第一章 第十七話~異次元の穴~

「無駄だ」

「くっ!」


 だがこの攻撃も社尽王の能力に飲まれてしまった。そんな中、音破だけは大した動揺も見せずに何かを呟いている。


「大きさは直径四m。生み出せる個数は一個。成程」

「成程? それってどういう事?」

「旋笑! 頼む!」


 小さく頷くと旋笑はそっと目を閉じて何かを思い浮かべ始めた。きっと楽しい事を思い浮かべているのだろう。それに比例して旋笑の体から発せられるエメラルドグリーンの光が強くなっていき、密閉された空間のはずの室内に風が吹き始めた。そして遂には大きな竜巻を数本生成。四方八方から真王達に襲いかかる。


「ふむ。流石というべきだな。ここに乗り込んでくるだけの事はある」

「社尽王の能力では相性が悪い。ここは私にお任せを」


 真王の左側にいる甲冑を来た男性の体が白く輝き始めた。白という事はグアリーレさんと同じ系統の能力か。人を癒す? いや、でもそれでは旋笑の竜巻は攻略できない。一体何が……?

 その疑問の答えはすぐに出た。前方に左右。それに斜めと一八〇度から襲いかかる竜巻は真王達に当たる直前にまるで手品のように一瞬で跡形もなく消え去った。


「何が……ん!?」


 驚いているのも束の間、消え去った竜巻の中から音破が現れ、真王達の目の前に着地した。


「ほう。中々やるな」

「どうやってここまで来た?」

「へっ! 竜巻の音で俺が能力を使っているのに気が付かなかっただろう!」


 す、凄い! あの一瞬でそこまでの事をしていたのか! 武術家は戦闘でこそ最高の仕事をするけど、流石としか言いようがない動きだ。それにあの距離……近距離戦では両手足がSMLである音破の独壇場のはず!


「武動音破。仮面を付けていたから素顔は一度も確認できなかったが、確か武術の国の出身だったな」

「そう言うあんたは名も名乗っちゃくれなかったな隊長」

「名乗ろうとしたがお前は面倒くさいと聞いてはくれなかったではないか」


 敵を前にして会話をする程の余裕を見せる音破。それに応えるように甲冑の男性は音破に語り掛けているけど、隊長と呼ばれているという事は、憲兵の隊長という意味なのだろうか?


「やる気になった君はこんなにも行動的で強いのだな」

「へへへ! 褒めても何も出ないぜ!」

「どうだ? もう一度我が部隊に入って父上に尽くさないか?」


 父? あの隊長さんは真王の息子だったのか? ってそれより! あの人音破の事勧誘してない!?


「おいおいマジかよ」

「私は真剣だ。どうだ?」

「へへ! あんたを真王の息子にしておくのが勿体ないくらい良い男だぜ。だが!」


 音破は腰を落として深く一歩前に踏み込んで震脚をする。凄い。ここから音破との距離は四十mくらい離れているのに、その距離を感じさせないくらい大きな音が室内に鳴り響く。そして至近距離で能力を使って拳を突き出した。


「……ありり?」


 だが拳は空を切ってただ突き出されただけだった。それに体からも赤い光が出ていない?  不発に終わった音破は、もう一度拳を突き出して衝撃波を打ち込もうとするが、やはり今度も何もなく空を殴るだけだった。僕らも驚いているが音破本人が一番困惑しているようで、握りこんだ自分の右拳をジッと見つめて硬直していた。


「何が起きてるんだ?」

「残念だったな武動音破。君の能力を封じさせてもらったぞ」

「俺の能力を? どういうことだ?」

「私は正々堂々戦いたいから答えを言おうか。私は『自身の周りに能力無効の空間を生み出す』TREなのだよ」

「能力無効だと……?」

「ああ」


 能力無効!? そうか。これで納得がいった。旋笑の竜巻が消えたのも、今現在音破が能力を使えないのも、あの男性の能力が原因だったんだ。


「さてどうする? 能力が使えない上にこの人数を相手にできるかね?」

「へっ! 問題ねぇ! 俺は元武術家だぜ! 能力は所詮おまけよ! 武術家は能力じゃなくて武術で戦う!」


 音破は気負いも見せずに直ちに気持ちを切り替え、構えをとった。凄い……銅像のように体を静止させながらも力みを感じさせない脱力感を感じる。相手がどこから、どんな攻撃を繰りだしてきても対応できるようにしている。援護に行きたいのも山々だけど、能力で援護も出来ないド素人の僕らが加勢に行っても足手まといにしかならない。出来ることはただ見守るだけ……


「頑張れ……!」


 僕が願いを呟くと同時に杖を持った青年が真王の前に立って壁となり、音破と向かい合った。音破同様脱力状態にもかかわらず体感がしっかりしており、並みの人間じゃないという事が見て取れる。もしや彼は武術の心得があるのか……?


