『異世界あるある現象』について真面目に考えていたら、ディストピアSF群像劇ができた。 ~ハッピーエンドに辿り着くまで、強制リセマラデスループ~
ドナーとのパートナーシップ制度は、ドナーが必要だと診断を受けた職員が、ドナーとの合意の上で成り立ちます。②
ドナーとのパートナーシップ制度は、ドナーが必要だと診断を受けた職員が、ドナーとの合意の上で成り立ちます。②
晴光は、召喚被害者である。
アン・エイビー事件。
それは管理局職員のひとり、『アン・エイビー』という一人の女が中心になって起こした、連続殺人および大規模虐殺事件、および管理局襲撃事件。六年前にあった一連の騒動のことだ。
アン・エイビーという職員は、外部の組織と秘密裏に共謀し、一連の事件を起こした。
『本の国』に入るには、管理局側にある装置を通してからでしかできない。
この世界全体に張られた結界がそれ以外を阻むことになっており、結界を越えて侵入することがあれば、すぐさま局側で捕捉されるシステムになっていた。
アン・エイビーらはそのセキュリティを逆手に取り、六年前の年の暮れに十二名の何も知らない一般人を無作為に誘拐。撹乱のために、本の国のあちこちに『召喚』した。
そのひとりが、晴光である。
アン・エイビーは、同時刻に、街の住宅街に火を放ち虐殺を開始。対応に追われる管理局へ、畳みかけるようにして侵入した襲撃者たちが攻撃を開始した。
炎に包まれる市街地。倒壊した家屋での二次被害。
管理局は、設立以来最大の非戦闘員の死傷者数を出した。
のべ一万六五四二人。うち、死亡者は六千人強。
郊外に召喚された晴光は、雪の降る混乱の中をさまよった。
そこはアン・エイビーによって火を放たれる寸前のその場所で、八歳のファンが、両親や兄と暮らしていた場所だった。
ファンは憶えている。雪かきに出たはずの母を探して扉を開けたとき、外にアン・エイビーが立っていた。
「あの日ね……晴光くんに見つけてもらったとき、わたし、たしかに安心したの」
そのとき晴光が見たのは、静寂と、雪を染める血だ。
当時の晴光に、アン・エイビーは、『本』の人々に比べるととても大柄な女に見えたし、『本』の人々は子供に見えていた。
倒れる異国の子供の体を跨るように立っていた女。女の手が届く距離で、立ち尽くしている少女。
ファンがその時のことを『見つけてもらった』という表現をしたことに、晴光は唇を噛んだ。
アン・エイビーの目をかいくぐり、どうやって少女の手を取れたのかを覚えてはいない。
気付けば、怯える少女を引きずるようにして、煙が立ちだした街を走っていた。
言葉も互いに分からなかったから、ファンにとってずいぶん恐ろしい記憶だっただろうと思っていた。
「わたし……あのときなんにも出来なかった。晴光くんが一緒に逃げてくれなかったら、なんにも出来ないまま殺されていたんだと思う。晴光くんと会えたから、今のわたしがあるんだって思ってるの。
……わたし、あなたと一緒にいたい。他の人のパートナーになる気は、ないの」
住宅街を吹く生ぬるい風に、どこの家の庭にもあるハーブの香りが混ざっている。
(好きな人に告白するみたいだ)
じっさい、彼女はとても真剣な顔をしている。
茶化すわけでもなく、晴光は少し笑ってしまう。
「そんな……格好よくなかっただろ。おれ、死にかけてたし。けっきょく助けてくれたのは、ハック・ダックだ」
「そ、そんなことなかったよ」
逃げまどう二人を見つけた管理局職員は、ハック・ダックだった。
そのとき晴光はすでに意識が半分あったかも怪しい。
この世界に『適応』できない晴光の体は、本人もわからないうちに機能不全に陥っていた。
ハック・ダックの指示を待たず、ファンがその場で体液を与え、『本』の血による作用で晴光は命を取り留めた。
この国で生まれて育った彼女は、自分の血を直接与える意味を知っていたはずだ。
晴光はもう、ファンの血からでないと適応度の数値を保てないし、この少女がもし失われたら、遅かれ早かれ晴光も後を追うことになる。
「助けて助けられの関係だけどさ……おれのほうが、ファンに借りがあると思ってんだ。危険なところには行ってほしくないし、そういう目にあわせたくない」
「や、役に立ちたい……わたし、あのね、わ、わたし……」
「ごめんな」
はっきりと、彼女は傷ついた顔をした。
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