第42話 第三の謎の証明

 長丁場になったので、再度休憩を取った。それぞれ飲み物を取りに行ったりトイレに行ったりして、一旦席を離れる。


 しかし俺はどこへも行かず、手元の用紙を整理して眺めていた。


 長い時間をかけて挑戦してきた三つの謎。導き出した答えがこの数枚の紙の中に書き込まれている。


 無論、こうして綺麗にまとまるまでにはたくさんの労力と時間がかかった。今この場にあるレポート用紙は、破れて塵になった論理の山の上にできた結晶のようなものだ。


 ここまでで全体の三分の二が解決している。残るは三分の一。


 ラストは最後の最後まで取り組んで完璧に仕上げた、最後の日の物語だ。


「準備はいいか? さあ、最後の証明を始めよう」


 全員が揃ったところで、俺はリーダーらしく高らかに宣言した。


 これをもって、いよいよ未来人の謎の証明は完全に終了する。


「第三の謎。新島未翔はなぜ未来の絵を描くことができたのか? 提唱者は笹本。修了式の日にサプライズで行われた未翔の送別会で撮ったクラスの集合写真と、送別会の二週間くらい前の時点で未翔のスケッチブックに描いてあった絵が似ていたという謎だ」


 初めに内容のおさらいから入った。三人ともこのやり方に慣れてきたのか、考え込むようにして俺の説明を黙々と聞いていた。


 だが、最後の謎の証明はこれまでと同じではない。


「先に断っておくが、実はこの第三の謎に関しては真相がはっきりとわかっている」


 自信満々に俺が言うと、当然のごとく懐疑的な視線が集まった。


「笹本さんの謎は何かが違うってこと?」


 状況が飲み込めないといった様子で会澤が尋ねてきたので、俺は毅然とした態度で断言する根拠を述べた。


「俺の推理を裏付けてくれる証人が見つかったんだよ。だから、俺が得たのは推測でも何でもなく真実だ」


 俺は下に重ねたラスト一枚の用紙をちらっと見る。


 そこには、先日俺が連絡をとった人物から得られた証言の内容がメモしてある。


 第一の謎と第二の謎をクリアした時点で、もうすでに大きな関門は突破していた。


 第三の謎については、仮にどこかで納得できないという指摘があったとしてもそれは問題にならない。


 真実はあらゆる推論を置き去りにする。


 頑張って推理を重ねて導き出した結論も、それに対する反論も、真実の前ではすべて虚構に過ぎない。


 されど、真相がわかっているからといってすぐに終わらせてしまうのはもったいない。絶対的な後ろ盾があるのだから、逆にじっくり攻めてみたくもなる。


「その証人が語ってくれた証言の内容を話してしまえば話は早いかもしれない。でも、ここはあえてさっきまでと同じような形で証明を進めていきたいと思う。証人の正体と証言の内容については最後に発表させてくれ」


 わがままを承知で言ってみたが、幸いなことに反対の声は上がらなかった。なので、俺は決めてきた通りの順番で説明をすることにした。


「まずは送別会が行われたときの各場面での未翔の反応を振り返ってほしい。一応、今から話す内容についてはすでに笹本と確認を取り合っているから、思い出せなかったらそれが正しかったとして聞いてもらいたい」


 前に座る会澤と氷川に視線を送りつつ、話を次の段階へ持っていく。


「最初は送別会が始まる場面だ。帰りの会の途中、突然声掛け担当の人が『今から未翔のサプライズ送別会を始めます!』と大きな声で宣言した。その瞬間、未翔はすごく嬉しそうにし、幸せそうな顔になった」


「俺、それ覚えてるわ。声が教室内に響いたとき、新島さんめっちゃ笑顔になってた」


「でも、何かが足りないと思わないか?」


「えっ? どういうこと?」


 会澤は首を傾げる。笹本もこちらの意図を窺うように目を向けてきた。


「あって然るべきリアクションがないってことだ」


 そこまでヒントを出したところで、氷川が冷静に口を挟んできた。


「驚いてない、って言いたいわけ?」


「そういうことだ。サプライズでやってるんだから、普通ならびっくりするはずだろ?」


「じゃあ、未翔は……」


 驚きの混じった笹本の呟きに俺は静かに頷く。


「送別会が行われることを知っていたということになる」


 この可能性に気づけたのは推理を進める上でとても大きかった。


 もし未翔が当日になって初めて送別会のことを知ったと仮定すると、そこから論理を展開していくのはどうしても難しくなる。


 逆に、前もって送別会の情報を得ていたとして考察すれば、そこから新たな道がたくさん開けてくるのである。


 早速、会澤が何か思いついたように手を叩いた。


「そうか。新島さんは集合写真を撮ることもどこかで密かに耳にしたんだ。だから楽しみになって、一人でこっそりスケッチブックに絵を描いた」


「俺も最初はそう考えた。だけど、それだと一つ問題がある。笹本の証言によると、撮った写真とその絵は構図等も似ていたらしいからな。いくら未翔がクラスで撮る集合写真をイメージして描いたのだとしても、絵と写真がそこまで似ているというのはどうにも説明がつかない」


