第32話「烈戦」

「……貴様らっ、まだ生きているかっ!?」


 瓦礫から這い出した副隊長は、部下の竜騎兵たちを探す。

 数は大分減ってはいるが、まだ動ける者たちが名乗りをあげる。


「隊長は、まだ空で戦っておられるのか?」

「はいっ、隊長騎は健在です!」


 副隊長は剣をなくしている事に気付き、予備の短刀を引きぬく。これを接近戦に使うのは心もとないが、トーチとして魔法攻撃に徹すればまだいける。


「まだ終わってはいない。奴が街を蹂躙する前に、ここで食い止めるぞ!」


 既に激戦を経験して息も絶え絶えであろうが、彼らは誇り高き打撃空中騎兵の精鋭たちである。一斉に敬礼して、持ち場に向かう。


「副隊長! 瓦礫の中に学生が! 怪我をしております!」



◆◆◆◆◆



 倒壊した競技場の破片から引き上げららたハル・クオンは、意識を取り戻すなり「シルヴィア様は!?」と取り乱した様子で尋ねた。


「分からん。このありさまでは、誰が生きていて死んでいるのか……」


 ハルは、足を引きづって小太刀を手繰り寄せ、なけなしの魔力を注入する。


「……生きている。まだ戦っている」


 小太刀で魔力が増幅された残滓か、彼女を感じる事が出来た。

 何処にいるのかは分からないが、まだ彼女は闘志に燃えている。


「お願いします! パウダーをありったけ下さい!」


 相手にしてみれば、とんでもない願いである。

 ただでさえ補給が絶たれている状況で、貴重なパウダーを投げ渡せるはずがない。

 だが、小太刀の絶大な威力で、手持ちのパウダーをあっという間に使い尽くし、残りのパウダーはわずか1包。恐らく1分も持てばいい方だろう。


「良いから、君は安全なところへ……」


 騎士が促した時、超竜の光弾が至近距離に着弾した。

 瓦礫が石弾となって騎士たちを襲う。何人かが障壁魔法を展開するが、全員を庇いきれない。


「伏せて!」


 ハルが最後のパウダーを点火する。

 障壁はたちまちのうちに拡大し、光弾を遮断した。


「今のは……。それに、その剣は烏丸君の……」


 副隊長は、何事かを理解したように頷くと、ポーチの中からパウダーの薬莢を取り出す。


「君に託す。ただし、1発ずつは残してもらう。我々も君たちを・・・・支援しなければならんからな」

「恩に着ます」


 騎士たちは「副隊長!」と彼の判断を問いただすが、「彼は、”隼”に選ばれたのだ」とだけ告げ、他の者もパウダーを渡すように命じた。


「隼! 騎士団に伝わる名刀を彼が!?」

「ハヤブサ……ですか?」


 首をかしげるハルに、副隊長が「なんだ、知らずに使っていたのか」と肩をすくめる。


「この剣の使い手と共に戦った者は、隼のように空を駆け、しなやかさと力強さを得ると言われている。先ほど急に魔法の威力が増した理由もこれで納得だ」


 ハルは、握りしめた小太刀ーー隼を見つめ「補佐官、ありがとうございます」とつぶやいた。

 副隊長は、驚きで呆ける部下たちに檄を飛ばす!


「何度も言わせるな! この場は彼に任せて我々は戦闘にもどるぞ!」

「はっ!」


 隊員たちは前線に駆けてゆく。

 ハルもまた、自分の戦いに赴かねばならない。

 シルヴィアが待っているのだ。


「隼、もう一度力を貸してくれ!」

『再起動を行いますか/ Yes or No?』

「Yesだ!」


 パウダーを装填、魔力を込めて点火する。

 先ほどまで感じていた膝の痛みが、嘘のように消えてゆく。

 戦場で生死をかける者たちに、生気が戻ってゆく。


「シルヴィア様! 勝ってください!」


 ハルは、叫んだ。



◆◆◆◆◆



 ハルの言霊を感じて、シルヴィアは瓦礫を押しのけて立ち上がり、竜騎兵たちと戦う超竜を見上げた。

 こちらも決め手を欠いているが、奴もこちらの奮戦に攻めあぐねている。


 今こそ!


 シルヴィアは、最後の気力と魔力を振り絞り、パウダーを点火した。


「任せろ! ハル!」


 風の力を借りて、一直線に飛び上がる。その姿は、まさに隼。


 最初は、弟のように思っていた。

 ヤコブ達の糾弾から救い出してくれた時、ときめいてしまった自分を恥じた。シルヴィアよ、ただ自分を助け、甘やかしてくれる存在がいればそれでいいのか、と。


 だが、違ったのだ。ハルは何も押し付けない。誰にも依存しない。

 ただ、自分の思いをまっすぐにぶつけてくる。


 そんな彼が、眩しかったのだ。


 だから、彼の手を取った。

 たとえ、不実な人間だとそしられようと、全てを敵に回そうと、不幸な結末に終わろうと。


「私は! ハルとともにッ!」


 全身の魔力を込めた一撃が、超竜を貫いた。



◆◆◆◆◆



「今だ! 奴の動きを封じる! トリモチ作戦だ!」


 竜騎兵たちは、ハンドグレネードに点火して、次々投下してゆく。

 グレネードに仕組まれたのは、魔力に吸着する特殊なトリモチだ。

 このサイズの竜には試したことはなく、恐らく数分程度の効果時間しかないだろう。しかも回避が容易なので使いどころが難しいが、彼はそれが今だと判断した。


 シルヴィアの痛撃で深手を受けた超竜は、それでも光弾で迎撃を行うべく魔力をチャージするが、地上の騎士たちから次々魔法を撃ち込まれ、よろけてしまう。

 そこにトリモチが命中し、体中に真っ白な塊がへばりついた。


 超竜は、動きを奪われた。


「隊長! 屯所から狼煙のろしが上がっています! 攻撃準備が完了したようです!」

「よし! 全騎この空域を脱出!」


 騎兵たちは四方に散ってゆく。

 

 空が、光輝いた。


 凄まじい魔力のが流星の尾のような光の帯となって走り抜ける。

 光は、ようやくトリモチを引きちぎった超竜に叩きつけられた。


 超竜が咆哮する。


 それは、断末魔だった。

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