第20話 夫婦と子供

 マキナは言葉数の少ない子だ。


 原因は社会経験の短さと創造主の指示のためだと推測している。おそらく長く生きていけば語彙も増えるだろうし、表現力も人間のそれに近づいていくだろう。思考も柔軟になって、マスター・パッチだけが世界のすべてじゃないということも学ぶ。問題を解決するには時間をかけるしかないが、うまくいけば将来的には普通の人のようにコミュニケーションをとれるようになると思う。


 ところで、いままでデジーさんとふたりで旅をしてきた僕だけど、マキナが行動を共にしてくれたことで雰囲気が変わった。


 僕はデジーさんを、デジーさんは僕をフォロー、共に支え合いながら旅をしていたのだが、マキナ加入に伴って、その関係性に若干の変化が生じたのである。


 もちろん僕は短絡的なデジーさんをフォローしながら動いているし、デジーさんも僕を気遣ってくれているのだが、その視線の先には必ずマキナがいる。正体不明のマキナを警戒しているというのもあるのだが、それ以上にマキナってなんだか、保護本能をくすぐるなにかを持っているのだ。放っておけない、心配になる。そんな感じ。


 子供のような容姿が関係しているのかもしれないし、寂しげな瞳のせいかもしれない。とにかく僕もデジーさんもマキナが気になってしょうがないのだ。


「マキナちゃん、大丈夫? 辛くないですか?」


 デジーさんはことあるごとにマキナに声をかけている。


「否定する」


 するとマキナはいつもの抑揚のない感じで、こう答える。


 どちらがいいということではないが、なぜかふたりでいる時よりデジーさんのことがよく見えるし、心も軽くなったような気がする。なぜ僕の心がそんな風に変化したのかは、僕自身にもわからない。


 ところでマキナ・シーカリウスは人間より遥かに優れた身体能力を有している。瞬発力は無論、持久力も普通の人間のそれとは比較にならない。


 僕はアデュバル・力の精霊の曝露事故経験者と、身体能力のバグった人造人間と旅をする羽目になったのだが、そうなると問題になるのは歩幅である。


「マキナ、デジーさん、ちょっと速い」

「背負って行きましょうか?」

「はぁ、はぁ、そんなことを繰り返していたらデジーさんの寿命が短くなってしまう。いまはまだ焦るタイミングじゃない」

「でもかなり辛そうですよ」

「もう少しゆっくり頼みます。デジーさんとマキナの速度に合わせていると、いまこの瞬間に死んでしまいそうだ」

「わかりました」


 デジーさんについていくだけでも大変だったのに、マキナまで加わるとなかなかに辛いものがある。


「レナンのジャバナ・ホワイトフェザーは体力がない」

「僕は人間のなかでも体が弱い方なんだ。小さい頃はよくいじめられてたよ」

「レナンのジャバナ・ホワイトフェザーは殺した?」

「いじめっ子を?」

「肯定する」

「まさか。嫌なことがあってもいじめられても、人間はそう簡単に殺したり殺されたりしないんだ」

「把握した」

「それに僕のことはジャバと呼んでいい。一々レナンのジャバナ・ホワイトフェザーなんて言ってたら舌を噛むよ?」

「マキナは舌を噛まない」

「冗談だよ。とにかくジャバでいい。みんなそう呼ぶ。父も母も友人もみんな」

「把握した」


 マキナ・シーカリウスはまだ生まれて間もない。ふれるものの殆どが初めてで、いまから成長していく。僕らの関わり方がマキナの今後を左右すると言っても過言ではない。関わった者の責務。しっかり教育していこう。


「マキナちゃん。私のことはデジーと呼んでください」

「把握した」

「呼んでみて」

「デジー」

「なぁに? マキナちゃん」

「……」


 気の毒なマキナ。


 名前を呼べと言われたから呼んでみたら、なぁに? と返ってくる。さぞ混乱することだろう。なんと不毛で謎なやりとり。


「マキナ、デジーさんはちょっと頭が残念なんだ。不思議な発言をされても深く考えない方がいい。デジーさんの行動は精霊の存在より謎なんだ。まともにとりあったら頭が爆発する」