 二週間以上前に想像で描いた絵が実際の未来の光景と似ていたら、それこそ未翔が未来を予知したことの証左になってしまう。


「ここで一旦話を戻そう。未翔のリアクションについてだ。最初の開会宣言のときには驚かなかった未翔だけど、その後ずっとその調子だったかというとそういうわけではない。ある場面で未翔はものすごくびっくりしていた」


 答えを求めるように、俺は隣の笹本に視線を向けた。


「あっ、花束とプレゼントの贈呈のときだよね?」


「そうだ。クラス全員でお金を出し合って買ったそれらを贈るとき、未翔は驚いて何度も『いいの?』とみんなに尋ねていた。それこそ、まさに今初めて知ったというように」


「でも待って。だとすると未翔は送別会があることは知っていたのに、花束とプレゼントを贈られることは知らなかったってこと?」


「そういうことになるな」


 俺は笹本の問いに首肯し、出てきた状況を整理した。


「つまり、未翔は自分の送別会が開催されることを知っていて、なおかつ写真撮影が行われることも把握していた可能性が高いのに、みんなからの贈り物があることだけは初耳だったということになる。どうしてこんなに入手していた情報がちぐはぐしているのだろうか? そもそも未翔はどうやって情報を仕入れたのか?」


 誰かわかるかと見回すと、氷川が一呼吸して答えを呟いた。


「新島は企画側の人間だった。そう考えるのが自然になる」


「さすがだな。俺もそういう結論に至った」


「ちょっと待ってよ。俺にもわかるように説明してくれ」


 俺が感心していると、すかさず会澤の泣き言が飛んできた。


「心配するな。言われなくても今から解説する。例えばの話だが、会澤が自分の誕生日会を開くとして何かやりたいこととかあるか?」


「えっ? なんで誕生日会?」


「いいからいくつか挙げてみてくれ」


「じゃ、じゃあとりあえずみんなでケーキ食べて、あとはなんかゲームとか? それから部屋の飾りつけとかも豪華にしたいかもな」


「プレゼントはいらないのか?」


「それは欲しいけど言えな……あっ、そういうことか!」


 どうやらピンときたようで会澤が高い声を上げた。


「もし新島さんが送別会で企画側に入っていたら、写真撮影とか他のことにはいろいろと口出しできるけど、プレゼントが欲しいとはなかなか自分からは言えない」


「その通り。逆に未翔以外の企画者はすぐに花束やプレゼントを渡すことを思いつくはずだ。その際、未翔には秘密にしておくという選択肢が自ずと出てくる。本当のサプライズとして喜ばせるいいチャンスになるからな。こうした条件が重なれば、送別会の存在や段取りについては把握しているのに贈り物のことは知らない、という不思議な状態になり得る」


 疑問を一つ解消したところで、すぐに次の問題を提示した。


「では、もし未翔が送別会を企画する側の一員だったとして、その未翔が送別会の前にスケッチブックに描いた集合写真の絵はどういうものと考えられる?」


 一番早く答えたのは、やはり頭が冴え渡っている氷川だった。


「設計図、とか?」


「ああ、そうだな。映像作品でいうところの絵コンテだ。つまり、未翔は自分が撮ってほしい写真を予め絵にして伝えておいたわけだ。それで当日はその絵を参考にして集合写真を撮影した」


「そっか。それなら構図とかも似るもんね」


 納得して呟く笹本の前に、俺は一枚の写真を差し出した。笹本にもらった送別会の集合写真だ。


「この前、写真と絵には違う部分があるって言ってたよな? それはどこだったか、みんなの前でもう一度話してもらってもいいか?」


「あっ、うん。一つはここ。誰かが当日その場で描いた黒板のメッセージとイラスト。これは未翔の絵にはなかった。もう一つはこの中央に座った未翔が持ってる花束とプレゼント。これも未翔の絵には描かれてなかった。それから個々のポーズとか他にも違いはいろいろあったと思うけど」


「充分だ。ありがとう。今言ってもらったように、未翔の絵には未翔にとって予想外なものは描かれていなかった。絵はあくまで設計図だから、実際に写真に映る光景と同じにはならない。それが笹本の『似ている』という感想に繋がったわけだ」


 写真を出したついでに、俺はもう一つ、鞄にしまってあった林間学校のしおりをテーブルの上に出した。


「おっ、林間のしおりじゃん。懐かしいなぁ、こんなんだっけ? ていうか、なんで持ってきたの?」


「あることを思い出してもらうためだ」


 ヨレヨレの表紙を開き、少しずつ捲りながら説明をする。


「この送別会のイベント名は『未翔のサプライズ送別会』だったよな。だけど結局のところ未翔は企画側の人間で、そうなると『未翔の』が『未翔による』に変わってもおかしくないと思ったんだよ」


