第26話「事後処理」

「捕まえた賊は何と言っている!?」


 恐ろしい剣幕で問い詰めるシルヴィアに、騎士は目線を逸らしながら、尋問の結果を報告した。

 芝居からの帰り道、ハルが襲撃されたと聞いて真っ青になって屯所に駆け込んできたのだ。


「それが、全員酷く興奮しておりまして、『毒婦』だの『正当な血』だのとよく分からない事をわめいております」

「……身元は分かったのかね?」


 暢気にお茶を入れながら冷静に質問する烏丸に、騎士は青くなって黙り込んだ。


「良いから話せ!」


 詰め寄るシルヴィアに、「まぁまぁ」とお茶を差しだす。


「別に彼がハルを襲ったんじゃないんだから。少し落ち着こうじゃないか」


 シルヴィアは湯呑に口を付けると、少しクールダウンした口調で「分かっている。済まなかった」と頭を下げた。

 騎士は、それに安心したのか、烏丸に耳打ちする。


「なるほどね。下手人はリーチ殿らしい」


 その名前を聞いて、怒るよりも納得してしまった。

 確かに彼ならやりかねないし、おそらく背後にいるヤコブも、彼が勝手にやったと切り捨てる事はたやすいだろう。


「困ったことをしてくれた。出張中の団長になんと報告したら良いものか」


 全然困って無さそうに烏丸が言う。

 まあ、彼ならそっちの方は上手くやるだろう。

 それにしても、連中がここまでやるとは思わなかった。


 (私を狙うならまだしも、周囲を標的にするなら、こちらも容赦しない)


 沸々と湧き上がってくる憤りを腹の底で押し込んで、シルヴィアは「あること」を決意する。

 もう、皆にだけ頼っているわけにはいかない。


「お嬢さん、ここは任せて医務室のハルを見てやったらどうかね?」


 シルヴィアは少しだけ迷ったが、「頼みます」と言い残して踵を返す。

 しかし、あっちはあって面倒な事になっていた。



◆◆◆◆◆




「ハル君! いい加減にしなさーい!」

「いいえエマさん! これはチャンスなんです!」


 医務室では、何故かハルとエマがお言い合いをしており、部屋の隅ではアレクが「私は護衛対象を守れなかった愚か者です」と書かれた看板を首にかけて正座していた。彼のことだから、きっと自分でやったのだろう。


「ちょっとシルヴィ聞いてよ! ハル君ったら、傷を魔法治療で治さないで縫ってくれって言うの」


 シルヴィアは怪訝そうに眉にしわを寄せる。

 別に傷を縫うのは庶民の間で珍しい事ではない。ただ、魔法治療が可能な状況でわざわざ時間がかかり痕が残る方法をとるのは聞いたことがないが。


「まあ、聞いて下さい。僕が包帯を付けて校内を回るんです。その包帯はどうしたと聞かれるたびに傷を見せて、誰かに襲撃されたと説明します。そうすれば皆ヤコブが犯人だと勝手に想像して……」


 饒舌に作戦を語るハルだったが、底冷えするシルヴィアの視線に気づいて黙り込む。


「ハル、そんな事をして私が喜ぶと思うか? 明後日は私が勝つ。それだけだ」

「ですが!」


 ハルは再び抗弁しかけたが、かつてないほどの威圧を受けて、中止する。


「ハル、もしその作戦に固執するなら、私は暫く口をきいてやらん」

「!!」


 効果はてきめんだった。

 ハルは恥も外聞もかなぐり捨てて平伏した。


「すみません許してください! 何でもしますから!」

「何でもすると言ったな? では直ちに魔法治療を受けるように」

「はいっ! 直ちに!」


 こうしてハル会心の策はご破算になった。



◆◆◆◆◆



 医者を呼びに行ったシルヴィアを見送って、アレクが尋ねる。


「なあ、あの2人って、あんな感じだったっけ? 雰囲気が完全に男と女って言うか、カカア天下って言うか」

「いい傾向じゃない」


 エマはにやにやとハルを見つめながら「私はハル君を応援するよ」と宣言した。


「応援って、シルヴィア様には殿下が……」


 戸惑うハルに、エマは断固言い切った。


「この際言っておくけど、私はあの王子にはいい印象持ってなかったから。みんなあの人を優しいって言うけど、私はそうは思わない。あの人はただの弱い人。それでも今までシルヴィを応援してたのは、あの子が幸せそうにしてたから。でも、あの人はシルヴィを泣かせた。だからもう応援はしないよ」


 ハルは何も返せなかった。

 自分がマリウスを過大評価している理由は、自分で既に気づいていて、見ないようにしていた。

 身分差があるから。彼女がマリウスを愛しているから。

 そう言って自分を納得させるには、マリウスが優れた人間と言うこと・・・・・にしなければならなった。そうすればあきらめがつくから。これ以上苦しまなくて済むから。

 言わば、体の良い逃げだ。

 誰かを理想化して本質を見失うと言う点で、ヤコブと自分はよく似ている。


「気づいたようだねー。でも、あっちこっちにフラフラしてるあの人より、シルヴィを第一に考えてなりふり構わないハル君の方がよっぽどあの子に相応しいと思うし、多分シルヴィもそれに気づき始めてる。さて、どうするの? ハル君?」

「僕は……」


 もし、マリウスがどんなにダメ男でも、それを彼女が全部飲み込んで、彼と共に生きたいと言うなら、ハルには泣いてすがるくらいしかできないだろう。

 でも、シルヴィアがその事に気付いていて、葛藤しているなら、手を差し伸べたい。

 いや、そんな理屈すらどうでもいい。


 彼女が、欲しい。


「シルヴィア様に、自分の気持ちを打ち明けます。8年間の絆にどれだけ抗えるか分かりませんけど、このまま自分を殺すよりマシです」

「良く言った! それでこそ私の見込んだハル君だ!」


 きゃーと黄色い声を上げて1人盛り上がるエマに、「で、身分差はどうやって解決するんだ?」とアレクが問う。

 「身分差があるから無理」ではなく「解決する方法はどうするんだ」と問いかけるのが彼らしい。


「大丈夫です。研究を完成させて、陛下にしかるべき地位を頂きます」

「研究? 何のことだ?」

「アレク君には今度話してあげる。ね、ハル君有望株でしょ?」


 何故か自慢げなエマに、アレクはふてくされた様子で、「だけど、お前の婚約者はこいつじゃない」と視線を逸らした。


「かわいー! 大丈夫! アレク君のツンデレ可愛さはハル君でも敵わないから!」

「おい、くっつくな!」


 バカップルがいちゃつく姿を眺めながら、ハルは思いをいつ告げるべきかと考えていた。

 早い方が良い、というか我慢はしたくないが、今は決闘の邪魔をしたくない。

 さてどうするかと思案していると、騎士団付の医者が入室してきた。


「やあ、遅くなったね。じゃあ、魔法治療で良いんだよね?」

「はい。あの、シルヴィア様は?」

「後は任せたと言って飛び出して言ったけど?」

「えっ?」


 不穏な空気を感じて、思わず椅子から立ち上がりかけ、傷の痛みで我に返った。

 アレクが「念のため探してくる」と席を立つ。


 混乱の夜は、まだ明ける様子がない。

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