第22話「ハル、やりすぎる」

「どうかお願いします! 見つけて頂けたら、相場の2倍、いえ4倍押しお支払いします!」


 頭を下げるハルに、流石の商人も困った様に頭を掻いた。


「あれは確かに向こうじゃ旬だけど、採れたものがこっちに輸送されてくるまでまだもうちょっとかかるぜ? 着いたとしても、人気で飛ぶように売れるからなぁ」

「去年のもので良いんです! 既に購入して、塩漬けにされてるものがあるはずです。言い値で買いますから探していただけますか?」


 「言い値」と聞いて心が動いた商人は、脳内で可能性がありそうな顧客をリストアップし始める。

 東の果ての九頭竜皇国。そこで採れる固有種の蜂蜜は、王国でも絶品ともてはやされている。が、遠方から輸送するので、初夏に採れた蜂蜜が市場に並ぶのはもう少し先だ。

 言い値で払う気があるなら、あと2ヵ月も待てば今年のものが入荷するのだが、酔狂な客が居たもんだと呆れる。


「しかし、何でそこまでして欲しいんだい? 蜂蜜ならダルタニア産の香りのいい奴があるぞ?」

「いえ、恩人があの香りが好きだとおっしゃっていて……」


 必死に訴える青髪の少年に、商人は全てを察した。


「若いねぇ。俺もカカァを口説いた時にはプレゼントを探し回ったさ。オーケー、あんたの大切な人のために協力してやるよ」


 ハルは、商人の台詞を今一つ理解しかねたようだが、とにかく探してもらえるとの返答に、「ありがとうございます!」と頭を下げた。



◆◆◆◆◆



「流行りの芝居で、明るい話で、王子様が出てこない? 最初のふたつは分かるが、最後は何なんだ?」

「……色々あるんです」


 王都一番の敏腕ガイドは怪訝そうな顔をするが、ガイド料を奮発したおかげか、書類入れから演劇のチラシを引っ張り出して、ペラペラとめくり始める。

 観劇中のシルヴィアがマリウスを思い出して落ち込まないようにと言う配慮だったが、そんなもの説明しようがない。


「他に条件はあるか?」

「そうですね。恋愛物より活劇が良いですね」

「それならちょうど良いのがあるぞ? 『Blue Blood』って芝居で、平民出身の義勇兵たちがお姫様を救い出すためにチャンバラをする話だ」

「いいですね! チケットは取れますか?」

「かなり人気だが、2名ならいけるぞ?」


 それならエマと行って貰えば良いと、早速予約をお願いする。

 シルヴィアに渡す為にパンフレットを受け取り、内容を確認しようと視線を落とし、顔をひきつらせた。


 主人公の義勇兵は、貴族の令嬢を好きになってしまい、エリート騎士と彼女をめぐって恋のさや当てをするらしい。

 微妙に自分の境遇と似ているようで、これをシルヴィアに見せてよいものか少しだけ不安になる。


(いや、こんな話芝居じゃありふれてるよな。僕の自意識過剰だ)


 ぶんぶんと首を振るハルを、ガイドは面白そうに見つめてきた。


「じゃあ、明後日の夕方に押さえておくから」

「はい、お願いします。そうだ、ついでと言っては何ですが、どなたか山に詳しいかた、知りません?」


 芝居の次は山である。

 やっぱり変な顔をされたが、こちらはシルヴィアのために切実なのだ。


「わかった。知り合いの木こりに聞いてみる」



◆◆◆◆◆



 2時間後、ハルは山の中で鍬を振るっていた。


「兄ちゃん、ペース速すぎだ。ぶっ倒れるぞ?」

「大丈夫です! もう少しです!」


 ハルが掘っているのは、「タウゼントタロ」と言う巨大な芋である。

 大陸のタウゼント連邦で栽培されている芋なのだが、屠龍王国でも輸入して栽培を試みたところ、掘り出すのに大変な労力がかかると分かり、早々にすたれてしまった。

 その際、一部が野生化して山地に自生している事がある。何故畑の芋が山地で野生化したのかは謎だが、自生している芋は恐ろしく希少だが、何故か栽培した物より味も香りも良いのである。

 貴族の間で珍重されるが、彼らでさえいつでも食せるわけではない。

 それでも、シルヴィアが「あれは旨いぞ」と言っていたのを思い出し、ハルは山に入った。


「ようし、鍬はここまでだ。後は折れないように手で掘るんだ」

「ハイ!」


 ハルは穴の中に首を突っ込み、がりがりと地面を掘ってゆく。

 今日で2徹だったろうか? あちこち動き回ったりプランを練ったりで、本当はすぐにベッドに飛び込みたい。だが、やると決めたことはやるのだ。

 彼は、剣術の練習でオーバーワークを起こした時と、同じ轍を爆走していた。


 掘り進める手の中で、芋の感触が途切れる。

 ハルは慎重に芋を持ち上げて、木こりに掲げて見せた。


「ああ、立派なタウゼントタロだ。兄ちゃん、良くやったな!」

「はい! ありがとうございました!」

「しかし、恋人のためにここまでするたぁ近頃の若いもんも捨てたもんじゃないな」

「いえ、別に恋人とかでは……」

「何? じゃあ今口説いてる最中か。大丈夫だ、相手の女は自分の為にここまでされたらころっと行っちまうべ」


 話がどんどん変な方向に進む。

 余計な誤解を与えまいと、何とか説明を試みる。


「いえ、その方にはもう婚約者がいて、僕はそう言うんじゃないです」

「略奪だべか! そいつは情熱的だのぉ!」

「ちっ、違いますっ!」


 反射的に否定してみせたが、本当に違うのか?

 自分は何か期待しているんじゃないのか?

 もしそうだったら、最低じゃないか!


 ふと自分の負の感情を自覚した時、張り詰めていた糸がぷつんと切れた。


 視界が、暗転した。

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