最終話「恋愛相談スキルで、救います」

「つまり、デート中に可愛い子をチラ見する自分を責める必要は無いと?」

「ええ、男性の本能に過ぎません。しかし、あなたが怒られたのはその時言い訳したからですね。そうではなく、これは本能がやらせている事で、本当に大切なのは自分のパートナーだとはっきり伝えましょう。本能のせいだと居直っちゃだめですよ? 『相手が大切』と伝えるのが一番大事ですからね」


 男子学生は「そうだったのか!」と舞い上がり、彼女に謝りに駆け出してゆく。

 ハルは貴重な聞き取りデータを入れて、助手に手渡す。


「さすが室長! 鮮やかです!」

「その呼び名。まだ慣れないなぁ」


 現在、ハルは十数人のスタッフを統括する立場にいる。おまけに研究員を統括する管理職は別におり、彼はデータを確認して方針を下すだけで良いと言う好待遇だ。

 とは言え、組織の体裁を整えても人間は人間が教育しなければならない。

 こうして研究員を連れ歩き、仕事を見せて教え込むのだ。

 なお、校舎の一部が吹き飛ばされて再建中な事と、ハルのキャパシティの問題で、現在は少数精鋭だが、今後は人員もどんどん拡充する予定らしい。


 両親に報告の手紙を書こうと思ったが、絶対に信じて貰えないので、「お世話になっている方から、家族に王都旅行をプレゼントしてもらったので遊びに来て欲しい」と書き添えてお金を送った。

 別に嘘はついていない。お世話になっている方が摂政殿下で、貰ったお金は国から支払われる莫大な給与と言うだけである。


 病床の王はようやく意識を取り戻し、マリウスが即位するまでの中継ぎとして、リビエナを正式に女王とした。

 本人は重荷を押し付けられたと愚痴っていたが、父に認められたことは存外嬉しいらしい。

 近々戴冠式も予定されている。


 その際「あなたも道連れです」とばかり烏丸補佐官を軍務省に引き上げた。

 とばっちりを受けた補佐官、いや軍務次官は嫌がったが「私は優秀なものを遊ばせておくほど贅沢好きではありません」と言い渡され、ガックリうなだれて申し出を受けた。

 もっとも、「優秀な若手を育てて、仕事を押し付けよう」と訳の分からない情熱に燃えているらしいが。


 その烏丸預かりで御用となったリーチだが、裏取引によって首の皮一枚で繋がった。

 超竜撃退後、烏丸は超兵器の無断使用とリーチの逮捕で怒り心頭の団長に、悪い笑顔でわっしょいしたのだ。


「いやー、さすが団長、こんな事もあろうかと事前にアーティファクトの使用を命令しておいて下さるとは」


 つまり、「功績を分けてやるから面倒事を背負ってくれ」と言う話だ。

 そうだったのですかと褒め称える幹部たちの前に、団長は悟ったそうだ。

 リーチを切り捨てて土下座させるべき、と。

 そんなわけで、頭を丸刈りにされて、顔を真っ赤に腫らしたリーチを連れて、団長が謝罪にやってきた時はどうしようかと思った。

 関わりたくないので即許したが。

 なお、無理な使用で大破した銀鮫1号は、超竜の死体を活用した資金で修理代を捻出するとのことだ。


 エマとアレクは相変わらず、いや、危機を乗り越えて生存本能が刺激されたのか、完全に蜂蜜状態だ。

 アレクがぽそりとこぼした「女の唇って、やわらけぇな」と言ううわごとを聞いてしまい、口から砂糖を吐きそうになった。


 マリウスは今回の事件については何も語らず、周囲のヘイトを一身に受けた。

 ただ、マニーに迷惑が掛かるような風評は、間接的に吹き消したりしているようだが。

 彼は姉に騎士学校への転籍を願い出て、周囲を驚かせた。

 心身ともに鍛えなおされた彼は、やがて騎士団の中心人物として竜退治で活躍することになる。


 ヤコブは死んだが、残った2人の側近は明暗が分かれた。

 ひとりはマリウスに従って騎士学校に入り、猛訓練で生まれ変わった。現在も彼の右腕を務めている。

 もうひとりは厳しい訓練を嫌って転籍を拒否した。マリウスなら許してくれるだろうと言う甘えがまだ生きていたからだが、もはや王子がそれを許す訳もなく、後ろ盾を失って今までの悪評から逃れるように貴族学校を去った。その後は彼の名前を聞かない。


 マニーはシルヴィアの側近になった。

 彼女曰く「彼女はなかなか目端が利くから、色々教え甲斐がある」との事だ。

 実家のことも、可能な限り協力したいと言っていた。




 そして、シルヴィアは……。


「おい、ハル! 本当なのか!?」


 いきなり背後から恋人の声が飛んできて、ハルは大いに面食らう。

 助手は「では私はこれで」と戦線離脱を決め込んだ。


「シルヴィア、びっくりしたじゃないですか。何のことです?」

「だからその、お前も、綺麗な女性を見かけると凝視してしまうのか?」


 いつもの快活さは何処へやら、もじもじと手を弄る彼女にハルは若干のときめきを感じる。


「いや、……凝視はしませんが、ちょっと盗み見るくらいは……」

「離婚の危機だっ!」

「なぜそうなるんですっ!?」 


 シルヴィアは、むーっと頬を膨らませて、ただこちらを見てくる。

 いや、やばいでしょ。そんな可愛い顔で僕を殺す気ですかと考え、ようやく彼女の言いたい事が分かった。


「すみません。本当にシルヴィアは、分かりやすくて分かりにくい」

「むぅ、いいから、はやくしろ」


 ハルは立ち上がって、シルヴィアの手を取る。


「いいですか、シルヴィア。美しい女性をチラ見してしまうのは、ただの本能で、愛情ではありません。僕の愛情は、シルヴィアに向いています」


 シルヴィアは嬉しそうにこちらを見ながら、「そっ、そうか」と満足げに笑う。


「まだですよ?」

「えっ?」

「僕は愛してると言いました。シルヴィアは?」


 婚約者になっても初々しい彼女は「さて、剣術の訓練に」と逃走を図るが、そうはさせない。

 腕を引いて、抱きしめる。


「……ハルは、いじわるだ」

「そうですよ。僕はあなたのためなら幾らでもいじわるになれるんです」


 余裕ぶって微笑むハルの唇に、柔らかいものが触れた。

 全身の血液が、顔に上ってゆくかと思った。


「ハル、愛してる」

「……ええ、知っています」


 ふたりは照れ笑いを浮かべ、テラスを後にする。

 その手は繋がれたままだった。

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