第17話 ご近所巡り

 朝のルーティンを終え、色々と片付けものやら、生活用品の配置替えをあれやこれやとして時間を潰す。

 頃合いかなと、散歩がてらクロマル連れて歩いて行ける範囲のご近所に引っ越しの挨拶回り。

 敷地の西端を北へ抜け藪さん家で突き当たる町道、それを挾んで反対の西側に別荘が数軒ある。

 そこもかつては藪さんの所有地だったらしいが、堤社長が買取り別荘地として分譲したとか。

「変な連中ばかり住み着いて」と、藪さんはあまりお気に召さないらしい。

 空き家もあるし、夏だけしか来ない家もあり、通年で人が住んでいるのは3軒らしい。

 近いし、舗装はされていないが道もあるので散歩コースの開拓がてら先にそちらへ向かう。

 本州での分譲別荘地だと一区画200坪とか300坪とかのところが、ここらではその10倍のスケール。



 まず最初はロフト付きの立派なログハウス、カントリー風な丸太ではなく角ログでかなりの大きさがある。

 クルマが2台、ボルボXC70とグランドチェロキー。

 庭に人がいるのが見えたので、近くの立木にクロマルを係留して近づく。

 こちらに気づいた小柄で上品な中年女性に「こんにちわ」と声をかけ、引っ越してきた旨を伝え、メッセンジャーバッグに入れてきた洋菓子の小箱を渡す。

「あら若いのね、何歳? お一人? 何処から? お仕事は?」と矢継ぎ早の質問、持病の有無まで聞かれた。

 事前情報では、ここ永嶋家の旦那はあまり有名ではない写真家で、奥さんは医者らしい。

 藪さん曰く「旦那は変人だが、奥さんには世話になっている」とのこと、変人はお互い様だと思うが。

 地元の病院に非常勤で勤めていて、「病院行くなら奥さんの出勤日を確認してから行くといい、他は藪ばっかり」と藪さん。

 いざ体調悪くなってから、そんな選り好みもできないと思うが。

 首から古そうなライカをぶら下げた50代くらいの男性が出てきて軽く会釈を交わした後、クロマルに近づいて何枚か写真を撮り、

「黒犬は露出が難しい、光線の加減が…」と、ブツブツ言いながら引っ込んでいった。

 特筆すべきなのはここが猫屋敷だったこと、見える範囲だけで10匹以上、総数は40匹くらい居るらしい。

 古株猫はハッセルとかローライとかのカメラから始まり、若い猫はプラナーやらノクトやらイルフォードとか何らかの写真関係の名前がついているらしい、ディスタゴンとか怪獣みたい。

 クロマルつないでおいてよかった、奴は猫とは相性が悪い。


 お次の家へ向かう、平屋でなんとなく和風な趣き、さすがに瓦屋根ではなくここらで一般的なガルバリ鋼板葺き。

 クルマは年季の入ったパジェロ。

 ドアをノックすると、作務衣を来た初老の男性が出てきたので、引っ越しの挨拶をする。

 痩身で白髪の長髪、時代劇とかの剣術指南のような風貌。

「石村だ、よろしく、こっちはミーコ、紀州犬だ」、足元には白い大型犬、ガードするかのようにこちらを見上げている。

 例によって離れた位置の黒犬を指し、「うちのはクロマルです」

 クロマルはビビリなので自分と互角以上の体格の犬には引き気味、さらに立ち耳系の特に日本犬は苦手で遠巻き、ミーコの方は主人以外は眼中にない様子。

「こっちにはアレがいなからいいよな」

「アレって?」

「ムシだ、虫、蟲」

「ゴキブリですか」

「あんなかわいいもんじゃない、いるだろ足がたくさんあって細長いやつ」

 なんでもムカデが死ぬほど大嫌いで、仕事を畳んだ後にこっちへ移住してきたらしい。

 ゴキは有名だがムカデもいないのか、初めて知った。

 お茶でもどうだと中へ誘われ、出てきたのはバーボンだった。

「これ酒ですよ」

「普通、お茶でもといってコーヒーが出たりするんだから、酒でもいいだろう」

「いやいや」とさすがに辞退、家の中にはウィスキーの空き瓶がゴロゴロ転がっていて、ちょっとやばい人?

 最初はおとなしくしていたクロマル、この頃にはミーコのお尻の臭いを嗅ごうとしてうーっと唸られている。

「こいつはタマついてるのか、ウチの娘に手を出したらちょん切るからな」と脅かされて退散。


 別荘街の最後のお宅へ向かう。

 最奥の丘の上、オーナーの好みかレンガっぽい外壁の2階建ての家、そこはかとなく英国風。

 ガレージには角目になった2代目のレンジローバーが、クルマまでそれっぽい。

 玄関のノッカーを鳴らすと内開きのドアから、よく日焼けし口髭の中年の男性が出てきた。

 挨拶をして手土産を渡し退散しようとしたが、ぜひ中へと引っ張り込まれる、犬も一緒でいいからと。

 床はテラコッタか何かのタイル敷きでここは南欧風、1階は土足でいいらしい。

 リビングのソファに座らされ、横でキョロキョロするクロマル。

 まもなく紅茶が出てきた、クロマルにお茶請けのクッキーおすそ分け。

 この家のご主人である飯合さん喋りだす、こんな僻地の、さらに丘の上の1軒屋で一人暮らしのため、人恋しく話し相手が欲しくて仕方がなかった風。

 目を引くのは巨大なスピーカーと大量のオーディオ機器類、オーディオパーツの製作やチューニングを仕事としているとのこと。

 元は商社勤めで石油関係の仕事をしていたが、退職して趣味から転じたオーディオ関連を本格的に始めたらしい。

 主なお客さんはLPやらSPつまりアナログのレコードを聴く人たちが大半、少し古い英国製のスピーカーをリファレンスとしていて、そのメーカーのあるスコットランドにとここの気候が近いので工房に選んだのだとか。

