第43話 第四の謎

「まだ終わりじゃない」


 焦りの感情で迷子になる俺に、氷川が鋭い視線をぶつけてきた。


「第四の謎。石狩翔はなぜ未来人の三つの謎を解くことができたのか?」


 射抜くような目と台詞に思わず身体が震えた。尖った刃が戸惑う心に直接突きつけられたような感じがした。


「ひ、氷川さん、第四の謎ってなに? どういうこと?」


「咲さんも石狩くんもどうしちゃったの?」


 会澤と笹本は狼狽えながら、俺と氷川の顔を行ったり来たりで窺う。


「二人はおかしいと思わなかった? この二か月間、石狩は一人でこんなに熱心に未来人の謎に取り組んでいた。どうしてそんなことができたんだと思う?」


 氷川の視線は俺をじっと捉えている。逃げることも隠れることもできない。


「そ、それは俺が石狩に解決を頼んだから……」


 会澤が出した答えに、氷川ははっきりと首を振って否定する。


「違う。正解は取り組むだけの時間があったから」


 氷川は竦んだ獲物を仕留めるようにじりじりと俺の秘密に迫ってきた。


「今は大学も春休みだけど、休みに入る前まではテスト期間があって忙しかったはずでしょう? それなのに、石狩はまるでそんなものがないかのように行動していた」


 射程距離に入った。


 もうすぐとどめの言葉を言われる。


 為す術もないまま、俺は氷川の唇が動くのをただ見ていた。


「大学、最近行ってないんでしょう?」


 身動きの取れない俺に、息の根を止める最後の一撃が容赦なく突き刺さった。


「どこでわかったんだ?」


 俺は無理やり笑みを浮かべ、ほとんど負け惜しみのような問いをこぼした。


「最初に変だと思ったのは成人式の日。意図的に大学の話を避けているように見えたから」


「そんな前からか」


「けれど、そのときは単なる思い違いかもしれないとも思った。わたしも考えすぎるきらいがあるから。でも、再びここで会ったとき、抱いていた不審感ははっきりとした疑惑へと変わった。ただ、そうは言っても証拠と呼べるものは何一つなかった」


「だろうな」


 軽く相槌を打った俺に、氷川は鋭い睨みを利かせてきた。


「だから作ることにした」


 笑って誤魔化すことを許さない。そんな瞳が虚勢を張る気力を奪う。


「前回このファミレスで集まった後、わたしは石狩の大学のテスト日程を調べてみた。学部と学科はわかっているから、そこから必修科目を割り出して、何日の何時から試験が始まるかをチェックした。大学二年生の分と、もしかしたら留年しているかもしれないから一年生の分も見て、両方ともが必修科目の試験となるような時間帯を予め見つけておいた」


 氷川は一つ息を吐き、再び強くこちらを睨みつける。


「そして、その時間帯に石狩に電話をかけてみた」


 ああ、あの電話がそうだったのか。


 心の中で思い至る。大学の試験日程のことなんて考えてもいなかった。


「そのときまではまだ確証はなかったけど、石狩が電話に出たことで疑惑は確信へと変わった。大事な必修科目のテストを受けに行っていないわけだから、おそらく最近は大学自体通っていないのだろうと」


 俺は氷川の推理を黙って聞いているほかなかった。


 会澤や笹本のほうはまったく見ることができない。彼らの失望した表情を見てしまったら、もうこの場にいることはできない気がした。


「大学に行っていないと仮定すると、どういう可能性があるか考えてみた。退学したか、休学しているか、あるいは単なるサボりか。いずれにしても、石狩は大学に在籍しているのか、というのが次の大きな問題になる」


 一手一手着実に詰めてくる。どこへどう逃げても氷川にはそれなりの準備があるのだ。もはや作り笑いを浮かべる力も残っていなかった。


「あとはどうやってそれを確かめるか。学生ならば必ず所持している『学生の証』を見せてもらえばいい。なんだかわかる?」


「学生証か」


「そう。だから、わたしは石狩と映画を観に行った」


 氷川は厳しい表情を一切変えることなく説明を続ける。


「映画のチケットを買うとき、普通なら学生料金にするために学生証を出す。当日、石狩が持ってくるのか見ていたけど、不可解な言い訳もなく自然な動きで学生証を店員に提示していた。チェックした店員も何も言わなかったから不備はないということになる。つまり、最近は通学していないけど、今も一応大学に籍は置いてあるという結論に辿り着いた。どう? わたしの推理はどこか間違ってる?」


 最後まで手抜かりなく、完全に反論の余地がないくらいに詰められてしまった。


「どこも間違ってない。すべて正しい」


 勝手に言葉を喋る人形のように俺は自白を始めていた。


「秋からだ。完全に行かなくなったのは。去年留年したんだよ。だから今もまだ一年だ。来年も二年には上がれない。それが俺の現状だ」


 誰の顔も見れず、伝わったかどうかもわからない自供を吐き捨て、重たい息を吐く。


「石狩くん……」


 笹本の沈んだ遠慮がちな声が隣から聞こえた。


 でも、彼女はそれ以上何も言わない。


 会澤も氷川も罵倒の一つでもしてくれればいいのに何も言ってこない。


 憐れみの言葉でも投げつけてくれれば、皮肉の台詞を返すことができるのにそれすらも許されない。


 限界だ。もうここにはいられない。


 俺はテーブルの上に散らばったレポート用紙やしおりや写真を無理やりかき集め、鞄の中に放り込んだ。代わりに財布からお金を出して立ち上がる。


「先、帰るわ」


 皆の反応を待たず、金だけテーブルに置いて、店の出口に向かった。


「なぁ、石狩っ!」


 背後から会澤の声がしたが振り返らない。


「またみんなで会えるよな?」


 返事はしない。振り返ることもない。ただその場から逃げ出したい一心で、足だけが前へと動く。


 気づいたときには店の外にいて、後ろから声は聞こえなくなっていた。

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