「音破よ。オレが相手してやるぜ」

「俺の名前を知っているとは光栄だねぇ。そういうお前は何て名前だ?」

「ふふふ……法帝と呼んでくれ」

「法帝ね。覚えた。……が! もう呼ぶこともねぇだろうよ!」


 音破は倒れるが如く滑らかに法帝に肉薄。握りこんだ拳を顔面目掛けて叩き込んだ。


「!!」


 と思った矢先、寸止めして後方にジャンプ。そのままバックステップで真王達から距離を置いて、遂には僕達と合流した。


「音破! 大丈夫!?」

「あっぶねぇ……!」

「どうした音破? なぜ寸止めを?」

「っ!? 音破さん!?」


 グアリーレさんが指さすと音破の下腹部から血が滴り、ポタポタと地面に落下して血だまりが出来ていた。


「ど、どうしたの!?」

「へへへ……! 斬られちまったぜ……!」

「ジッとしててください! 今治します!」


 グアリーレさんは能力を発動して歌い、音破の治療を開始した。斬られたって? そんなバカな……法帝の手には刀なんて……


「あと一歩近づいていれば死んでいたな」

「バーカ! だから踏み込んでねぇだろ!」


 法帝の手には杖の他に、新たに刀が握られていた。鍔が無い……それに杖も短くなっていることから仕込み杖だという事が判明した。それにしても……


「なんて強さだ……!」


 舐めていたわけじゃない。油断していたわけでもない。こちらの力を過信しすぎていたわけでもない。ただ相手の力量が僕らの想像の遥か上を行っていた。彼らの能力は僕らの想像を絶していた。


「ど、どうしましょう音破!?」

「どうするもこうするもねぇ。引くぞ」

「引くだぁ!? 因縁の相手が目の前にいるのにか!?」

「その通りだラージオさん。完全に相手の力量を見誤った。これ以上戦ってもまず勝ち目はない」


 僕らの敗北を断言するとは……でもその意見に反論できない。逃走しかないというのは当然の考えか……


「しかしこんなチャンスは……」

「生きていればチャンスなんていくらでも来ますよ。問題は生き延びること。それに相手の能力がわかったので対策も作戦も考えられます」

「命あっての物種、か」

「その通りだ鉄操」


 確かにここで無策に突っ込んでも僕らの敗北は目に見えている。ならここは音破の言う通り一旦退いて準備をしっかりした方が今後のためにもなる、か。


「わかった。ラージオさん達も良いですね?」

「は、はい。私は攻撃専門ではないので、そうしてもらえると……」

「僕も賛成だ。兄さん逃げるぞ」

「ぐぬぬ……! ちっ! わかったよ!」

「という訳で最後にいっちょお願いしますぜ!」


 体を光らせた音破の意向を汲んだ旋笑とラージオさんは同じく体を光らせ三人同時に能力を発動。玉座めがけて最後の攻撃を繰りだした。


「おっし! 逃げるぞ!」


 三人の攻撃は真王達にではなく、その手前の地面めがけての攻撃や、視界を遮るというものが主な理由だ。それによって僕らの間には煙の壁ができ、向こうからこっちが見えない状態が生まれた。本来ならここで攻撃を畳みかけるのが定石だろうけど、この状態でもきっとこちらの奇襲は無力化される。僕らは回れ右をして入り口めがけて全力疾走し始める。


「出口までそんなにない! 一気に駆け抜けろ!」

「うん!」

「………………!!」

「ふぐぅ!?」


 渾身のスタートダッシュを決めた僕だったが、直後に旋笑に首根っこを掴まれて無理矢理制止させられた。予想だにしないその行為により、喉が圧迫されむせび返してしまった。


「ごほっ! ごほっ! な、何旋笑!?」

「ん? お、おい鉄操……! 前……!」

「え? んな!?」


 眼前に広がるその光景に、僕は自分の目を疑った。扉は先程の豪華絢爛な装飾とは打って変わって、黒一色のどす黒い渦を巻いていたのである。こ、これは……社尽王の異次元の穴!?


