第一章 第九話~芸笑の過去~

「き、傷……!」

「やっぱりな……だからか……」

「僕と同じことをされていたのか……」


 彼女の首にあったのは大きなバッテンの切傷。それはオンダソノラさんの傷とそっくりだった。そしてその傷が意味する事。旋笑が何を奪われたのか、なぜ紙で会話をしているのか……すべてが分かった。


「君は……声が……」

「………………」


 顔は笑っているが、その表情は悲壮感漂うもので、無理して笑顔を作っていると言った哀しいものだった。それなのに僕と来たら……


「ごめん旋笑……さっきは無神経に何で紙を使うの、なんて言っちゃって……」


 立っていた旋笑は再び椅子に座り直し、何かを紙で書き始めた。


「ええっと……『悪気はなかったんだからいいよ』だそうです」


 グアリーレさんが通訳し終えると、旋笑は脱いだマフラーを首に巻きなおして一息入れ、再び紙に何かを書き始める。


「『ワイは喉を切り裂かれて声を失った。他の人達もワイ同様に喉を潰された人や手足を切り落とされた人、相方を殺された人もいた』」

「ひでぇ……」

「人間のする事じゃない……」

「『TREになった人は連れ去られ、そうじゃない人は軽い処置だけして置き去りにされた』」

「成程……それで旋笑は真王に連れ去られて」


 だが僕の予想を反して旋笑は首を横に振った。


「『ワイはその場ではTRE化しなかったんよ』」

「え? TRE化しなかった?」

「どういうことだ? 君が竜巻を起こす時、TREが能力を発動する前触れである『体の発光』が確認できたが?」


 少女は首を縦に振る。その返答に僕とラージオさんは余計に訳がわからなくなり、疑問符を浮かべ、そんな様子を見て旋笑は続けて文章を書いた。


「『TRE化しなかったワイは元笑いの国に取り残された。それからは好きな笑いも出来ないし、生きる意味も見失って国をさ迷い歩く毎日だった』」

「そりゃそうだよな。好きな事ができなくなったんだもんな」

「さぞ辛い毎日だったね……」

「『辛いのはワイだけじゃない。他のみんなもだった。国は魂を抜かれた操り人形みたいな人達で溢れかえっていた』」


 僕がこの世界に来て、街の人々を見た時の状態なのだろう。生気のない目に顔……そんな人達で溢れかえっていた……のか。


「『ワイが笑いを始めたきっかけは辛い思いをしている人達を笑顔にしたい事だったのに、それができない。この心が死んだ人達を笑顔にしたい! また笑いの渦を巻き起こしたい! そう思った時、ワイの体がエメラルドグリーンに光始めたんや』」

「TRE化……したんだね?」


 旋笑は小さく頷いた。


「『ワイはその日から「気持ちの昂りで竜巻を生み出す」TREになったんや』」

「気持ちの昂りで竜巻を?」

「成程な。笑いの『渦』を『巻き起こしたい』って言うのが作用したんだな」


 人差し指でラージオさんを指さし『ご名答』と言わんばかりに拍手をする旋笑。竜巻を巻き起こすか……凄い能力だ。


「『ワイはこの能力を授かって、真王に復讐してやる! と思ってすぐに奴らの後を追いかけた。そして真王に追いついたワイは奇襲を仕掛けた』」


 奇襲か。街での戦いのようにかな? 自分の場所を相手に悟られない上でいきなり竜巻攻撃する。その戦略のいやらしさと来たら……身をもって体感済みだ。


「『けど多勢に無勢。護衛の数の多さにTREも何人もいたからすぐに掴まり、とあるTREの前に連れていかれた』」

「とあるTRE?」

「『性格逆転のTREって言ってたわ』」

「「「性格逆転??」」」


 その言葉に一同が声をハモらせ、首を傾げた。性格逆転? それって一体……?


