第19話「自分にできること」

 結局、シルヴィアは決闘を行う意思を崩さなかった。

 ハルは止めようとしたが、剣術の練習に打ち込む彼女を見て何も言えなくなった。

 自分だって、シルヴィアのために首をかけたのだ。あの時の自分を思うと、ここで彼女の覚悟を否定するのは良いことと思えなかったからだ。

 ヤコブ達の思惑は大体想像がつく。スランプのシルヴィアを王子が倒し、その場で彼女を「許す」ことで、周囲の印象をプラスに変え、公爵家にも恩が売れる。ついでにシルヴィアの発言力も削げて万々歳。と言ったところだろう。

 自負の強い彼女は、そんな扱いを受ければどれだけ傷つくか知れない。

 ヤコブ達に情けを与えられる自身のプライドもそうだが、そのような茶番で王子の人間性を貶めたくない。そう思っているのだろう。


 公爵家からの返信は「お前の好きにしなさい」の一言だけ。

 陰で何か動いているのかもしれないが、一時的であっても勘当を申し出た娘に酷い言い草だと思う。

 シルヴィアは「さすが父上だ」と誇らしげだったが。


 だが、練習室で剣を振るう彼女の顔は冴えない。

 いつものスランプが更に大きくなって彼女の背中にのしかかっている。そんな動きだった。

 何度かエマが練習を中止させ、無理やり休息を取らせたが、その姿から焦りが伝わってくる。


「ハル君! ここはハル君が何とかすべき!」


 エマに背中を叩かれ、ハルは「はいっ!」と気を付けをした。

 そうだ。呆けている場合じゃない。


「そうですね。元々は僕が大きくした問題ですし……」

「そういう事を言ってるんじゃありませーん」

「えっ?」

「後は自分で考えてね。さあ、シルヴィは私が見てるから、ハル君はハル君にしかできない事をやってちょうだい」


 そうだな。

 エマの言うことはよく分からなったが、今自分がしなければならないことが見えた。


「ありがとうございます」


 走り出す背中越しに、「おー、頑張れ若人よ」と言うエマの声が聞こえた。



◆◆◆◆◆



「はっはっは! そういう事なら全て吾輩に任せておけば万事解決!」


 成金趣味全開の拵えでぴかぴかと光る九頭竜刀をかちゃかちゃ鳴らしながら、烏丸惣吉補佐官はピースサインをした。

 今日も整髪料のテカリ具合は絶好調だ。


「ハル君、確かに何かしろとは言ったけど、これはちょっと……」


 エマはテンション駄々下がりだったが、シルヴィアは「感謝します!」と一礼した。


「うん、ハルの頼みだからね。苦しゅうない苦しゅうない」


 ふんぞり返る補佐官に苦笑しつつ、ハルも「大丈夫です」と胸を張った。


「烏丸補佐官の東方流剣術は現役時代、騎士団で勝てる者はいなかったそうです。残念ながら幼少時の事故のせいで飛竜に乗れず、竜騎士として出世はできなかったそうですが」

「……マジ?」

「ええ、僕もシルヴィア様から最初に聞いた時は驚きましたが」


 烏丸はもう一度「えっへん」と咳ばらいをし、「じゃ、始めようか」と腰の剣に手をかける。

 表情から薄笑いが消え、部屋の温度が下がった気がした。



◆◆◆◆◆



 シルヴィアは息を吸って心を落ち着けると、腰のポーチから紙の薬莢で包まれた特製のパウダーを取り出す。

 ハルが調合したものだが、ドラゴンの骨を素材に使った特別製である。

 剣の柄に取り付けられた火皿を引き出し、薬莢を押し込んで薬室に装填する。

 これが、人類がパウダーから魔力を得るために作りだした魔道具、「トーチ」である。

 剣や槍などの武器や、松明トーチや農具のような道具にパウダーを装填、発火させる機構を組み込むことで、人間はパウダーから魔力をを取り出すことが出来る。

 残念ながら、原理は不明であるが。


 バスン! と小さな炸裂音がして、シルヴィアの武器と体に魔力が溢れてゆく。

 彼女の適性は身体強化と風魔法。この組み合わせが学内で彼女の実力を不動のものにした。

 シルヴィアに地をつけることが出来るのは、マリウスの光魔法くらいのものだろう。


 だが、そんな彼女に、烏丸はトーチにパウダーを装填せず、ただ刀を正眼に構えた。


「来なさい」


 このプレッシャーを浴びせているのが烏丸惣吉だとは、いつもの彼を知る人間が見ても信じないだろう。

 だが、シルヴィアとて矜持がある。


(ならば、圧倒して実力を引き出させる!)


 先手必勝!

 シルヴィアは突風を起こさせると、それを背中で受けて猛スピードで突進した。

 だが、特攻ではない。横合いの風を発生させて烏丸の利き腕方向に回り込み、トリッキーな動きで刺突を繰り出した。

 トーチには、非殺傷の魔法もエンチャントしてある。これで傷を受ける事は無いが、命中すればかなり痛い。

 剣が烏丸を捕らえたと思った刹那、彼は「そこ」にはいなかった。

 魔法ではない。これは”技術”だ。

 体捌きで刺突をぎりぎりで回避し、すれ違いざまに彼女のブロードソードに刀を叩きつけて跳ね飛ばした。


 完敗である。


「動きにムラがある。魔力変換率もいつもより低い。総じてメンタルの乱れが剣に出ておる」


 図星だった。

 マリウスとギクシャクし始めた時から、魔力変換率が極端に落ち始めた。

 剣と魔法の連携も、以前ほど上手くいっていない。

 それは、自分の甘さだった。


「これは吾輩じゃなくて、ハルの領分ではないかね?」


 刀を鞘に収めながら烏丸が言う。


「え? 僕ですか?」

「だって、『振られたら魔法が弱くなる』って君の研究テーマでしょ?」

「いえ、別にシルヴィア様が振られたわけでは……でもそうですね。確かに僕の領分です」


 ハルは少しだけ考え込み、「もしかしたら」と前置きして、研究の核心を語り始めた。


「これはまだ仮説で。確信はありません。でも、もしそれが正解なら、シルヴィア様のお役に立てるかも知れません」


 シルヴィアたちは顔を見合わせ、「話してくれ」と促した。


「はい、これからお話しするのは、『フィークシン仮説』と言うもので、人間と魔法の根幹に関わる理論です」

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