第2章 未来人の謎

第3話 横断歩道

 成人式の日から一週間が過ぎた。


 一月の冬の青い空の下を、俺は厚手の黒いコートを羽織って歩いていた。


 成人式の次の日からその翌日にかけて冷たい雪がパラパラと降って、この地域にも少しだけ白い雪が積もった。ここら一帯で雪が積もるのは、年に一度か二度あるかないかくらいのことだ。小さい子供なんかは物珍しさに雪合戦や雪だるま作りに精を出したことだろう。


 しかし、そんな時間はすぐに終わる。今回も雪が止んだ後は晴れの日が続いたため、今では日の当たらない道路の端っこにわずかに土で汚れた氷状の雪が残るのみとなっていた。


 それでも、寒さはしっかりと継続している。


 手袋をしていなかったせいで指先は痛いほどの冷たさに襲われ、温めようと俺は顔の前に両手を持ってきてふうっと息を吐いた。白い煙のような息に包まれて、熱が指や手のひらに伝わった。


 あれから会澤が各々の予定の確認と日程の調整を行い、今日再び四人で集まることになった。


 集合場所は中学生のときからある地元のファミレス。昼飯を食べてドリンクバーで粘りながら昔話をしよう、と会澤からのメッセージには書かれていた。


 居酒屋での久しぶりの会話を思い出す。もう一週間が経ったのだ。


 それは短いようにも感じられた。成人式に参加したあの日以降、気持ちが変に高ぶっているせいだろうか。


 せっかく成人式を乗り越えたのに、まさかこんな展開になるとは思わなかった。


 心配事がなくなると、また新たな悩みの種が生まれる。人生とはそういうものだとよく言われる。


 それならば、生きている間に心が休まる場面というのはなく、苦しみは未来永劫続くのかもしれない。


 ちょうど今の俺のように。


 けれども、今日の気分は決して陰鬱というわけではなかった。


 ファミレス前の横断歩道の信号が赤に変わった。立ち止まって快晴の空を見上げる。


 この澄み渡った空のように、とはいかない。


 それでも、最近の俺の心が常に厚い雲に覆われて曇天だったことを考えれば、今日の集まりに参加することは気持ちの面でもいくらかマシだと思えてしまう。


 ――新島さんは未来人だったんじゃないかな。


 馬鹿馬鹿しい話だ。こんな意味のわからない推論は久しぶりに聞いた。何をどう結びつけたらそんな結論が得られるのか。未翔に対して不謹慎ではないかとも思った。


 世界には未来人にまつわる伝説がないこともない。


 例えば、ジョン・タイターという人物が突如アメリカのネット掲示板に現れて「未来からやってきた」と宣言したことがあるという話を前に聞いたことがある。詳しいことは知らないが、いきなりネットの世界に出現したタイターは、四か月ほどで「予定の任務」を完了して消息を絶ったそうだ。タイターの任務が何であったのかについては彼自身が語った内容も含めて諸説あるみたいだが、彼のタイムトラベルに関する理論や未来の話は今なお多くの人に議論されているらしい。


 だから、未翔が本当に未来人で、何か目的を持って俺たちの前に現れて、タイターのように何かしらの「予定の任務」を達成して帰っていったという可能性も完全にゼロではない。ゼロではないけれど……。


 ――ここ、埼玉だぞ?


 何を好き好んで未来人がこんな地を選ぶだろうか。少し考えただけでも、合理性がなくておかしな話だとわかる。


 もしかしたら、会澤は俺たちとまた会いたいがために突拍子もないことを言っただけかもしれない。あるいは、単純に酔っていてわけもわからず口にしたという可能性もある。


 先日、会澤から送られてきたメッセージには『未来人』という言葉は一切なかった。


 そのことからしても、今日の集まりはただ楽しく昔話をするためだけのものであって、なんだかんだ言って未翔のことも未来人のことも有耶無耶なまま終わるのかもしれない。


 それならそれで俺は構わない。


 信号が青に変わった。横断を促す誘導音が鳴る。


 でも、本当にそうだろうか。


 横断歩道の途中で、ほんのちょっとだけ足が止まった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る