「『そのままの能力や。優しい人間は残酷な人間に、怒りっぽい人間は寛容な人間に……てな具合になる』」

「ははぁん。それで君は初対面の時無表情で何を考えているのかわからない印象だったのか」


 成程。これで疑問が解けた。初対面の時、旋笑は生気のない目に反応も薄く、人形のような感じだったが、それはTREの能力で逆転していたということか。実際の旋笑の性格は表情豊かで明るい元気な子ってわけだ。


「『そしてその能力は想いにも作用する。要は真王が大っ嫌いなワイは、性格逆転で真王に尽くしたいという風に変えられたってわけや』」

「それが旋笑が真王に従っていた理由なんだね」

「全部合致したぜ」


 とここで話が一段落して部屋に張り詰めていた緊張の糸が途切れた。知らず知らずに入っていた肩の力を抜き、大きなため息をついて置かれていた飲み物を飲み干した。


「ふぅ……君の事情は分かった。俺達の仲間ってことで話を進めていいんだよな?」


 その問いかけに拳を突き出す旋笑。ラージオさんはそれに応えるように自分の拳を突き出して拳をぶつけ合った。


「俺達は近々真王のいる王宮に乗り込もうとしてたんだが、君がいるのなら話は変わる。当初の予定では憲兵に成りすまそうと思っていたが、俺達は君に掴まり連行される……っていう方が怪しまれず、且つ安全に侵入できそうだ」

「成程ね。それは良い案かもしれないね」

「だろ? どうだ? 手を貸してくれるか?」


 ラージオさんの提案に対して旋笑は親指を立てて大きく二度頷いた。どうやら交渉成立みたいだ。でもこれは良い流れになってきたぞ! 簡単に侵入できる上に強力な戦力も得た! これはイケるんじゃないか! 

 と、ここで旋笑は何かを思い出したように笑顔から一転して少し険しい顔になった。そして僕らに何かを伝えるべく紙に何かを書きなぐる。


「『一つ問題があった』……だって?」

「なんだ? 不穏な事言うじゃないか」

「ええっと……その問題って言うのは何かな?」


 旋笑は続けて何かを書き始める。


 その時――和太鼓の数十倍はあろう重く響き渡る音が外に鳴り響いた。


「っと! 今の音はなんだ?」

「多分雷だと思います。先程向こうの空が光りましたから」

「そうか……ってどうした?」


 その言葉に旋笑の方を見てみると、文章を書いている状態でフリーズしており、よく見るとペンを握った手が震えている。ははぁん……もしかして。


「旋笑は雷が苦手なんだね?」

「がっはっは! 可愛いところあるじゃないか!」

「もう……兄さんったら。雷が好きな人なんていませんよ」

「そうか? 俺は好きだけどな」


 そんな会話で盛り上がっているところ、旋笑が慌てた様子で首を大きく左右に振り、急いで何かを書き上げた。


「ん? 何々? 『違う。これは雷じゃない』……は?」

「どういうことだ? 今のはどう考えても雷だろ?」


 そんな問いかけを無視して旋笑は再び文を書き上げる。


「『さっきの昔話で思い出して言い忘れてたけど、真王に挑んだTREはワイだけじゃない。もう一人いるんや』。何? まだいたのか!」

「『ああ。そいつは元武術の国出身で……」


 ラージオさんが文を読み上げている最中――ソレは起こった。

 僕の右側の壁前面に亀裂が入り、何かが爆発したかのように吹き飛んだのだ。壁から伝わる衝撃波のようなものに押され、僕らは体をロープで引っ張られたかと思う程の勢いで、反対の壁に吹っ飛ばされ、激突した。壁に当たった際の当て身に首の鞭打ち、衝撃波自体の衝撃により全身に激痛が走り、僕らは床に倒れこんだ。

 だがそれだけでは終わらなかった。倒壊した壁の方向から落雷のような轟音が鳴り響いたのだ。僕ら一同は何が起きたか理解できていなかったが、旋笑だけは違った。床に倒れながらも自分に注目しろと地面を叩いて視線を集め、全員に身を守れと言わんばかりに自分の頭を両手でしっかりと抑え始めたのだ。それに応えるように僕らは頭をしっかりと保護し、何かに備えた。