「確かに。言われてみれば未翔プレゼンツだもんね」


 笹本は気づいてそっと微笑んだ。俺はさらにページを捲っていく。


「でも、このイベント名と似たタイトルをどこかで聞いたことあるなって思わないか? それがこの林間学校の一日目の夜の料理コンテストのときの……」


 該当ページに辿り着き、俺はしおりをみんなのほうに向けて、俺たちの班の料理のタイトルを指差した。


「『未翔のスペシャルハンバーグ』だ」


 当時、口に出すのが恥ずかしかったその料理名。今もなお恥ずかしさを覚えるその名前が、送別会のイベント名と語感が似ていることに気がついた。


「もしかしたら名付け親が同じなのではないかって思った。だとすると、やはり未翔が送別会の企画に一枚絡んでいたことになる。でも、今ここで俺が言いたいのはそういうことじゃなくて……」


 料理コンテストのときの未翔との会話。


 一つ一つ丁寧に思い出しながら、俺は言葉を紡ぐ。


「ハンバーグも、送別会も、みんなで作ったんだ。俺たちの班全員で。俺たちのクラス全員で。そこにはもちろん未翔も含まれていた。みんなが笑顔になるようなそのときだけのものを、そのときにいたみんなの手で作り上げたんだ」


 未翔はみんなが笑顔になるようなものを作りたいと願った。


 俺は未翔とともにそれを作りたいと願った。


 お互いの願いは叶っていたのだろうか。


 なぜか涙が出そうになるのを堪えつつ、俺はゆっくりとしおりを閉じた。


「そういえば、証人のことを言い忘れてたな。ここまで話を聞いて検討はついているかもしれんが、もし俺の推理が正しかった場合、未翔が企画側の人間であることを知っていた人物がいるはずだ。一連の事象は内通者がいなければ成立しないからな。だから、送別会を中心になって動かしていた人の中で未翔と特に仲が良かった人物は誰かを考え、それでその人に今回の件について確認をとった。結果は俺が思っていた通りで、彼女は送別会の隠された真相を教えてくれた」


 証人の正体と名前を告げる。かつてクラスメイトだったその女子は普段からよく未翔と一緒にいて、林間学校のときも未翔と同部屋、かつ行き帰りのバスの座席も近かった。


「今から証言の内容を読み上げる」


 俺は証言の要約を記した紙を一番上にし、最初の行から順番に読んでいった。


「修了式の一か月ほど前、今年度限りで転校することがわかった未翔の送別会をクラスでやろうかという話を、未翔を含む数人でしていた。すると、未翔は突然『みんなにはわたしが知っていることを内緒にして送別会をやろう』と言い出した。未翔はそのイベントを『未翔のサプライズ送別会』と自ら名付け、企画者の一人として秘密裏に活動を始めた。未翔が最も実現させたがっていたのはクラスメイト全員での記念撮影で、どういうふうに撮りたいかというのを具体的に絵に描いて持ってきた。それから何度も打ち合わせを行い、当日はその絵を参考にして写真の撮影をした。未翔は送別会の段取りをほとんど把握していたが、花束とプレゼントの贈呈のことだけは彼女には内緒にしていた。だから、送別会の準備をする未翔にばれないようにうまくお金を集め、結果として無事にサプライズで渡すことに成功した」


 概要を語り終え、その下にメモした言葉へ目を移す。


「証言の最後に彼女からのメッセージが添えられていたのでこれも発表する」


 俺は一呼吸をおいて、預かったメッセージを一言一句そのまま公表した。


「未翔が失踪した今、この真相を誰かに明かすことはないのだと思っていたけれど、こうして話す機会を作ってもらえてよかったです。ぜひ未翔のことをみんなにも伝えてあげてください」


 レポート用紙に記された最後の一文まで読み切った。


 これで準備してきたものはすべて出し尽くした。


 もう終わり。あとは結論を述べるだけだ。


「以上をもって、第三の謎の証明は終了だ。先ほどまでの証明と合わせて、第一の謎、第二の謎、第三の謎のすべてが解決したことになる」


 周りの誰の顔も見ずに、ひたすら終幕へと向かって突き進む。


「三つの謎を検証した結果、未翔が未来人でなくてもこれらの事象が現実的に成り立つことが証明された。すなわち仮説として立てられた、新島未翔は未来人であるという説は……」


 未来人であるという説は……なんだ?


 突如、言葉が止まった。いきなり何もない空間に放り込まれたかのように、あらゆる道が目の前から忽然と消える。


 今、俺は何を言おうとしていた?


 というより、今まで俺は何をしていた?


 新島未翔は未来人である。


 そんな非論理的なものにここまで惹かれていたのはなんでだ?

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