第13話 あまねの勤務日以上に疲れる休日

 医師がううむと唸りながら検査結果を見ると、患者は色々と想像して心配になってくるものだ。

 今のあまねもまさにそうだった。

 マッドサイエンティストによる人工魔術士制作事件の際に、魔女の脳だけでなく体をそのままクローニングされた被検体からの魔式浸食を受け、すっからかん手前まで魔力を吸い出され、続いて反対に吸い戻した影響を念のためにと検査していた。

 魔力の急激な減少だけでも、魔術士として再起不可能になるまでのダメージを負う可能性があるし、一度に魔素を吸収して魔力に転換して体に循環させるのも、魔素中毒の危険性があった。

 例えるなら、死ぬ程の貧血の危険性と、酸素中毒の危険性があったようなものである。

 ただし、貧血も酸素中毒も、現代医学では対処方法がわかっている。対して魔術となると、五里霧中という怖さがあるのだ。

「何か、変化はありませんでしたか」

 声も表情も平坦だが、医師はこの調子で余命も告げる。安心できない。

「変化ですか。そう言えば、魔力量が増えたかも知れません」

「魔力量が。これまでの例では、成人を迎える頃には魔力量は決定してしまって、何をしても増えないとされていますが。その実感が?」

 初めて、医師の目に興味の色が浮かんだ。

「はい。疲れ方が違うので、連発して試してみたんです」

「なかなかアクティブな確認方法だね」

「はあ。それでやってみると、いくら連発しても大丈夫な感じで」

 言わなかったが、戦略級魔術を放てるんじゃないかと思った。

 戦略級魔術とは、核爆弾に匹敵するクラスの魔術で、そういう概念はあるものの、魔力量や演算能力のせいで誰も現実にはなしえていない魔術だ。

 もしやれそうだと言えば、即、あまねは身柄を抑えられて国家の生きる兵器とされてしまうか、暗殺されるかのどちらかだろう。

 医師はふう、と息をついて椅子にもたれた。

「まあ、主観だからね。今だけ特に安定していないのかもしれないし。様子を見ましょう」

「はい」

「検査の結果、目に見える範囲では異常はありませんでした」

 あまねは、

(心配して損した!)

と思いながら、魔力量がどうも増えた事に関しては、一時的なものだったとそのうち落ち着けようと決めた。

 これで増えたとわかれば、自分でなくとも、誰かに危険な実験がなされる可能性が目に見えているからだ。

「何かあったらまた来てください」

「はい。ありがとうございました」

 あまねは頭を軽く下げ、診察室を出た。


 そして今いるのは実家だ。

 仕事を言い訳に実家に寄り付かないでいると、「労働基準法違反か」と警察庁に怒鳴り込もうとしたので、こうしてたまには顔を出す事にしたのだ。

「忙しいんだな。痩せたんじゃないか?忙しいからって、ちゃんと食ってるのか?

 大体周は優しいから、周が何でもできるからって頼られて、仕事を押し付けられているんじゃないだろうね?」

 兄の征重が右隣りから言いながら、あまねの皿に、もっと食えとばかりに肉を入れる。最高ランクの和牛の肉は、歯がいらないほどに柔らかくて美味しいが、脂っこくもある。

「そうよ。ここから通えばいいのに。お母さんがお掃除とか洗濯とかご飯の支度とかしてあげるって言っても嫌がるし」

 母の笑華が左隣から拗ねたように言う。

「もう僕は子供じゃないんだから。それにここからだと遠いから、困るんだよ。

 もうお腹いっぱいだから。ありがとう」

 あまねは何とか肉の投入を止めた。

「子供はいくつになっても子供です。

 ああ。周が小さいころ、お父さんもお母さんも忙しくて構ってあげられなかったから。だから冷たいの?そうなのね?」

「違うよ」

「俺もテニスにかまけてたからなあ。ごめんな、周」

「いや、本当に違うから」

 向かい側で父の幹臣が重々しく言う。

「あまりお母さんに心配をかけるな」

「……はい」

「うむ。

 今日たまたま散歩して近くを通ったから、アルファクランのチョコレートパレードを買って来たぞ。好きだろう。デザートにしよう。お母さん、切ってくれ」

 アルファクランという店は、ここから車で50分離れた所にある。それに巨大なチョコレートのケーキは、しこたますき焼きを食べた胃には辛いものがある。しかも、それが好きだったのは、小学生の頃だ。

「はいはい。良かったわね、周」

「うん。ありがとう」

 あまねは心で自分を鼓舞した。


 そして実家を出て次にあまねが訪れたのは、ある秘密施設だった。

「久しぶりで――どうしたのかな、悠月君。何だか疲れているようだが」

 そう言って眉をひそめたのは、深見だった。魔術関連の研究ではやはり彼以上の人物はおらず、彼の能力は惜しいとされた。

 そこで、この施設に移し、厳しい監視の元、許可された研究を続けさせることになったのだ。監視とここから出て行けない事を除いて、持ち物も部屋も、とても収監中の被告人とは思えない。

「いや、別に」

「何かいい匂いがするね?」

 それはすき焼きの匂いだ。

 あまねは話題を変えた。

「多少の不自由はあるでしょうが、どうですか」

「快適だよ!詰まらない会議やら人付き合いもない。研究をずっとしていられるんだからね。

 まあ、脳を掛け合わせて人口の魔術士を生み出す実験は許可が下りないのが残念だけど」

「それは無理です。諦めてください」

 あまねが言うと、深見は少し笑って肩を竦めた。

「21号と呼んでいた少女は、魔術士訓練所で元気にやっていますよ」

 それに深見は、関心を見せなかった。

「それをわざわざ?あんな失敗作なのに……。

 でもありがとう。その気持ちには感謝するよ」

「彼女はクローンですよね。羊などの動物実験では、クローンは短命だった。中国でヒトのクローンが生まれたと報道があったけど、真偽もわからなければ、行方もわからない。

 どうなんですか。彼女は」

 深見は黙って香りのいいコーヒーを一口啜った。

「それは私にもわからないな。この世の中は、わからない事だらけだ。楽しいな。そう思わないかい、悠月君」

 あまねは肩を竦め、立ち上がった。

「これで、帰ります。お邪魔しました」

「もう帰るのかい?残念だ。

 ああ。次は悠月君の脳のCT写真かMR画像を頼めるかな。もう、毎晩夢に出て来てねえ」

「……さようなら」

 あまねは席を立ち、ドアを出て、厳重な鍵のかかった3枚のドアをチェックを受けながら通り抜け、武骨な内装の廊下に出た。

 そこで、預けていた魔銃杖や車のキーなどを受け取る。

 そして、溜め息をついた。

「はあ、疲れた」


 




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