 一秒後、再び雷鳴のような音と謎の衝撃波が建物を強襲。僕らはその勢いにより建物の外に吹っ飛ばされた。


「大丈夫かみんな!?」

「俺は大丈夫……!」

「私も大丈夫です……!」

「………………!」

「ぼ、僕も何とか……!」


 道に打ちつけられ、体のいたるところに痣や擦り傷を負ったが、特に問題なく動ける。問題なのは……


「今の現象は一体なんですか!?」

「わからん! 雷……なのか?」

「たまたま近くに落雷があっただけですよ! そうに決まってる!」


 それを証拠に空は稲光、雷鳴も聞こえるし、小雨も降ってきて僕らの体を濡らし始めている。落雷と考えるのが妥当……


「? 皆さん! 旋笑ちゃんが何か伝えようとしています!」


 グアリーレさんに言われて旋笑の方に視線をやると、落ちた木片を拾い上げ、堅い地面に何かを急いだ様子で書いている。何を伝えようとしているんだ?


「何々……はぁ!? マジかよ!?」

「これがそうなのか!?」

「何てこと……!」


 書かれた文字は相変わらず解読不可能で現地人の三人だけが読めるもんだから、僕だけ置いてけぼりになってしまっている。でも皆さんの驚き様から何となくまずい事態になっているのは感じ取れた。


「なんて書いてあるんですか!?」

「はい! 今説明します! これはTREの攻撃です!」

「はぁ!? この攻撃がですか!?」

「さっき言いかけましたが、元武術の国のTREらしくって、旋笑ちゃんが拘束失敗した際に送られてくる算段だったみたいです!」

「ということは……敵ですね?」

「はい!」


 そう言い終わったタイミングで再び轟音が鳴り響いた。クソ! なんて音だ! 打ち上げ花火だってこんな音はしないぞ!? 一体なんの能力なんだ!

 そんな事を考えているうちに、先程いた建物は完全に爆散して、粉々になった瓦礫と煙の中に人影が浮かび上がった。天高く巻き上がった粉塵は本降りになった雨によってすぐ収まり、次第にその姿を浮かび上がらせる。


「あぁ~~……めんどくせぇ……めぐえ~……おまえがしっぱいしたから……おれがくるはめになったじゃねぇか……」

「男……いや青年か……っておいおい」


 僕と同い年ぐらいの若い声だった。顔は……仮面を被っていてよくわからない。ペストマスクのくちばし部分を短くしたような仮面だ。


「仮面を付けてるとは……そんなに顔を見られたくねぇのか?」

「こたえるのも……めんどくせぇ……」


 青年は酔っぱらっているのか足元がおぼつかずフラフラと千鳥足だ。声も覇気がないし、発言からもわかるけど相当やる気がないように見える。


「おい。お前は真王の回し者ってことで良いんだな?」

「ああ……けど、めんどくせぇ……やるきがおきねぇ……」

「そうか……なら見逃してくれたりしないかい?」

「めんどくせぇ……けど、やらねぇともっとめんどくせぇことになる……ってことで……」


 青年は揺れた体を静止させ、こちらを見つめてきた。


「めんどくせぇけど……おまえたちをここでころす……」

「上等だぁ!」


 ラージオさんは満面の笑みを浮かべながら一歩前に出た。その体からは黒い靄が立ち込め、雨に逆らいながら空に浮かんでいく。一方青年の方は前に倒れ……違う。重心を前に掛けているんだ。相撲の四股踏みのように腰に力を入れて、体からはワインレッドの……深紅の靄が立ち込めている。どうやら戦闘態勢に入っているみたいだ。


「すうぅぅ……」


 ラージオさんが息を吸い込み始めた。腹は膨れ上がり、二倍に膨張。体から立ち込めている靄は光に変わり、体全体が発光し始める。青年も左手を少し前に出し、右手を腰元に置き力を溜めていた。

 そして互いの体から発せられている光が頂点に達した時……


「ダァアアアアアア!!」

「むん!」

「「「っ!?」」」


 大咆哮と共に放たれた青白い光線と、雷鳴のような轟音と共に生み出された衝撃波がぶつかり合い、それはボクシングのゴングのように街に鳴り響いた。

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