第23話「やりすぎて、怒られる」
「馬鹿者!」
目が覚めた時、激高したシルヴィアに身を固くしたが、彼女の目元が腫れている事に気が付いた。
そして、自分がやり過ぎたことを自覚した。
「申し訳ありません」
酷い自己嫌悪だった。
彼女の力になりたくて、逆に心配させてしまった。
自分は、クリエンテス失格だ。
「お前は何故そこまでするんだ。自分のクリエンテスが無理をして体を壊して、私が喜ぶと思うか?」
「言葉もありません」
シルヴィアがここまで自分に言葉を荒げるのは初めてのことかも知れない。
情の深い彼女の事、ただでさえ王子の件で落ち込んでいるのに、自分まで負担になってしまってどうするのだ。
ふうっと息をついて、シルヴィアが語りかける。
「聞かせてくれ。何故そこまで自分を痛めつけるのだ? パトローネスとして、力になりたい」
こんな時でも、彼女は自分を心配して、気遣ってくれる。
それが情けなくて、それ以上に嬉しくて、蓋をしてきた思いが漏れ出していく。
「……ったんです」
「なんだって?」
「楽しかったんです。シルヴィア様のためにあちこち走り回るのが。シルヴィア様が喜ぶ顔を想像して、ありがとうって言ってくれるのが楽しみで。そうしたら眠る気なんてなくなってしまって。気が付いたら……」
シルヴィアの目が見開かれる。ハルの言葉が何を意味するのかを気付いた、気付いてしまったようだ。
息を飲んでハルを見つめ、視線を反らした。
「私は……殿下の婚約者だ」
微かに抱いていた自分勝手な希望が絶たれ、ハルはむしろ安心していた。
マリウスとの絆に、自分が割って入るべきではない。彼女の心をかき乱すべきではない。
だから、何と返すかは決まっている。
「存じております。どうか忘れて下さい」
気まずい時間が流れた。
シルヴィアと一緒にいて、逃げ出したいと思ったのは初めてかも知れない。
「もし、僕が殿下との関係の邪魔になると言うなら、どうかクリエンテスを解消して下さい」
シルヴィア表情が更なる驚きに染まる。
しかし、ハルの願いははっきりと否定された。
「その必要は無い。お前の気持ちは受け取れないが、お前が私にしてくれたことは、とても嬉しかった。お前は私の自慢のクリエンテス……いや、自慢の家族だよ」
シルヴィアはハルの頭をそっと撫でて、「いいか? 朝までベッドから出る事は許さん。とにかく寝ろ」と命じ、部屋を出てゆく。
残されたハルは、大きくなりすぎて処理しきれない気持ちを、毛布をかぶって忘れようとした。
そして、ゆっくり睡魔に包まれていった。
◆◆◆◆◆
「あ、シルヴィ! ハル君どうだった?」
ハルを運び込んだスーリーヤ商会を辞そうとしたとき、仕事帰りのエマに捕まった。
まさか自分が男子寮に運び込むわけにはいかず、それならば個室で休ませたいと思ったのが仇になった。
平静を装わなければと表情を仏頂面にして、エマに向き直った。
「別に、何もなかったぞ?」
「何もなかった? 何がなかったの?」
しまった!
ポーカーフェイスはたちまちのうちに崩れた。
だが、パトローネスとして、ハルの事情をペラペラと話すわけにはいかない。例えエマであろうとも。
「ふーん。まあ詮索はしないけど、こんな嬉しそうなシルヴィは久しぶりかもねー」
嬉しそう? 自分が?
「私は、嬉しそうなのか?」
「そうだねー。あの馬鹿王子と会ってる時とも違う感じ。昔飼ってたウサギのロニーとアルが子供を産んだ時がこんなだったかな」
無邪気な笑顔を向けてくるエマに、シルヴィアの動揺はどんどん大きくなる。
「わ、私は冷静だ! 動揺などしていない!」
「それ、動揺してる人が言う台詞だから。本当にどうしちゃったの?」
まずい。まずい。
言葉を紡ぐほどぼろが出る。
ぼろ? いったい何がぼろだと言うのだ、自分にやましいことは一切ない筈だ。
だったら、何で……。
「私はもう寝る! 寝室を借りるぞっ!」
「え? 泊っていくの? 良く分からないけど、おやすみなさい」
その後、彼女は駆け足で客室に飛び込んだが、特訓の疲れで寝付くまで、ずっともやもやした思いを反芻していた。
◆◆◆◆◆
翌日、今までシルヴィアの斬撃をかわしていた烏丸補佐官が、初めて刀で攻撃を受けた。
シルヴィアはそのままブロードソ―ドに力を込めると、身体強化と風の魔法を同時発動、背後から風の支援を受けて烏丸を押しまくる。
たまらず後方に跳んで仕切り直そうとする烏丸だが、シルヴィアは逃がすまいと追いすがる。
バスン!
烏丸の刀がが炸裂音をかき鳴らす。
魔法が来る!
だが、シルヴィアは後退より追撃を選択した。
魔法の発動前に叩き斬る!
シルヴィアの剣が烏丸を捉える。だが、彼の姿は掻き消え、剣は宙を斬った。
(幻影魔法か!)
眼前の幻影から、周囲に注意を移すと、既にシルヴィアは囲まれていた。
おそらく、この中の一体が本物。ならば!
彼女は剣を上段に構え、タイミングをうかがう。
にらみ合いになれば、幻影を展開し続ける向こうの方が不利。パウダーの魔力が切れる前に仕掛けてくる筈だ。
攻撃は一気呵成だった。
タイミングを少しずつずらして、死角を突くように次々斬撃を加えてくる。
この幻影は、気配まで伴っている。殺気で本物を判別する事は不可能。
だったら、まとめて吹き飛ばすまで!
シルヴィアは最大出力で周囲に風をまき散らした。
幻影たちが掻き消える。
(本物は!?)
背後に強烈な殺気を感じ、振り返りざま剣を横に薙ぐ。
防御に転じて受け止めた補佐官は、にやりとわらって「合格」と声をかけた。
「いやあ、見違えたねぇ。昨日までのお嬢さんは、軽快な攻撃にこだわるあまり、スタイルが偏っていた。膂力を生かした力攻めも、立派な武器だからねぇ。魔法の威力も昨日とは段違い。いやぁ、何があったんだろうねぇ」
総評は、にやにや笑いとともに詮索に変わっていた。
無関心を装って、「何もありませんが?」と回答するが、笑みを強める彼を見て、失敗したと悟る。
アクシデントはその時起きた。
「すみません! 寝坊しました!」
駆け込んできたハルを見て、シルヴィアが「ひゃあっ!」っと悲鳴を上げたのだ。
「シルヴィア様?」
ありえないものを見た、と言った体で、ハルが心配そうに声をかけてくる。
烏丸の爆笑が、練習室に響き渡った。
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