビアンカの顔色も真っ白だという事に、近くに来るまで気がつかなかった。


 段々と光が強まり、眩しさで目を開けていられなくなった時、すとん、という感じで光が消えた。


「――ほんと、ギリだったわ……良かった」


 聖女ビアンカはそういうと、魔力を使い果たしたのかそのまま気を失った。手首を掴んで脈を確認すると、弱いながらもしっかりとした血の流れを感じたので命に別状はなさそうだ。


 ジオンに聖女ビアンカの治療も頼み、キリの傷口を見ると、見事に塞がってどこに傷があったのかも分からない状態になっていた。

 キリの顔色もまだ白いものの、先ほどの酷い状態より大分ましになっていた。

 脈もちゃんと確認出来る。


「キリ、キリ、分かるか?私だ」


 頬に触れながら必死で語り掛けていると、キリの睫毛が震え、少しして薄く目が開いた。


「……フィー?」


「ああキリ!良かった!本当に良かったっ!」


 思い切り抱きしめようとして、いかん傷口が塞がったばかりの病人だと我慢した。

 シャリラも眼元を潤ませながら、キリの手を握った。


「何か欲しい物はあるか?水はどうだ?」


「ん……いらない。すごく疲れてとにかく眠いから寝る、ね……」


「分かった。ずっと側にいるからな」


 すー、すー、とさっきよりまだ健康的な寝息が聞こえて、心底安堵する。


「レルフィード様、私はキリが起きた時に口に入れやすいスープなどを頼んで参ります」


 シャリラが涙を拭うとそう言って部屋を出ていった。

 




 私はそれからキリが目を覚ますまで、手を握ったままずっと待っていた。







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