第一章 第二十一話~奪われた宝~

「別の……奴ら……?」


 奴らという事は複数? 一体どんな人達がこんな天変地異を起こしたんだろうか? 世界の地形を変え、世界を紫色の雲で覆うんだ。さぞ常人離れした人たちだったんだろうな……


「お前ら社尽って野郎は知ってるか?」

「社尽? え、ええ。ノンビーヌラの王ですよね?」

「王!? はっ! あの万年便所掃除の給仕野郎が王になったのか!」


 万年便所掃除? そう言えば生まれながらの王じゃなくて、努力して王になったって言っていたっけ?


「社尽は異次元の穴を開く能力だってのは知っているな?」

「はい。彼のあの能力には驚きました」

「だろうな。真王は王宮にいた給仕全員を能力者に変えたんだが、そん中でも社尽は特別扱いされていた。なんたって異次元から色んなもんを出すからな」


 色んなものを出すか。そう言えばウンロン君だっけ? 彼も異次元の穴から出てきたし、もっと色んなモノを出しているんだろうな……


「中でも驚いたのは十年前に出した空飛ぶ乗り物だ」

「空飛ぶ乗り物……? それって翼があって、かなり大きくて、凄い音がしませんでしたか!?」

「? あ、ああ。お前よく知っているな」


 やっぱり! 僕らの世界の飛行機の事だ! それに十年前というのもそうだけど、確信に変わった! この世界に両親は来ていたんだ!


「それで!? その飛行機に乗っていた人はどうしたんですか!?」


 冷静さを欠いた僕はおじさんに掴み掛り体を揺する。その拍子に腰に巻いていた上着が落ち、おじさんの下半身は丸出しとなってしまい、旋笑は耳まで真っ赤にして後ろに目をそらした。


「お、落ち着けって。今話してやるからよ」


 おじさんは床に落ちた上着を巻きなおしながら話し始めた。


「飛行機に乗っていた奴らはそれぞれ連れ出されて尋問さ。元居た世界の話、技術、道具の使い方とかな。技術革新には持ってこいだ」


 おじさんは当時の事を細かく話してくれたが、正直どうでも良かった。だって僕が聞きたかったのはそこではなかったからだ。自分勝手だが少し苛立ちを覚えた僕は、おじさんの言葉を遮って聞きたいところだけを催促した。


「おじさん! 音楽家二人がいませんでしたか!? 夫婦です! 歳は三〇代で、名前は奏虎って言います!」

「奏虎? あぁ……よく知っているよ。しきりに息子の話をしていたからな」

「ほ、本当ですか!?」


 両親はこの世界にいたんだ! そして生きている! 小さくガッツポーズをしていると、イマイチ状況がつかめないおじさんがしかめ面で逆に質問を返して来た。


「おい。君はあの夫妻と関係があるのか?」

「はい! 申し遅れましたが、僕もこの世界の住人じゃありません。その二人と同じ世界からやってきたんです!」

「君も世界からの住人か……二人とはどういった関係なんだい?」

「僕の両親です! 僕の名前は奏虎鉄操、二人の息子です!」

「!!」


 その時、おじさんの目が限界まで見開き、体を強ばらせながら銅像のように硬直した。そんなおじさんを見ると、さっきまであった高揚感がどこかへ吹き飛び、つられて固まってしまう。


