第16話 マキナ・シーカリウス

 兵士たちの遺体をこのまま捨て置くのはあまりにも可哀想だとデジーさんが言い始めたので、彼らに祈りをささげ、埋葬することになった。


 非合理的なことをしているという自覚はある。相手は自分たちを差別し、命を狙ってきていた奴らなのだ。そんな奴らのために体を動かし、エネルギーを消費し、寿命を縮めることがどれだけ馬鹿げたことなのか、ちょっと考えればわかる。


「すみません、ジャバさん。私のせいで……」

「謝らないでください。あなたと生きていくと決めた時から、ある程度の苦労をすることくらい想定していました。申し訳なく思う必要もない。僕はあなたの幸せも僕自身の幸せも諦めるつもりはないから」

「どうもありがとう。ここ最近、あなたについてきてよかったって毎日考えています」


 デジーさんが僕の手を握ってきた。彼女の肌はいつも熱い。


「僕もデジーさんと同じ気持ちだよ。感謝の気持ちは伝わったけど、いま手の骨が折れたら大変だから、スキンシップはこれくらいにしておこうか」

「あっ、はい」


 ちょっと握られただけなのに指先の感覚がなくなって、痺れてる。


 精霊の加護持ちのなかでも圧倒的な人外、アデュバル・力の加護。たしかにこれは警戒されるよな。


「大丈夫ですか?」

「問題ないです」


 兵士の死体に祈りをささげ、デジーさんが掘った穴に埋葬していく。


 これほど多くの死体に触れたことはいまだかつてなかった。悲惨な光景だった。


 しかしなぜだろう。どこか美しさや秩序を感じるのは。


 兵士の死体は整然と並び、その配列になにか意図があるように思えてしまう。


「全員、一撃ですね」


 作業の合間、デジーさんがそうもらした。


「おそろしい精度です。確実に急所を狙って攻撃している。明確な殺意、殺すための攻撃」


 これをやったのは、ほぼ間違いなくマキナ・シーカリウスだろう。シーナの兵士を相手にして、すべて一撃。しかもほぼ即死しているように見える。知能の低い魔獣の攻撃じゃない。


 これだけのことをやってのける生物はマキナのほかにいないと思う。デジーさんは戦闘に向いた精霊の加護を受けているが、ここまで自然に相手を殺すことは出来ない。もちろん僕にも。


「あの子が……」

「なんとも言えませんね」


 いまのところ不確定要素が多すぎて、なにも断言できない。マキナ・シーカリウスが僕らの味方であるか敵であるかもわからないし、先日、邂逅した少年がマキナだと言い切るのも危険。


 マキナの正体やシーナの追っ手の数、おそろしく素早い身のこなしの少年のこと、精霊と共存しているかもしれない国アスティア神聖国のことをなどを考えつつ作業を進めていった。


 死んだ兵士は様々な顔、表情をしていた。憤怒の顔、悲しい顔、恐怖に戦く顔に真剣な顔、髭面、赤髪、顔が長い物、丸い物。


「なんだか……、悲しくなってきました……。死に触れるのは、何度しても慣れません」


 と、デジーさん。


 たしかに気分が悪くなってくる。この人達にも家族がいて友人がいて恋人がいたのだ。生きていた頃は。そういうことを想像すると、心の奥底がチクリと疼く。


「やめますか?」

「いいえ、最後までやります。生前は私たちの敵だったかもしれませんが、いまは違うから」

「せめて尊厳のある死を、と?」

「はい」


 自分が辛くても、敵だろうと関係ない。相手には敬意を払う。いかにもデジーさんらしい行動だ。


「僕はデジーさんのそういうところが好きです。でも無理はしないようにしましょう。心が傷ついてしまうくらいなら、祈りや埋葬を簡略化した方がいいかもしれない。どうしてもキツかったら無理をしないと約束してくれませんか?」

