第14話

 マイロンド国はでかい山のてっぺんが更地になっているような土地である。


 ぐるりと周りを見ても山そして山。

 よく言えば風光明媚、悪く言えばド田舎である。


 城下町と聞いて、自身の想像力の乏しい脳は、異国のレンガ造りの建物が並ぶお洒落な感じで、パラソルが開いたオープンカフェとか、噴水のある広場とか、映画で観たような現実感の薄い風景を思い浮かべるのが限界だったが、来てみると何ら普通の町と変わる所はなかった。


 肉屋、魚屋、パン屋、雑貨屋など日本でもあるような町並みがごく普通に通りを挟むように広がり、道を歩いている人も、ほぼ・・普通の老若男女である。


 まあ、顔は人なのに体に猫みたいな尻尾がついてる子やら、頭に花を咲かせているサボテンみたいな見た目の………オッサンだかオバサンだか不明な人が、器用に串に刺さった肉をひっくり返しながら焼いていたりはしたが。


 レルフィード様が言うには、人外の形態を持つ魔族は全体の2割程度だそうで、その中で普通に仲間と働きたいと思う者は1割程度。


 残りは孤高というか、あまりコミュニティに属したりするのが苦手で、森の中でひっそりと静かに生きてたりするタイプの者が1割といった感じらしい。


「じゃあ、白ちゃんや獣人やカマキリとかの騎士団の人もそのレアな働きたい方の人なんですねぇ」


 町中をてくてくと歩きながら、感心したように私は頷いた。


「………まあ、長生きだとすることがないのもつまらないだろう?

 ところで何故ずっと腕を支えてるんだ?」


「え?転んだら大変ですし」


「だからジジイじゃない」


 私は、おおそうだった、と手を離す。


「すみませんでした!つい年齢を聞いてしまったら、人間の感覚では生きてるのが奇跡のような年頃なもので、自然に補助スタイルに」


「………ま、いや、いいんだが。ところで、女物の服はその店で扱っていると思う」


 未だに視線が合う事はほぼないが、段々とどもる事も減り、緊張する様子も薄れて話をしてくれるようになったレルフィード様が指差す方向を見ると、フワフワしたレースやリボンがついたワンピースなどが飾られている店があった。明らかに少女向けである。


「………私にはターゲット層が若すぎるというか、この年でレースふりふりはちょっとツラいというか。もっと動きやすくてシンプルな服が欲しいんです」


「………そうか。似合うと思ったが」


 私を小学生レベルの子供と見ているのだろうか。まあ魔族から見たら27歳なんて赤ん坊みたいな年なのであろうが、いくら旅の恥はかきすて、とはいえアラサーOLにはヒャッハーにも程があると言うものだ。


「妹なら可愛いので似合うかも知れませんが」


「………兄弟がいるのか」


「はい。実里(みのり)という18の妹と千里(せんり)という16の弟がおります。私は長女でございまして」


 2人とも、素直な性格で大変可愛らしい顔立ちをしている。自慢の弟妹だ。

 年が離れているが、お姉ちゃんと慕ってくれる。小さな頃から大分餌付けしたが、実里も千里もスラッとした体型で羨ましいものである。


「そうか」


「あ、あそこに飾ってあるような服が好みなのですが」


 2軒ほど隣にユニ●ロ的な、実用的な安心できる品揃えの店があったのでひと安心する。


「………あそこか?キリはああいうのが好きなのか?」


「はい。おかしいですか?」


「若い女性というのは、もっと華やかなモノが欲しいのかと。モノの本にはあったのだが」


 わざわざ調べてくれたのだろうか。


 シャリラさんが、レルフィード様は人間と接するのに慣れてないと言っていたが、魔王様なのに随分と気を遣わせてしまった。


 申し訳なく思いながらレルフィード様とユニ●ロもどきの店に入り、黒、茶、グレーなどのニット素材の服をそれぞれ上下で買う。スカートは1枚で後はパンツにした。

 サイズ表記がないが、これもメイド服と同じで自動調整らしい。大変ありがたい。


「まあそんなに若くもないですし、この体型ですからお洒落とかも縁がないというか、痩せてたとしても地味な色合いの方が落ち着きます」


「………別に、痩せる必要はないんじゃないか?

