第25話「襲撃」

 決闘の前々日。


 ハルは護衛を伴って、最後の根回しを行っていた。

 シルヴィアがマニーに嫉妬してヒステリーを起こしたと言う誤解を解くべく「説明」して回るのである。

 別に味方になれとか、ヤコブ達に近づくななどとは一切言わない。ただ、名誉を傷つけられたパトローネスを、哀れな貧乏男爵が嫌ってくれるなと懇願しているだけだ。

 もっとも、ハルの見解を証拠つきで語った結果、相手がヤコブらに対してどの様な印象を持つかは知った事ではないが。


 学内の根回しはほぼ終えて、今日は王都で実家暮らしをしている下級貴族の学生たちに会って回った。

 ハルの事を胡散臭そうに見てくる者もいたが、ヤコブらの専横に腹を立てる者もいた。


 聞けばヤコブはこの手の工作は一切行っていないらしい。

 それなら都合が良いので、ギリギリまで味方作りに奔走させて頂く。

 

「お前、本当に良くやるな」


 護衛のアレク・ギネスが呆れたように言った。

 長身の彼が佩くのは小型のショートソードだ。

 それを以って彼を馬鹿にする者もいるが、彼の剣技を前にすればすぐに沈黙する事になる。


「エマの奴が守れって言うから守るけどよ。弱っちいのにケンカなんかすんなよな」


 一見馬鹿にするような発言だが、表情は愉快そうだ。

 婚約者のエマ曰く、ハルが王子の側近にケンカを売ったのが痛快でたまらないらしい。


「ほら、こっから公園通るぞ。暗いから転ぶなよ。ったくしゃーねーな」


 そう言って先導する様に前を歩く。

 一匹狼で口は悪い癖に世話好き。それがエマの婚約者だ。


「ありがとうございます。大丈夫です」

「ハッ、お前は剣術の時間以外もちゃんと鍛錬しろ。舌戦だけできても足元をすくわれんぞ」

「はい。ご忠告には従いますが、やはり何かあった時はアレクさんみたいな強い人に守ってもらいますよ」


 にっこりと笑いかけるハルに、アレクは「ふん」と鼻を鳴らした。

 だが、目が怒っていないから嬉しいのがモロばれである。


「ちょっと待て!」


 ハルを立ち止まらせて視線を向けた先には、ひとりの学生がうずくまって荒い呼吸で肩を上下させていた。


「おい、どうした?」


 駆け寄るアレクに「く、薬……胸ポケットに……」と消え入りそうな声で言う。


「何かの発作か!? 待ってろ、今……」


 屈んだアレクの胸元で、パウダーの発火音がして、何かがスパークした。

 アレクが胸を押さえて倒れ込む。


(電撃魔法!)


 苦しんでいた筈の学生は、気絶したアレクのショートソードを鞘から抜いて、放り投げた。

 ハルは、周囲から聞こえてくる足音を聞き取って、直ぐに駆け出した。

 アレクのことは気になるが、多分敵の目的は自分だ。ならば、少しでも離れた方が彼の安全も確保できる。

 だが、小柄なハルでは相手は撒けないだろう。そう判断して、公園の時計台を背にして襲撃者に対峙した。


「……おとなしく来てもらおう」


 賊は6人、学生服の1人を別にすれば、全員が皮鎧と覆面をしている。


(来てもらう? 殺す気は無いのか! ならまだ抵抗の余地はある!)


 素早く判断すると、「お断りすると、ヤコブさんにお伝えください」と挑発する。

 こんなもので時間が稼げるわけもないとは思ったが、案の定彼らの頭目は黙殺し、「回復用のパウダーがもったいないが、少し痛めつけてやれ」と部下に命じる。


 1人がロングソードを握りしめ、パウダーを装填しながらこちらにやってくる。

 一斉にかかってこないのはこちらを包囲して逃がさないためだろうが、付け入る隙はそこにある。

 ロングソードが振り下ろされる瞬間、ハルは上体を逸らす。

 剣は左腕をかすめて、鈍い痛みが走り、鮮血が飛び散る。

 だが攻撃はそこまでだった。恐らく剣の硬度を増す魔法がかけられていたのだろうが、それが仇になった。

 剣はハルが背にしている石柱に食い込み、動かなくなる。


 剣を引き抜こうとしてハルから注意を逸らしてしまったしまった賊は、次の瞬間ハルの右ストレートを顎に受け、めまいを起こして膝をつく。

 その顔面を、ハルは容赦なく蹴り飛ばした。


「さあ! 次はどいつだ!」


 石柱に刺さったロングソードを引き抜き、正眼に構える。左腕がじんじんと痛むが、まだ動かすことはできる。

 確かにハルに剣術の才能は無いが、ルールのない戦いであれば、相手の油断を突くことくらいはやってみせる。

 自分を捕えようとしているとしたら、またシルヴィアを陥れるために良からぬことを考えているのだろう。ならばここで諦める選択肢はない。


「てめぇ、調子に乗るなよ蛮族ハルバール

「さあ、威勢の良いのは口だけですか? 来ないならこちらから行っても良いんですよ?」


 まだ柄に残っているパウダーに再点火し、増幅の魔法で、元からエンチャントされている硬質化の魔法を強化する。

 とは言え、ハルの魔法は器用貧乏どころか全てが低空飛行だ。辛うじて魔法を強化する増幅魔法が多少は使えるが、多分、相手はそれ以上の魔法か剣技を持っているだろう。

 チャンスは一瞬だけ。


「てめぇら! そのまま囲んでおけ! おいお前、電撃魔法を撃ち込んで拘束しろ!」


 頭目が出した指示は的確。つまりハルにとって一番やって欲しくない手だった。

 残された手はひとつ、攻撃の瞬間の隙をついて突撃し、囲いを突破する。

 後ろから狙われる可能性大だが、他の手は思いつかなかった。


 その時、ポーチからパウダーを取り出した学生服の後頭部が、むんずと掴まれた。


「おい、よくもやりやがったな!?」

「お前、さっき電撃を……!」

「生憎こっちはそう言う修行もしてるんでな! あばよ!」


 アレク・ギネスは相手の頭を引きずり倒し、膝に叩きつけた。

 白目を剥いて倒れる学生服を見下ろして、「あと4人か。軽いな」と吐き捨てた。


「……貴様!」


 頭目が吠えるが、ハルもその動揺を見逃さなかった。

 ポーチから取り出したパウダーの薬莢を破いて放り投げ、火の魔法を撃ち込む。

 パウダーが引火し、火花が飛び散る。

 ちょっとした花火程度にしかならないが、目くらましの効果はあった。

 火花をもろに見てしまい、目元を押さえた1人に狙いをすまし、ロングソードを振り下ろした。

 加減したので鎖骨で止まったが、相手は悲鳴を上げてひっくり返る。


「やるな!」


 ハルを称賛するアレクは、素早いフットワークでショートソードを振るい、たちまちのうちに賊を制圧してゆく。

 ハルも剣術をかじっているからわかる。ショートソードは決してビギナーの練習用の武器ではない。短いレンジで戦えば無類の強さを発揮するのだ。


「おのれっ!」


 頭目が背を向けて逃げる。

 だが、それは悪手だった。

 アレクは足元の石を拾い上げると、軽く投擲する。

 頭に石を食らった頭目は、そのまま夢の世界に旅立った。

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