第20話 ノアの代理人(1)女2人の飲み会

 洒落たレストランの個室で、2人は久しぶりの飲み会をしていた。

「かあぁ、最高!」

 笙野が冷えたビールを飲み干す。

「まずはやっぱりビールよねぇ!」

 もう一人もジョッキを空にして、満足そうな顔で笑う。

 今野理子、笙野の学生時代からの友人だ。大学卒業後はアメリカへ渡ってハーバードに入学し、その後総理秘書官となった才媛だ。

 どちらも忙しいが、近々行われるサミットのための準備もほぼ終わり、こうして今夜は飲んでいるのだ。

 そしてどちらからともなく、グチの言い合いになって行ったのだった。

「二言目には『女性なのに』『女のクセに』『女なんだから』。いい加減にしてもらいたいわ。何時代の人間?」

「そうそう。何だかんだ言って、自分達男が上っていうのが当然だと思ってんのよ」

「女は可愛い方がいいぞ、ですって?フン、大きなお世話だっつうの」

 2人はガバガバと飲みながらモリモリと食べ、憂さ晴らしをしていた。

 どちらも仕事では「できるクールな女」と見られているので、もしこの姿を部下が見でもしたら、夢を見ているのかと部下が思うだろう。もしくは、双子だったのかと思うだろう。

「そろそろ結婚はどうだ、ですって。それ、ハラスメントよね」

「そうよ。いい人がいればしてるわよ」

「それどころか暇もない。何の楽しみも無いわ」

 紺野が溜め息をつけば、笙野も焼き鳥をぐいっと櫛から引き抜いて笑う。

「フフフ。私も同じなんだけどね。部下にちょっと面白い子達がいてね。フフフ」

「……そう言えばあんた、よくBLものの本を読んでたわね。まさか?」

 面白そうな顔付きで紺野が目を輝かせる。

「まあ、違うんだけど、仲がいいのよね。それで、まあちょっと片方がトラウマ持ちで、時々うなされるの。それを避けるには、一緒に寝る事なのよね」

 言って、にまっと笑う。

 撮りためた写真を思い出して、ウキウキして来る。

「あら。どうして知ってるのかしら」

「たまたま見て、写真に撮ってるの。

 疲れた時の精神安定剤ね。目の保養よ。目の保養」

「その2人も気の毒に……」

「そういうあんたはどうなのよ。学生時代は、ずいぶんとアニメにはまり込んでたのに」

 笙野がそう言うと、紺野はフフフと笑った。

「アニメは、たいがい善悪がはっきりしてて、悪はやられるからね」

「ん?」

「スカッとするって話!」

「ああ。現実もスカッとしたい!」

「したいわあ」

 女2人はさらに食べ物も飲み物も追加して、ああだこうだと語り合ったのだった。


 笙野は口臭ケアのタブレットを噛み砕いて、気合いを入れた。2人共、ザルどころかワクの肝臓で、胃もブラックホールのようだった。

 昨夜の姿は微塵も感じられない。痕跡というなら、薄くなった財布だけだろうか。

「サミットは何があっても成功させなければならない。何も起こらなくて当たり前。いいわね」

 全8係のメンバーが傾聴していた。

「はい!」

「入って来た情報によると、テロリスト『ノアの代理人』が入国したとの事です」

 それを聞いて、緊張が走る。

 ノアの代理人というのは、全世界で活動するテロリストで、世界中から国際指名手配されている。

 しかし、性別も年齢も顔もわからない為、雲を掴むようなものだった。

「狙いはサミットである事は明白。6係の各員も、気を引き締めて、警護任務に当たるように」

「はい!」

 キリッとした顔で朝礼を済ませ、解散となった。


 あまねとヒロムも、やはりノアの代理人の事は気になった。

「ノアの代理人か。どんなやつだろうな」

「魔術も使った事があるんだろ?」

「過去にな。でも随分前の事で、その後に魔術の方が効率が良さそうな時には、使ってないんだよな」

 考え込むあまねに、ヒロムが肩を組んで頭をぐりぐりとかき混ぜる。

「ああ!?やめろ、ヒロム!」

「あまねは難しく考えすぎだぜ!捕まえりゃいいの!」

「そうだけど!行き当たりばったりだとそれが難しいって話をしてるんだろうが」

「へへ。なるようになるって」

 ヒロムは笑い、あまねは降参して苦笑した。

 そして、こちらを見て幸せそうにしている笙野に気付いて首を傾けた。

 笙野ははっと気づいて表情を改め、種類に目を落とした。

「さあ、行くかあまね!」

 時々グチを言いながら、仕事に忙しくする。そんな日常が破綻する日へのカウントダウンが始まっているとは、誰にも予測しえないでいたのだった。





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