「め、旋笑ありがとう! 止めてくれなかったら……」


 首を横に振る旋笑。いや、本当に助かった。あと三歩……いや、二歩でも歩いていたらあの世行きだったかもしれない。

だがホッとできるのもここまでだった。この異次元の穴が目の前にあるという事は……


「どこへ行こうというのかね?」

「社尽王……!」

「そちらから仕掛けてきたというのに逃げるとは……それに言っただろう? ここでお前らを葬るとな」


 立ち込めた煙は次第に収まっていき、人影がこちらに近づいて来た。この能力、それにこの声……そして煙の中から姿を現したのは社尽王だった。


「………………」

「おおっと。窓から逃げようとしても無駄だぞ。入り口同様異次元の穴で塞いでいるからな」

「ちっ! 異次元の穴は同時に複数個生み出せるのかよ!」

「俺達に手加減してたってのか!」

「ふふふっ! まぁ理由があるのだよ」


 理由? どういう意味だ? 社尽王はくるりと僕らに背を向け、玉座の方に向き直した。


「真王様? いかがいたしましょう?」

「ふむ。そこの傷を癒す者の能力は良いな。今までそのような能力を持ったTREはいなかったからな。その能力があれば様々な拷問を行なってもすぐさま癒すことができ、今まで以上に質のいいTREが生み出せそうだ」

「他にはいますか?」

「そうだのう……竜巻を起こす者も良いな。それほどの広範囲かつ強力な能力は中々おらん。そしてまだTREになっていないそこの少年もいい」

「はっ! して、他な者は?」

「他の者? 儂には見えんな」

「承知いたしました」


 再び僕らの方を向き直す社尽王の表情はピカソのゲルニカのような人間とはかけ離れたおぞましく歪んだ笑顔だった。そして体が黒く発光し、無数の異次元の穴を生み出した。


「ま、まずい!」


 先程の話。『いる』『いらない』の真意はよくわからないが、今から社尽王がしようとしている事はわかる。僕、旋笑、グアリーレさんを残して、音破、ラージオさん、オンダソノラさんを異次元の穴に葬ろうとしている!


「ド畜生が! ダァアアアアアア!!」

「ぬん!」

「ラァアアアアアア!!」


 標的とされた三人は抵抗し、渾身の攻撃を社尽王に撃ち込むが、先程同様に全ての攻撃が無効化にされてしまう。旋笑は……駄目だ。恐怖とパニックで気持ちを昂らせることは出来ないから能力が発動出来ていない。グアリーレさんの能力では社尽王に抵抗できない。

 こんな時、自分の無力感が恨めしい。僕は無能力だ。ラージオさんのように体格に恵まれているわけでもない。音破のように格闘ができるわけでもない。

でも一つだけ出来ることはある。それは……


「ん? なんのマネだ小僧」

「て、鉄操!?」


 もはや敵のみならず味方の音破達まで困惑している。ははは! 確かに僕のこの行動を見れば誰だって驚くだろう。だって……


「その握りしめた拳は戦う気があるのだな?」

「ええ! そうですよ!」


 無能力? 非力? 体格? だからどうしたというのだ。みんなが命がけで戦っていたのに僕だけ何もしていないなんて許されるはずがない。確かに僕如きが何かしたからといって戦局が変わるとは到底思えない。けど……けど、何もせずに、何もしないで事が過ぎるのはもう嫌だ! もうそうやって十年も生きてきたんだ! そんなのもう耐えられない!


「父さん、母さん。ごめん。もう会えないかも……」


 自分でもわかるへっぴり腰に、震えと恐怖でしっかり握れない拳。平静を保った笑顔を向けるが下瞼は痙攣し、汗も噴き出ている。だけど覚悟だけは決まっている。何があろうと一矢報いて、みんなの為に闘う! そんな僕の真横に誰かが並んで立ってきた。


「旋笑?」

「………………」


 僕同様に拳を握りしめて社尽王に対峙する旋笑。その体はエメラルドグリーンに輝いているが、起きているのはそよ風程度の風量。その表情は笑みを浮かべてはいるが、やはり気持ちの昂りは起こせていない。彼女の中にあるのは恐怖……。けど彼女も必死に戦うとしている。それだけは確かだ。


「旋笑? 大丈夫?」

「………………」

「ははは! だよね。僕も怖いよ。けど、一緒に頑張ろう」

「はぁやれやれ……私と対するという事は覚悟は出来ているのだな?」


 社尽王は僕らの目の前に飛び切り大きな異次元の穴を開いた。そこから微かに香る臭いは生臭いゴミのような匂いと、ほのかな香辛料のような酸味のある香り。ははは! 本当に異次元に飛ばされてしまうようだ!


「お前ら二人はおまけよ。それでは死ぬがよい」

「「っ!!」」


 異次元の穴は問答無用に、無機質に僕らの方へと近づき、僕らはどす黒い穴に飲み込まれる――


 ――その時だった――


「ぶっへぇ!!」

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