 お客さん達は東京とか都会で聴くのではとか思ったが、黙って話を聞く。

 さらに、「マイ電柱」について熱っぽく語りだす。

「普通は複数の家で電柱に付いているトランスってやつを共有してるの、他の家が電気使ってると電流にノイズがのって音が濁るんだよ」

「ここは別荘地内でも外れた立地なので共有なしに専用の電柱があるし、何より送電線から近くて電流もピュア」

 確かに近くに中継所みたいな鉄塔が見えている。

 さらに平均気温が低いため、送電線の金属密度が高くなって送電の効率も高いと。

 電気的に科学的に特に費用効果的にどうよとか思わないでもないが、それなりに理屈はあるらしい。

 こういうのは一種のオカルト、プラセボ効果、気持ち思い込みの問題。

 天下のソニーでも音楽専用SDカードなる謎ブツを発売したりする世界だから。

 自分もオーディオ関連そこそこ興味はあるが、音質はあまり気にせずというか違いがわからず、機器類はブランドやデザインで決めたり、リモコンでいろいろ切り替えできて便利という理由だけでAVアンプを選んだりするレベル。

 スピーカーケーブルにメーター何万も出したりは理解不能、まして電柱なんて……。

 果たして効果があるのか違いがわかるのか、ハイエンドオーディオの世界は特に頭がくらくらしてくる世界。

 趣味も度を超えて突き詰めるていくと宗教チックに、信じる者は救われる、お布施を多くしたほうがエラい?

 本格的なリスニングルームや工房は別にありちらっと拝見したが、リスニングルームは壁一面の多数のスピーカーに様々な機材詰め込まれたラック群とコックピット感が男心に訴求、工房の方は工作機械類と測定機材が並ぶ鉄工所と研究所がくっついた感じだった。

 結局、1時間ほど滞在し、逆に手土産までもらって、またおいでと送り出された。

 いろんな人がいるな、疲れた、一旦帰ろう。

 でも1階の全てが実質土間なのはよかったな、常に土足の同居人もいるし、家を建てる時の参考にしよう。


 それにしても訪問したお宅のクルマ、見事に四躯ばかり、それもクロカン系。

 町中だとプリウスだとか前輪駆動のクルマも頻繁に目にするのだが、山間部のここらではそうも行かないのだろう。

 乗用車型の生活四躯だと地上高が低いので少しの積雪でも動けなくなくなることも、環境の厳しさが感じ取れる。


 アジトに戻りひと休みしてから、最後のご近所さんへご挨拶へ出かける。

 基地南端を東西に走る町道、その道沿いに有り朝夕の散歩で前だけは通る「ありま馬牧場」。

 ありまが牧場主の名字で牛でなく馬の牧場、育成しているのはサラブレッドではなくばんえい競馬とかに出る道産子、逞しくデカい。

 漢字だと有馬かな、いかにもでいい感じだがそのままだと有馬馬牧場でかぶるのでひらがななのかも、アリババ牧場だと時価総額高そう。

 初めて敷地の中に入り、人が住んでいそうな家に向かい呼び鈴を押す。

 人が住んでいそうなというのは、ここらの農家は土地が有り余っているため、倉庫やら牛舎やらが古くなっても取り壊さずに横に新しいのを建てちゃったりすることがままあり、恐ろしいことに家ですら古いのを放置して横に新築したりする。

 固定資産税とかが無視できるのなら、解体するより早くて安上がりなのだろう。

 呼び鈴に応答はなく、帰ろうとしていると軽トラが近づいてきた。

 降りてきたのは180センチは有にあるデカいおばさん、そして白い犬も飛び出してきた。

「ブラキストン線」という言葉がちらっと頭をよぎる、ブラキストン線は津軽海峡のあたりとされ、そこより北に分布する生物はヒグマとかエゾシカとか大型化するらしい。

 もっとも体格だけでなく肌は白く彫りも深く日本人離れしている、このあたりは北方領土が近いのでロシア系の血が入っているのかもしれない。

「道挟んで反対のあのあたりに越してきた天守です」と、基地の方を指差す。

「毎朝、犬連れて前歩いてるねぇ」

「子どもたちは、まだ学校から帰ってないので、今は私だけさ」

 藪さんからざっと事前レクチャー受けてきたが、小学生の姉弟がいるらしい、旦那は死んではいないが家にはいないと。

 手土産の洋菓子を渡すと、甘いものが好きなのか目を輝かせたように見えた。

 後から知るが、このあたりでの鉄板お土産は伊勢名物のアレ「赤福」、みんなアンコ大好き。

 関西でも主要な駅や百貨店で買えるのだが消費期限が短いため空路でないと持ち込めない、わかっていても買ってこれないところに希少価値も有るのだろう。

 一緒に出てきた犬は北海道犬とハスキーとかの雑種かな名前は見た目のままでシロ、クロマルより一回り大きく他の犬が珍しいのか周りをグルグルして臭いを嗅ぎまくっている。

「この犬はおとなしいねぇ、めんこい」

 一方のクロマルは超緊張して固まっているのだった、尻尾は股間に収納され背中の毛が逆立ちフケがぶわっと吹き出している。

 相手が小型犬だと調子いいくせに、まあ何をされてもケンカにならないのは奴の美点だが。

「困ったことあれば言ってきなさい」と、お言葉を頂き退散。


 これで向こう三軒両隣のノルマ達成、さらに遠くの人家は歩いていける範囲にはない。

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