第一章 第二十二話~     ~

「ぎゃはははは! 楽器って簡単に曲がるんだな!」

「お! この部品取れたぜ!」

「オラオラオラ!」

「…………!!」


 ワイの声が出なくなってから数年経ったけど、今ほど恨めしい事はなかった。あの下種どもは鉄操の宝物である楽器を……! 能力で皆殺しにしてやろうかと思ってるけど、こんな状態で気持ちなんか昂るわけもなく、鉄格子を握りしめて空しく歯を食いしばることしかできなかった。


「………………」


 鉄操はショックからか後ずさりし、牢屋の暗闇の中に紛れてしまった。ここからでは姿が見えないが、とんでもない精神的苦痛を味わっているはず……。両親の死を知らされ、両親の形見の楽器が目の前でなすすべもなく破壊されては仕方ない事だ……


「楽器破壊なんて久しぶりだぜ!」

「だな! ……ぐっ!?」

「どうした……がぁ!?」


 その時、楽器を踏みつけていた憲兵二人が動きを止め、顔をしかめ始めた。だが次の瞬間、拷問を受けているかのような大声を上げ始める。


「い、痛ぇええええ!!」

「た、助けてくれぇええええ!!」

「ど、どうした!?」

「大丈夫……ぐあぁああああ!!」


 助けに入った憲兵も同様に苦しみ出した。耳を澄ますとメキメキとあばらから乾いた音と、ベコベコと着ている鎧が凹む音がする。なんや? 一体何が起こってるんや?


「父上これは……?」

「ふふふ……TRE化だ。あの小僧がTRE化しているぞ」


 TRE化? ワイは後ろを見て暗闇に紛れた鉄操を見ようと目を細めるが、やはりその姿を確認することができなかった。


「「「ぎゃああああああああ――――」」」


 ワイが後ろを振り返ったと同時に背後の憲兵の断末魔が途切れた。それに続いて背中に生暖かい液体のようなモノがかかり、髪の毛は濡れ、服がソレを吸って重くなった。

 瑞々しい何かがボトボトと床に落ちる音がして、拷問室内の全員が言葉を発しなくなっていた。


「………………」


 過呼吸気味に呼吸は乱れ、心拍数が上がる。汗も噴き出てきて瞬きも忘れて立ち尽くす。鼻から息を吸う度に鉄臭いに臭いが鼻腔に充満し、吐き気を催す。見てはダメだ。そこにあるのは地獄だけ……だけどワイの体は自分の意思とは真逆にゆっくりと振り返っていた。そこに何があるのか? という好奇心に逆らえなかった。そして……


「っ!!」


 胃から喉へ逆流してきた胃液が口の中いっぱいに溜まり、ひっくり返したバケツのように口から吐き出してしまった。更には吐き出した床に転がっていた誰かの眼球と目が合い、再び嘔吐してしまう。ワイは口元を抑え、目いっぱいに涙をためて震える事しかできなかった。だって……! あんな……!


「凄い能力だな……」

「ふむ。人間の体が米粒サイズだ」

「はっ! 内臓が骨ごと飛び出てるぜ!」

「っ!!」


 空腹の状態から搾り出すように三度吐き出された胃液。さっき見た光景を真王達が言ったからだ。体格のいい憲兵の体が角砂糖みたいな大きさにまで圧縮され、それによって腸や胃と言った内臓が口から、さらに眼球や三半規管も飛び出し、七孔噴血して絶命。拷問部屋中に内臓と血液をまき散らしていた。

 本当は見たくはなかったが、何が起きているのかを知るべくワイは顔を上げた。頭部だけ浮いていた憲兵は自重で落下し、今度はバラバラになった楽器が宙に浮き始めて牢屋の前に寄ってきた。だけど、楽器の大きさと牢屋の幅が違った為に、楽器の破片が牢屋の前に制止した。


「!!」


 だがそれも少しの間だった。ワイの目の前にあった鉄格子が左右にひん曲がり、拷問室と牢屋を隔てていたものが完全になくなった。そして障害物の無くなったところで楽器は再び進行を開始し、鉄操のいると思われる暗闇の中に溶け込んで行った。