「わかりました」


 無言の作業。小さな祈りの言葉。兵士の埋葬は粛々と進んでいった。


 おおかたの遺体を埋葬し終え、そろそろ休憩でも挟もうかという段階になって、デジーさんがあるものを発見した。


「これは……」


 地面に溜まっていたのは濃い茶色の液体。刺激臭がする。その近くには短剣が転がっていて、やいばにも謎の液体が付着していた。


 状況から類推するに血液の類だろうが、人間のものとはだいぶ性質が違う。


「マキナ・シーカリウスの血液かもしれませんね。シーナの兵士が一矢報いたのでしょう」

「この色はなんでしょう」

「色もそうですし、独特の臭気がする。マキナはハーデ・匠の精霊の暴走によって生じた兵器です。普通の生物と違う特徴を持っていたとしても、なんら不思議ではない」

「無事でしょうか……」


 デジーさんはあの少年がマキナだと決めつけている。女の勘というやつかもしれない。


 だが僕はまだ状況は不安定だと考えている。少年がマキナかもわからないし、マキナが僕らにとって有益な存在であるかも不明。なんならこの血液がマキナのものであるという確証すらない。


 相討ちになっていてくれればリスクは減る。マキナが絶命していればデジーさんも諦めがつくだろう。


「この液体を探してみましょうか」

「いいんですか?」

「マキナがどうなったかを知っていた方が危険の予測が立てやすいし、デジーさんも気になるでしょう?」

「はい! ジャバさん、大好き!」


 む、死の気配……。



 はい、結界。



 ゴツン。


「いたた、なんで結界を張るんですか!?」

「いや、その勢いで抱きつかれたらさすがに死ぬからね」


 僕の妻はアホである。少なくとも自分の力の強さを忘れてしまうほどには。


「あはは、確かにそうですね」


 結界を張るのが少しでも遅れていたら僕の腹はぷちっと潰れていただろう。そんな命の危機をあははで済ますのがデジー流だ。


「笑い事じゃないよ。少しは気を付けてください」

「すみません、つい嬉しくて」


 アデュバルの曝露事故に遭っていなかったら、デジーさんはきっといい奥さんになっただろうな。この人といるとなにがあっても深刻な感じにならない。人生が明るくなる。


「さ、この液体を追ってみましょう」

「わかりました」


 言うまでもないが、警戒は怠らない。


 殺戮兵器、つまり殺すために生みだされた物。


 死んだ兵士の傷から判断するに、マキナは一瞬で命を奪う。結界が間に合わなかったら一撃であの世。超回復のデジーさんも殺されれば復活は出来ない。


「僕から離れないように」

「うふふ」

「なにを笑っているのですか?」

「私、ジャバさんのそのセリフが好きなんです」

「離れないようにってやつ?」

「はい、大切にされているなって実感します」

「実際に大切に思っているので。デジーさんが離れれば結界の発動までの時間は伸び、エネルギーロスもひどくなるから、本当にお願いします」

「もちろん。あなたのことを信じています。なにがあってもジャバさんは私を護ってくれる」


 ふ。


「なにがあっても護り抜きます」


 このままイチャイチャしていたいところだが、油断しすぎるのはよくない。


 周囲の音を聞いて、しっかり観察、小まめに結界を更新しつつ急襲に備える。


 生きてこの国を脱出するんだ。こんなところで終わってたまるか。


「マキナさんの血の量が少なくなってきていますね」

「止血しているのかもしれません。自分で考えて動く兵器ならそれくらいのことをやってもおかしくない」


 あるいは血液自体が少なくなっているか……。


 僕らが争うような音を聞いてからそれなりに時間が経っている。あるいはもうマキナは完全に壊れているかもしれない。


「大丈夫でしょうか、あの子……」

「信じましょう」


 本心を言えば再起不能になってくれてもらっていた方が助かるのだが……。


 少し歩くと、彼はいた。


 木に寄りかかり、虚空をみつめている。人間離れした美しさの、例の少年だった。


 その光景を目にした瞬間、デジーさんは駆け出した。


「待って! デジーさん!」


 デジーさんは僕の静止を無視して少年に駆け寄ると、ゆっくり、大事そうに抱き抱えた。

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