第31話「超竜」
屯所の窓から割れた空と暴れまわる超竜を目撃した烏丸は、直ちに「王都防衛用アーティファクト」の発射準備を具申した。
「ありえない! あれは王家の許可が無ければ使用できない事に……。そもそも、あれを都市に向けて撃つと言うのかね!?」
「今なら校内の競技場に着弾して、人的被害は最小限に、上手くいけばゼロに押さえられるかもしれませんし……。奴が街に入ってから使えば、巻き添えが何千人でるかわかりませんし、もしかしたら最後のチャンスかもしれませんぞぉ?」
大変な事態なのだが、烏丸の口調はちっとも大変じゃなかった。
即答を避ける副団長に、若手騎士たちがなだれ込んできて烏丸の作戦を採用するように具申する。
彼らとしては、ただよく分からないまま、唯一対策を打ち出した烏丸のアイデアに従おうと”陳情”しようとしたに過ぎないのだが、副団長はそうは受け取らなかつた。
「貴様たち! まさか反……」
「人聞きの悪いことを言ってはいけませんぞ。まあ、仲良くしようじゃありませんか」
もともとコバンザメのあだ名を持つ副団長は決断などしたくない。
かといって騎士団主力が飛び立った今、自分を守るものはない。
青くなってた彼は、早々に烏丸に指揮権を譲渡した。
「直ちに発射準備を。30分で急速チャージしてくれたまえ」
『そ、そんなことしたら、回路がショートして修理に何年かかるか……』
「きみぃ、人命がかかっとるんだぞ? 壊れたら新しいのを買ってやるから、我慢しなさい」
まるでおもちゃを壊した孫を諭すように烏丸が言う。
祖国と人命と自身の進退がかかっているのだが、とことん緊張感とは無縁な男だった。
王都近郊のマリア山、そこには王立の天文観測所が置かれているが、その地下には王都の最終防衛システム「銀鮫1号」が格納されている。
本来は、飛来する伝説級の竜やモンスターを撃墜するためのアーティファクトで、使用には屠龍王国の消費する1年分ものパウダーを丸ごと使い切る必要がある。
効果範囲が狭く、あまりに燃費が悪いので戦争には使えないが、竜殺しにはもってこいのシステムである。
発射基地との間に緊急連絡用の非常回線が、現在魔力をチャージ中と告げてくる。これもパウダーの消費が激しいため、平時での使用はご法度だ。
「王城に連絡は?」
「許可を取っている暇はないでしょ。責任は吾輩が取るから、適当に胡麻化しといて」
ハルが想い人の為に命を懸けたのだ。
自分も妻や初孫の為に首くらい懸けなければ嘘だろう。
歴戦の騎士は、通信機を握りしめて初めて不敵な笑いを浮かべた。
◆◆◆◆◆
戦場に到着した時、超竜を取り囲んでいた竜騎兵たちは、市街地に向かう飛翔体の撃墜に忙殺され、本体への攻撃すらおぼつかない状況だった。
脱出して降下した竜騎兵と、合流した地上部隊が魔法攻撃を加えるが、こちらも堅固な外殻を貫通できていない。
アレクら身体強化系の猛者たちは、身軽さを生かして吶喊し、魔法で強化した剣で関節部を狙っている。ダメージは微々たるものだが、これが一番効果をあげていると言えた。
こう言った大物を仕留めるには、魔導砲や魔力発射式の銛といった大物が有効だが、移動中に飛翔体に吹き飛ばされてしまった。
「シルヴィア様! 行きましょう!」
「ああ! ……大丈夫なんだな?」
シルヴィアが心配そうに尋ねるが、ハルは無言で首肯する。
今感じているこの情熱が、パトシンによる興奮でしかないとしたら、自分はヤコブのように魔力をすい尽くされて死ぬ。フィークシンが分泌されれば、魔力変換率が100%を超えて、皆を助けることができる。かも知れない。
(……いや、関係ないですね。そんなもの)
この思いを脳内物質がどうだのと説明するのはあとでやればいい。
今は、ずっと感じてきた彼女への慕情と、結んできた絆を信じ、身を任せよう。
それでもし駄目だったら、シルヴィアに全ての魔力を渡して、ガハハと笑ってミイラになってやる。
(僕は、僕の選択を他人のせいにしたりしない)
震える手でポーチに伸ばす手をシルヴィアが握って、何か手渡した。
「お前が決闘の為に調合してくれたパウダーだ。共に戦うなら、これだろう?」
ウィンクする彼女もまた緊張の色が見える。
ハルは彼女の手をぎゅっと握りしめ、小太刀を抜く。
惚れ惚れするような、美しい刀身だった。何か銘のようなものが一文字だけ掘られているが、残念ながらハルには読むことが出来ない。
慎重に柄を開いて、パウダーを装填する。
『魔力増幅フィールドを展開します/ Yes or No?』
「Yesだ! 対象はこの場にいるすべての人間!」
『コマンドを受け付けました。フィールドを発動致します』
小太刀から淡い光が広がってゆく。
一瞬ヤコブの最期が脳裏に浮かぶが、シルヴィアが手を重ねてくれた。
『フィールド展開が完了しました』
次の瞬間、超竜から爆音と悲鳴が響き渡った。
今まで通じなかった騎士団の攻撃魔法が、超竜の装甲を貫き始めたのだ。
まだ致命傷には至っていないが、市街地に進撃しようとしていた足が止まる。
「じゃあ、行ってくる」
「ご武運を」
それだけ言葉を交わし、ハルは魔法の制御に集中する。気を抜けばすべてを持って行かれそうだ。
取り乱して悲鳴をあげそうになる度、彼女の顔を思いだす。
シルヴィアは最大出力で身体強化魔法を発動すると、大地を蹴った。
彼女の身体は、一本の矢のように超竜めがけて空を駆ける。飛翔体が迎撃に撃ち込まれるが、彼女はそれを風魔法で吹き飛ばし、剣で切り裂いた。
超竜の巨体とすれ違いざま、首を狙ってブロードソードを薙ぎ払う。
巨大な風のギロチンが超竜の首を襲うが、体をひねって回避される。
だが、ギロチンが纏う風の奔流は、超竜の左目を捕えた。
超竜の悲鳴と、騎士たちの歓声が同時に響き渡った。
潰れた目から紫色の血を流しながら、超竜が咆哮する。
「俺たちも続くぞ!」
アレクを先頭に、斬り込み隊が超竜の足を切り裂いてゆく。
彼らは既に血まみれだが、それは自らの血ではなく、敵の血だった。
撃ちだす鱗ももう残り少ない。
行けるかも知れない。誰もが思った。
その時、鱗を失った超竜の外皮が剥がれ落ちた。
中から見えたのは、無数の砲口。そしてそれは魔力で充填され赤く発行していた。
「皆! 物陰に隠れろ!」
副隊長の命令と同時に、周囲一帯に無数の光弾が吐き出された。
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