 柔らかで触り心地が良いと思う」


 無意識なのか、レルフィード様が私の二の腕をぷにぷにと触ったので少し驚いた。


「………レルフィード様はデブ専なのですか?」


「デブセン、とは?」


「デブ専とは太めの女にしかそそられない、愛情を注げない性癖の人を言います」


「そそられっ………!っ何てハレンチな事を町中で!」


 買い物を済ませて表に出ると、私はレルフィード様を見た。


「ハレンチと言いますか、今レルフィード様がされている行動も充分ハレンチかと」


 未だに私の二の腕をぷにぷにしているレルフィード様が、キョトンとした顔をして、自分の手を見た。


「ッッッ!ああっ、済まない!」


 慌ててバッ、と手を離したレルフィード様は顔を真っ赤にしていた。


 いやそれほどの事でもないのだが。

 チチでも揉まれたらひっぱたくけども。


「人間に触るのは初めてですか?」


「ああ。………それでつい余りにも自分と触り心地が違うので………本当に悪かった。何て失礼なことを………」


 あ、ものすごく落ち込んでる。

 せっかく少し馴染んでくれたところだったのに。この魔王様はいいトシして子供のようなところがある。


「では、お返しでチャラと言うことで」


 私はレルフィード様の二の腕を揉み揉みした。うわ、筋肉すごいなー。カッチカチだ。


「何か運動でもされてるのですかレルフィード様は」


「………剣術と護身術ぐらいだ」


「筋肉がつきやすいんでしょうかね魔族の方は」


 まあ男性の二の腕を触った事も初めてなのでよく知らないが、私の二の腕とは全く別物だ。


「そう、なんだろうか?よく分からない」


 自分の手を握ったり開いたりして不思議そうにしている。

 

「さて、後はレルフィード様が本を選んでいる間に、私はちょっと小物を見たいので、本屋さんに参りましょう。はい」


 私は手を差し出した。


「二の腕はこそばいので勘弁願いたいのですが、多分手も女性の方が柔らかいと思いますので、宜しければ手でも繋ぎますか?」


「………いいのか?」


「このような手でも良ければ。魔族の女性と変わらない気もしますが。

 恋人さんとかおられないのですか?」


 この魔王様はトシだけ取った世間知らずのお子様だと思ったら、ちょっと肩の力が抜けた。

 

「そっ、そんな恋人とかっ、いる訳ないだろう!」


 余り接する人も少ないからか、対人スキルがメチャ低そうだ。もしかすると上がり症なのかも知れない。こんなイケメンさんなのに勿体ない。


「………レルフィード様は、男性の方が恋愛対象とか?」


「いや!異性の方が好ましい、と思う」


「それじゃ、今のままでは好きな方が出来てもまともにアタック1つ出来ませんから、私と練習をしましょう」


「………練習………?」


「はい。女性の扱い方、会話のしかた、行動、最低限押さえておいた方がいいと思われる事を、まあ人間の女性目線ですが少しずつ学んで戴ければと思います。レルフィード様、一生独身でいたくはございませんよね?このままだと、正直申し上げてかなりヤバいです」


 魔王様は174年も生きてるのにすっかり引きこもり気味みたいだから、女性への免疫もないのだろう。


「そ、そうか。私はなかなか、その、相手との距離感が分からなくて」


「ほら、私はいずれ帰る身ですから、ちょっとぐらい失敗して恥ずかしい事があっても大丈夫ですし。

 レルフィード様が普通に女性と接する事が出来たら絶対にモテモテになりますから、一緒に頑張りませんか?」


「………キリは、優しいのだな」


 ふわ、っと笑ったレルフィード様は、コワモテのイメージから一気に優しげなイケメンさんになって、思わずドキリとしてしまった。


 いかんいかん。この人は中身は子供。


「すまないが………よろしく、頼む」


 レルフィード様に頭を下げられた。


「ちょ、頭を上げて下さい!そんな大した事ではないですから。

 さ、それではデートっぽく、手を繋いで本屋まで参りましょうか」


「………あ、ああ」


 そっと私の手を取ると、緊張感の溢れる顔で歩き出した。



 うーむ、私の手を繋ぐ位で緊張するのでは、道のりは険しそうである。




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