「マキナの頭は爆発しない」

比喩ひゆだよ。本当にマキナの頭が爆発するなんて思ってない」

「把握した」


 もしかすると生まれたてのマキナはすでにデジーさんより賢いかもしれない。


「ちょっとジャバさん! マキナちゃんに変なことを教えないでください!」

「僕が変なことを言ったかな?」

「私の頭が残念だって言ったじゃないですか!」

「本当のことじゃないですか。デジーさんはいつも考えなしに行動するし、自分の力のことも忘れちゃう」

「たしかに私はアホですけど、私なりにいろいろと考えているのですよ!?」

「それでいいんだよ。僕はアホなあなたが好きだ」

「え?」

「精霊の曝露事故を受けた、怪力だ、深く考えない、愛情深い、アホ、あなたを構成するすべての要素が好きだ。もちろん治して欲しい部分もある。例えば危機管理能力の低さとか、破壊的なスキンシップとかね。でもそれも些末な問題です」

「わ、私もジャバさんが好きです! あなたのニヒルなところとか、頭の良さとか、こだわりのない性格とか、可愛らしい寝顔とか、全部好きです!」

「アホでもいいし怪力でもいいし結界しか張れなくてもいい。僕らが互いに好ましく思っているこの状況が大切なんだ」

「なるほど」


 デジーさんって悪徳商法とかにひっかりやすそうだ。なんか……、ちょろい。


 夫としてしっかり護ってやらねば。


「だからマキナ、デジーさんの発言は話半分で聞いていた方がいいよ。頭が爆発するから」

「比喩」

「そう、比喩だよ」


 歩幅問題は、マキナの賢さのお蔭で少し楽になった。


 デジーさんも僕の速度に合わせようという気持ちはあるのだが、歩き出して少しすると僕の体力のことなんて忘れてしまう。一方マキナは頻回に僕に位置を確認し、歩く速度を調節してくれる。


 ハーデ・匠の精霊の最高傑作、考える人形の性能は伊達じゃない。


「そういえば気になっていたんですけど、ジャバさんはなぜマキナちゃんが食事を摂ると思ったのです?」

「というと?」

「怪我したマキナちゃんを見てすぐに狩りに行ってくれって指示を出しましたよね?」


 あぁ、あれか。


「マキナとふたりになりたかったのもありますが、損傷の部位と血の流れ方を見て推測しました。これは限りなく人間に近い体の仕組みをしていると」

「と、言いますと?」

「下腹部は人間でも急所です。足の付け根を刺されたら出血が止まらなくなって死に至るというのは有名な話。僕がマキナの作者なら人間とおなじ見た目をした兵器に人間と同様の急所を設定するなんて真似はしない」

「はい、それで?」

「でもパッチは人間とおなじ箇所に急所のある人形を創造した。いまとなっては幸福の求道者たるマキナが人間と共存することまで視野にいれていたから、あまりにも人とかけ離れたデザインをするわけにはいかなかった、と解釈できますが、当時はそんなことは考えていなかった」

「あの時のあなたはなにを考えていたのです?」

「最も確実なデザインにした、そう結論づけました」

「確実?」

「生物の体というのは本当によく出来ています。我々の体は長い時間をかけて洗練されきた。病気にならずにちゃんと食べてしっかり休養していれば何十年も生きられるし、無駄な殺生をしなくても労働によって生きる糧も得られるシステムもある。我々を取り巻く社会は高度で、体はシステムにマッチするようになっているのです。だからパッチはマキナの体をひとつの成功例である人間の体に近づけた。人間と体の仕組みが近いなら、怪我には食事というシンプルかつ究極の治療法が最適解だろうと判断したのです」

「なるほど」

「そういうことです。幸いにもマキナの損傷はそうひどくなかったみたいだから助かりましたがね」


 マキナが不思議そうな顔で僕をみつめていた。


 なぜ嘘をつく、そう言いたいのだろう。


 僕は口に人差し指をあて、また歩き出す。


 しばらく歩いていると、デジーさんが。


「つまりあなたの話を要約すると、パッチさんは頭のいい人だったのですね?」


 えぇっと……。


「そうだね、頭のいい人だったんだね」

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