第15話「ハルと言う忠犬」

 シルヴィア・バスカヴィルは思う。ハル・クオンは面白い奴だ。


 本人が言うには、夕食会の会場で助けた事があるそうだが、言われた時にはおべっかなのか本当なのか判別がつかず、後でようやくそんな事もあったなと思いだしたくらいだ。

 クリエンテスに選んだのも、戯れの気持ちが無かったと言えば嘘になる。

 ただ、選考時に提出された資料を見ても、こんな馬鹿な題材をここまで丁寧かつ執拗に追及するハル・クオンと言う学生に興味を持ったことは事実。

 正直、成果を出せるとは思っていなかったが、こちらの嗜好を下調べして、刺さるような表現を選んだ点を評価した。

 彼の研究は使えないだろうが、彼は使える・・・・・かも知れない。

 クリエンテスは結んでいる間は相互に責任が伴うが、双方が望めば解消に制約やペナルティは無い。やってみて後悔するのがシルヴィアのモットーだ。

 発表の場で泣き出した優男は、必ずお役に立ちますと宣言した。




 最初に良い拾い物をしたと確信したのは、学生主催の立食パーティの予算を任された時だった。

 普段は適当にこなすのだが、その時は企画を任されたメンバーに濃い衆が集まった。この際普段やらないことをやってみようと、櫓を組んで巨大な神竜のオブジェを乗せようと言い出した。

 やる気になった人間を見ると一緒に盛り上がりたくなるのがシルヴィアと言う令嬢だ。

 設計は工学を学んでいる学生が引き受けてくれたし、造形も得意な人間が指導してくれる事になった。

 ところが、必要な木材を割り出してみると、予算が超過したのだ。

 普段はエマにこの手の仕事を任せているが、今回はお互いの得意分野を交換して、ギリギリまで助けは求めないと決めていた。何事も経験で、これも勉強の内だと思ったが、いつもエマはきちんと予算内に収めていたので、何か秘密がある筈なのだ。

 試しに報告に来たハルに見積もりを見せたところ「圧縮できますよ」と断言した。話半分に任せてみたら、翌日半額になった見積もりを持ってきた。


「全ての商品を同じ商人から揃えると、不得意な部分は在庫が無くて取り寄せたり、木こりとのコネが薄かったりして、当然単価は上がりますから。木材を専門に扱ってる店を何軒か当たればこの位は安くなるんです。あと、学校の馬車を借りて受け取りに行けば、もう少し安くなると思います。大陸本土ではギルドの力が強くて、この手は使いにくいみたいですけどね」

「お前は、生粋の商人でも無いのに何処でそんな話を知ったのだ?」


 思わず問いかけるシルヴィアに「恋愛相談の合間に挟んだ雑談ですよ。意外と役に立つ話が出てくるんです」としれっと答えた。




 彼は他人が落ち込んでいる時の嗅覚が凄い。

 マリウスとの時間を急用で切り上げてがっかりしている時、彼は無言で彼女の好物を用意して待っていて、余計な事は言わずに、それでも彼女が喜ぶような話題をせっせと語り出す。

 あまりの気の使いように、落ち込んでいる筈がおかしくなって吹き出してしまった。

 いつの間にか、シルヴィアはハルを弟のように思うようになっていた。




 雇い主である烏丸にそれとなくハルの評価を聞いてみた。


「彼は、あげませんよ?」


 良いとも悪いとも言わず、彼はそう答えた。

 基本的に他人にゴマをすってべた褒めする彼だが、めったにこんな言い方をしない。




 恋愛相談についても、すこぶる評判が良い。

 実のところ、それで解決する問題はそう多くないが、聞き上手なハルに話を聞いて貰って楽になったと皆が言う。

 彼は、決して相手に深入りしないが、引き受けた枠の中で最大限の真摯さで対応する。その線の引き方が恋に悩む令息や令嬢たちには心地よいらしい。

 中には本格的に彼を好きになってしまった令嬢もいるようで、弟分をたぶらかされたようでもやもやもする。



 未だに彼を蛮族ハルバールと蔑む者が多いのは我慢がならない。

 彼らは、ハルが恋愛相談で一部の学生に好かれていることが気に食わないらしい。

 公爵家の名前を使えば簡単にねじ伏せられるのだが、何故かハルはそれを嫌がる。


「じ、自分の力でやってみたいなぁと……」


 珍しく居心地が悪そうに言葉を濁すハルに、さすがのシルヴィアも嘘だと気づいた。

 何かあるのか問い詰めてみるが、未だに本音は聞き出せていない。

 自分はパトローネスなのだから、何でも話して欲しいと思うのだが、まだまだハルは自分に心を開き切ってはいないのかもしれない。




 エマの強引な願いがきっかけではあったが、彼に話を聞いて貰って相談相手達が彼を慕う気持ちが良く分かった。

 彼の話は、シルヴィアへの思いやりにあふれていて、多分普段は踏み込まない一線を踏み込んでくれた。

 勇気を貰えたと思う。

 ハルはクリエンテスの立場を過ぎた身分だと恐縮するが、シルヴィアから見れば、自分にはもったいない出来た弟分だ。

 



 ハル・クオンは、シルヴィアにとって初めての、そして自慢のクリエンテスなのだ。

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