「お、おじさん? どうしたんですか?」

「今、なんて言った……?」

「え? 僕の名前ですか? .それとも両親の事ですか?」

「君はあの二人の息子? ……成程な……どおりで君がここにいるはずだ……」


 何やら独り言を呟くおじさん。もう僕らの事など眼中にないって感じだ。


「……真王の奴はそれをわかってここに……? ……だとしたらまずい事になるかもしれんな……」

「おじさん? どうかしましたか?」

「おい」

「は、はい!」


 さっきまで気さくに話していたおじさんの声が渋みを帯びた威圧的なものに変わった。顔つきも一段と険しくなり、表情に余裕が消えている。


「お前は何が何でも逃げろ。例え横にいるお嬢ちゃんが死んでも逃げ切れ」

「は、はぁ?」

「おいお嬢ちゃん。何が何でもこの少年を逃がすんだ。わかったな?」

「…………」


 状況こそ飲み込めないが、旋笑は小さく首を振ってそれに応えた。すっかり置いてけぼりとなった僕はおじさんに聞き直す。


「ちょ、ちょっと待ってくださいおじさん! 状況がイマイチ飲み込めません! なんでそんなに急に……」

「いいか少年よく聞け。お前は何としても逃げ切るんだ」

「ど、どうしてですか?」

「それはな……この世界をこんなのにしたのは――」


 一発の銃声が拷問部屋に鳴り響いた。それにともない、目の前に立っていたおじさんのこめかみからは血が飛び散り、僕の顔に付着。おじさんは白目を剥いて地面に横たわった。


「ああ! おじさん!!」

「ペラペラとうるさい囚人だ」

「真王……!」


 薬室から飛び出して地面に落ちた薬莢が乾いた金属音を響き渡る。手に握られて拳銃の銃口からは硝煙が立ち込め、不敵な笑みを浮かべている真王がそこにいた。


「目覚めたか。気分はどうだね?」

「……牢屋に閉じ込められて居心地がいいと思いますか?」

「はっはっは! それもそうだな! 失礼した」


 小馬鹿にした一礼をした真王が頭を上げるのと同時に扉から真王の息子に孫、社尽王に大勢の憲兵が拷問部屋に入ってきた。


「さてと……それでは始めようか」

「覚悟は良いか小僧。今からお前をTREにするぞ」


 手のひらに見たことも無い拷問道具を当てながら不敵な笑みを浮かべる社尽王とその部下達。だけど僕はそんな事よりも真王に聞きたいことがあった。


「真王! 一つ聞かせてください!」

「無礼だぞ! 囚人風情が……」

「よい。人生最後の質問になるやもしれんし、ひょっとしたら仲間になる者だ。それくらいは聞いてやろう」


 真王は一歩前に出て聞きの姿勢を取った。僕はそんな真王に今思っていること、どうしても確認したい事をぶつけた。


「真王。あなたは奏虎という名前をご存知ですか?」

「奏虎……ああ。勿論だとも。よく覚えているし、忘れるわけもない。なぜお前がその名を?」

「僕の名前は奏虎鉄操。その奏虎夫妻の息子です」

「「「!!」」」


 その場にいた全員が目を見開き、おじさんのようなリアクションを取った。やはり……一体何が彼らをそうさせているんだ? 父さんと母さんは何をしたんだ?


「成程な……くくく! はっはっは!」

「??」

「いや失礼。あまりにも愉快だったのでな……」


 愉快……? 一体何の話だ……? そんな真王は憲兵の一人に何かを指示すると。憲兵は小さく頷いて部屋を後にした。そして真王は再び僕に向き直し、少し笑った。


「良いだろう。聞かせてやる。お前の両親は確かにこの世界に来た。音楽家と言っていたな」

「はい! そうです! 今二人は……」

「死んだ」

「…………え…………?」


 今なんて言った? 


「二人とも死んだよ。この世界をこのような形に変え、この世界を厚く紫色の雲で覆ってな」


 真王の言葉がやけに遠く、小さく感じる。息が吸えない。自分の心音がやけにでかく聞こえる。顔は火照っているのに体は寒い。目の前が少しずつ暗転してきた。

真王は何て言った……? 世界の形を変えた……? 知ったこっちゃない……死んだ……? 二人が……死んだ……?


「聞いているか? ……やれやれ。そちらから聞いたくせに今度はだんまりか。まぁいい。本題に移ろう。お前も両親のような素晴らしいTREになると期待しているぞ」


 真王は……手を上げて……憲兵に……指示を出した……。憲兵は……見覚えのある……ケースを……持ってきた……


「これはお前の隠れ家に使っていた廃屋から持ってきたものだ」

「……僕の……楽器ケース……」

「そうだ。全く……お前の仲間の武術家には手を焼いた。報告によればいっちょ前にお前の宝を奪い返そうと単身で一個大隊に挑んだそうだぞ。おかげで多大なる被害が出たが、多勢に無勢……こうして宝を確保した」


 音破が……守ってくれてた……? でも……奪われてしまった……


「……僕の……楽器……宝……両親から貰った……」

「ふふふ……檻から手を伸ばしてそんなにこれが大切か? そうだな。死んだ両親から貰った唯一の贈り物。両親との繋がりを実感できるものだからな……さぞ大切なのだろう?」

「あ……あ……」

「やれ」

「!!」


 真王の合図で憲兵は僕の楽器ケーズを思い切り地面に叩きつけた。勢いよく楽器ケースの蓋が開き、中から僕のトランペットが無造作に飛び出した。耳を覆いたくなる金属が歪む音。僕のトランペットから聞こえた事も無いけたたましい音が部屋中に響き渡る。


「ぎゃはははは! 楽器って簡単に曲がるんだな!」

「お! この部品取れたぜ!」

「オラオラオラ!」

「…………!!」


 嬉々として楽器を壊す憲兵達と僕の横では旋笑が出ない声を振り絞って制止しようとしている。その間にもトランペットはどんどん形を変え、見るも無残な姿に変わっていった。

 視界が暗くなってきた。耳に入る音が小さくなってきた。何も考えられなくなってきた。が、それに比例して一つの感情が僕の中を駆け巡った。


 ……僕の宝……を……あんなにし……ている連……中……は……


 ――――殺してやる――――

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