中二病

独白世人

中二病

 山のふもとの町に生まれた。

 一月の冷たい雨が降っている日だった。

 母は食堂で働き、父は鉄工所で溶接の仕事をしていた。金持ちでもなく、貧乏でもなかった。父と母はそろって口数が少なかった。

 本を読むことが好きで、小学生の頃は毎日のように図書館に通った。妄想が得意で、目をつむるとどこへでも行けた。妄想の中の宇宙に、自分だけの安住の惑星を作り、そこを『コンクリート星』と名付けた。コンクリート星は、その名の通りコンクリートだけでできた星だった。何か嫌なことがあった時、無機質で外敵がいないその星に逃げ込んだ。

 運動オンチで自己主張が下手だった。

「ナヨナヨしたやつ」

「ウジウジしたやつ」

 そんな評価をされ、いじめられた中学時代を送った。靴を隠されたり、理不尽に殴られる日々を送る。「逆モヒカン」と言って、頭のセンター部分を綺麗に3センチ幅で刈られた時は、本気で自殺を考えた。

 いじめっこと違う学校に行く為だけに必死で勉強した。なんとか入学した偏差値の高い高校では、いじめられないことだけを目標とした学生時代を送った。内向的な性格をどうにかしたかったが、自分ではどうしようもなかった。

 高校三年生の時、就きたい職業の第一候補は葬儀屋だった。あの世に送られていく人間の最期のドラマを身近に体験できる究極の仕事だと思っていた。

 しかし、高校を出てすぐ社会に出る勇気は無かった。だらだらと受験勉強をし、中の下レベルの東京の大学に進学する。地元を離れて一人暮らしを始めれば、何かが変わるかもしれないという期待があった。

 しかしながら気がつけば、大学でも地中の幼虫のごとくひっそりと過ごす生活を送っていた。宅配便の仕分け作業のバイト先と大学、そして四畳半のアパートが生活の全てであった。

 これではいけないと大学三年の時に思い立つ。一日三冊以上の自己啓発本を読み、合計二百冊を読破する。そして、自己の改革に命を懸けようと心に決め、「変わらないといけない」と念仏のように唱える生活をスタートさせる。しかし、生まれ持った性格を変えるのは難しく、気がつくと今まで歩いてきた人生の延長線上に戻ってしまう自分がいた。

 それならば突拍子もないことでもしてみようと、背中に大きく『気合い』という刺青を明朝体で彫ることにした。何度も彫師に「本当にいいの?」と聞かれたが、「いいです。出来るだけ大きな字でお願いします」と懇願し、彫ってもらった。

 これが良かった。

 ふっきれたという言葉がぴったりだったと思う。

 それからの人生は大きく変わった。自分が理想と思う人生を送ろう、と心に決めた。

 勉学に励み、就職活動に精を出した。

 努力の結果、第一希望の大手電気メーカーに入社する。

 一切の遊びを排除し、仕事に全ての力を注いだ。対人恐怖症を克服し、営業マンとして常に一番の成績を死守した。

 栄養ドリンクを日に十本以上飲み、休日返上で働いた。

 社内で高い評価を得て表彰された。

 入社三年目、職場で一番人気と言われていた女性から思いを告げられる。

 二年の交際の末、結婚。

 一年後、長女誕生。

 しばらく充実した幸せな生活を送る。

 子供が二歳になった頃、過労で倒れ病院に運ばれる。その時、家族には絶対に見せないようにしていた背中の入れ墨を妻に見られてしまう。この事が原因となった訳ではないが、少しずつ夫婦間に亀裂が入り、結婚五年目にして離婚。子供は妻が育てることになる。

 絶望の中、仕事を辞める。

 全てを吹っ切るために、出来るだけ家族から離れようと、誰にも言わずに沖縄に移住する。さとうきび畑で働き、離婚した妻に匿名で仕送りをし続けた。

 独りきりの歳月が流れる。

 孤独だったが、他人との深い繋がりを持つ気にはなれなかった。週末は海沿いのカフェで、本を読みながら過ごすことが多かった。

 寂しさを紛らわすために小説を書き始める。幼い時に得意だった妄想の世界にどっぷりとつかる日々を送る。

 その後、二十年かけて書いた小説『凛情感(りんじょうかん)』を新人賞に応募。大賞を受賞する。〝還暦を迎えた大型新人〟と呼ばれ、大きくメディアに取り上げられる。

 別れた妻から三十年ぶりに連絡がある。

 沖縄にて妻と再会する。

 娘は結婚しており、自分に孫が二人いることを知る。

 妻が沖縄に移住してくる。再婚。娘が孫を連れて会いに来てくれる。

 妻との静かで平穏な生活が始まった直後、末期癌と診断される。

 その二ヵ月後、死亡。


 ●●●


 こんな文章を書いた中学二年の僕は、ひねくれていると言われるのだろうか?

 そもそも石川先生は、何を意図してこの宿題を出したのだろうか?

 ここは教室であって、国語の授業中だ。

 石川先生はとても変わった先生だ。夏休みの宿題として〝完璧な人生〟というテーマで作文を書いてきなさいと言った。

 今は、その宿題を順番に発表している。吉川さんの発表が終わったら、次はいよいよ僕の番だ。『気合いの刺青』というタイトルを付けたこの話を発表する。

 吉川さんは、『夢の実現と完璧な人生との関係性』という文章を発表していた。題名は仰々しいが、それは実に中学生らしく真っ当で幼稚な文章だった。

 完璧な人生などありえない。

 人の夢はかなわない。人の夢とは儚いものだ。

 クラスで一番可愛いとされている吉川さんは、市議会議員の娘だ。金持ちで成績が良く、顔も整っている。その生ぬるい内容の発表に吐き気がした。

「このあまちゃんのクソビッチがっっ!!!」

 吉川さんに向けて僕は心の中で叫ぶ。

 そのあと、本当に小さく、呟くくらいの声で、

「死ね」

と声に出して言ってみた。

 すると、それが聞こえたのか?

 隣の席の永田君がこっちを見てニヤリと笑った。




【中二病(ちゅうにびょう)】

 中学二年生頃で発症することが多い思春期特有の思想・行動・価値観が過剰に発現した病態。基本的には精神的に不安定になる思春期に成長する自意識と残った幼児性の間で背伸びをするような言動。多くは年齢を重ねることで自然治癒するが、稀に慢性化・重篤化し、社会生活を営む上で障害となることがある。


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中二病 独白世人 @dokuhaku_sejin

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