「光を当てろ」

「はっ!」


 憲兵が檻の中に松明を投げ、牢屋全体に明かりが入ってきた。そこで見た光景。それは……


「ほう……黒い纏いか」

「これ程の黒い纏いは久しく見てませんな。それこそこの少年の両親のような」


 明かりが当たっているにもかかわらず、鉄操の周りだけが暗かった。いや、違う。鉄操自信が黒い靄を発しているんや。この黒さ……ラージオさんと同じ系統の色だけど、黒の純度がケタ違いや。ラージオさんの色はただの黒って感じやったけど、鉄操の黒はその空間にぽっかりと穴が開いたような、飲み込まれそうな程暗いものやった。

 そして楽器の破片が鉄操を中心に、惑星のようにぐるぐると周回して、手の平に集まろうとしていた。


「ふむ……まだ覚醒していないから能力が鑑定できんな」

「どうします父上?」

「……この小僧をさらに突き落とす。息子に孫よ。お前達は席を外せ」

「父上……大丈夫ですか?」

「いざとなったら逃げるさ。社尽王よ。儂を守れよ?」

「命に代えても――」

「そう言うことだ。さぁお前達は避難するがいい」

「わかった。死なないでくれよ?」

「任せておけ」


 真王の息子と孫は一瞬鉄操を睨みつけ、速足でその場を後にした。残されたのは真王に社尽王。それに完全武装した憲兵がザっと三十人ほど。全員が仲間を殺され激昂しているのか、殺意の籠った眼をしながら武器を構えている。真王と社尽王は何が来ても大丈夫なように体から光を発し、臨戦態勢を取っていた。


「さてと……小僧よ。お前の両親は死んだと言ったな。正確には違う」


 真王は口角を上げて聞いているのか聞いていないのかわからない状態の鉄操にはっきりと告げた。


「殺されたのだ。いや、殺したのだ。儂がな」

「!!」

「眉間を撃ち抜いてやったよ。バンバン! とな」


 その言葉が発せられたと同時に鉄操の体から出ている黒いオーラがより一層強く噴き出し始めた。そして部屋中の拷問器具が……いや、部屋全体が揺れ始める。


「な、なんだ!?」

「何が起きて……ぐあぁああ!!」


 次の瞬間、拷問室の鎖や鉄球、アイアンメイデンの内部にあった棘に、壁からは鉄筋が飛び出て一斉に憲兵に襲いかかった。


「た、助け……ぎゃああああああ!!」

「ぐえぇ!! がぁ!!」

「扉が開かねぇ! ひ、ひい!! ぎゃああああ!!」


 戦意のある者、戦意のない者、助けを乞う者も関係なく、まるでそれぞれが意思を持っているかように不規則に、そして的確に憲兵の脳天や心臓、脇や首などに巻き付き、引き裂き、貫き、掻き回し、押しつぶし、ねじ切り、殺していく。そんな道具たちは死んでもなお動きを止めず、徹底的に、そして入念に憲兵の体を挽肉にしていた。


「凄い能力だな……」

「はぁ! し、真王様! こいつの能力は一体!?」

「……今鑑定し終わった。この小僧の能力は『金属を操る能力』だ」

「き、金属……?」


 社尽王の異次元の穴に守られながら真王は鉄操の能力を考察していた。いや、恐らくは能力だろう。というか、金属を操るって言ったか? 確かに拷問道具も、憲兵の鎧も、鉄筋も牢屋の柵も、鉄扉に至るまで全部金属やな。


「しかし所詮はその程度! 私の能力の前では……がはぁ!!」

「む! どうした社尽王!」


 社尽王は口と鼻から大量の血液を噴出した。なんや!? あいつの体に何が起きてるんや!?


「まさか……血液を操っているのか?」


 血液!? いや確かに血中には鉄分が含まれてるっていうけど、言うてかなり微量や。けど――現実問題、社尽王の口と鼻からは全開の蛇口のように血が噴き出してる。そんな微量な鉄分まで操るなんて……なんて強力なTREになってしもうたんや鉄操……


「む……地震か……?」


 全ての憲兵が絶命し、社尽王が失血多量で気を失い、残ったのはワイと鉄操と真王の三人だけ。そうした頃、拷問室が再び揺れ始めた。先程の部屋の一部が揺れていると言った感じではなく、今回の揺れは部屋全体、部屋そのものが揺れているって感じや。鉄操の奴、今度は何をする気や?


「いや、違うな。――ふっ!」


 真王は自身の周りに見たこともない筒のような形状のものを生み出した。その筒からは爆音と共に何かが射出され、天井を吹き飛ばしていく。そして無くなった天井から見えたもの、それは――

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