第12話 爆ぜる魔術士(11)人工魔術士創作事件の終幕

 魔術士が魔術を使うのに杖を使うのは、コントロールのためや、適切な魔力を注ぎ込むためだ。

 杖なしで魔術を使うなら、直に手を当てて回復をする時や、何かに残る魔術残滓を読み取る時などに限られる。

(これは何だ!?)

 あまねは、振りほどこうにも振りほどけない、子供とは言え必死なその力に反応が遅れ、術式の浸透を許してしまった。

 体の隅々から、魔力の循環が途絶えて行く。貧血にも似たその感覚に、恐怖すら覚えた。

「ドクター、ドクター、ドクター」

 目を閉じてへばりつく女児は、顔を歪め、真っ赤にし、全身をわななかせている。

 流れを見て慌てたのはあまねだ。

「僕の魔素を吸い尽くすつもりか!?やめろ、死ぬぞ!」

「私はドクターの為に」

「君は君の為にいる!バカを言うな!」

 女児は恐る恐るあまねを見上げた。目が真っ赤に充血している。

(時間がない!)

 あまねはそう感じた。

「一緒にここを出よう。君はドクターのものでもなければ、失敗作でもない。君が君に命令を下せ」

「21号、何をやっている!?」

 見えないまでも声は聞こえるので、深見は焦っているようだ。

「どうしたい?僕にどうして欲しい?」

「名前が欲しい。21号じゃない、かわいい名前」

「わかった。必ず」

 女児はそこが限界だったらしい。グッと体が目に見えて膨らみかけた。

 あまねは魔素を反転させ、自分の中に魔力を吸い戻した。

 こちらも限界に近かったらしく、体温の低下や頭痛、震え、視界が狭く、暗くなっていたが、そこにいきなり魔力が回り始める。

 後のことはよくわからない。誰にもわからないだろう。どうせ魔術士や魔術のことなど、完全に解明されていないのだから。

 だが、公安部公安総務課第6公安捜査係の魔術士にとっては、それで十分だった。

 反動でか、酔ったようなフラフラとするようなふわふわとするような感覚の中、気を失った女児を片腕に抱いたまま、暗闇の中で方向を見失って出口にたどり着けないで這いずり回る深見に近付く。

 流石に深見も、至近距離に立たれ、気付いたらしい。

「悠月君?21号?」

 あまねはゆっくりと片手を深見に伸ばし、顔を掴んで弱い電流を流した。

「ギャッ!?」

 強めのスタンガン、よりもやや強かったようだ。

「死んでないよな?あ、良かった」

 あまねは深見の生存を確認し、安堵の息をついた。


 玄関に出てヒロムに合図を送り、内部の調査や証拠物件の押収、深見の逮捕と慌ただしく行われて行った。

 深見は「マッドサイエンティスト」と呼ばれてしばらく世間を騒がせていたが、脳をクローニングして移植していた事や、21号の事は伏せられた。

 ただ、薬物で違法な実験をしていたのだという発表をマスコミにはしてある。

 そして、21号は、咲楽さくら のぞみとなった。

 皆で名前をああだこうだと考えて付けた名前だ。最初は公安らしく千代田という案もあったが、聞いてすぐに関連性がわかるようなものはやめようという事で、こうなったのだ。

 不透明な部分もあるし、普通の施設や学校へ入れるのも心配だ。それで、制御の訓練と普通の勉強をするためにある魔術士の子供のための施設に入所が決まった。

 のだが、あまねから離れない。

「心配ないよ。他の子も魔術士で、制御ができないと困るから集められてる学校だ。普通の授業もあるし、体育祭や遠足もあるぞ」

 しかし希は、無表情な顔をあまねに向け、じっと見上げ、見つめて来る。

「あまねは、自分が自分に命令を出す。そう言った」

「そう、かな」

「あれは嘘?」

「えっと……」

「……」

「……言いました」

 ヒロムとブチさんがこそこそと言い合った。

「この年でも女は強えな」

「あまねは尻に敷かれるタイプだな」

「仕事のない日は、たまに行くから」

「……」

「じゃあ、メールしよう。それなら、仕事のある日でも、暇ができた時に読めるし。な?」

「絶対」

「わかった」

「破ったらすぐに来る」

 無表情で言われると、何だか怖い。

「この子、将来ストーカーとかになるんじゃない?大丈夫?」

「ど、どうでしょう」

 笙野とマチが怯えながら言っていると、希はグリンという感じで顔を向け、

「私が執着してるのはあまねだけ」

と無表情で言った。

「そ、そう?それなら良かったわ」

「よくないでしょ、係長!?」

「まあまあ。子供の事だし。な?」

「そ、そうだな。まあな」

 希は無表情であまねをじっと見据え、

「私は将来、あまねのお嫁さんになる」

と宣言する。

「はいはい。大きくなったらまた考えようね」

 そして、施設の職員に手を引かれて、行った。

「やれやれ。大丈夫かな」

「子供って言うじゃないか。大きくなったら誰それと結婚するーって。すぐに忘れるけど」

 ケラケラとヒロムが笑い、皆もそれもそうかと笑い出す。

 それがどうなるかは、10年以上先の話である。



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