第7話「恋愛相談の理由」

 翌日の夕方、1週間かけて纏めたレポートを小脇に抱え、ハルはシルヴィアが押さえた会議室に向かう。

 在学中に将来の勉強と称して事業を行う学生は割と多い。その為、商談スペースは複数完備されている。防音も完璧である。


 公爵家は支援している研究に月1回の報告を求めている。学内で取りまとめているのはシルヴィアなので、公爵家でなく彼女個人のクリエンテスであるハルも一緒に報告を行っている。

 早めに会議室について前で待っていると、まだ時間があるのに前の報告者が出て来た。浮かない顔はシルヴィアの反応が良くなかったのだろう。

 ハルと視線が合うと、嘲りの表情が浮かぶが、にっこり笑って「やあ、こんにちは」と挨拶する。

 下手に反応すると嗜虐心を刺激するので、気付かないふりが一番である。第一、そこまで暇ではない。




 扉が開いて「あ、ハル君、早いねー」と笑顔を見せたのは、シルヴィアの側近エマ・スーリーヤである。

 彼女は小さい体で高級な木製扉をよいしょと開けて、いつもの様ににこにこ笑いながら、ハルに入室を促す。

 入室して書類に目を通しているシルヴィアが視界に入り、呆けた。


「おお、来たか。これか? 私は視力は良いが、父のクリエンテスが研究している目の疲労を押さえるアイテムだそうだ。少々燃費は悪いが、使い勝手は悪くない」


 赤毛と同じ、縁の赤い眼鏡に手を当てて、「ああ、済まなかった、座ってくれ」と椅子を勧めるシルヴィアだったが、言葉は半分も頭に入らない。気恥ずかしさから一度は視線を逸すが、誘惑に負けて再び凝視してしまう。

 くすくすと笑い声が聞こえて、エマがガン見している自分を笑っていると気づき、気まずくなって身を小さくした。


「2人とも、どうしたんだ?」


 不思議そうに首を傾げる彼女に、ハルは沈黙で答え、エマは「いいのいいの、シルヴィは気にしなくて」と流した。


「で、では今月の報告を」


 手渡された革製の書類入れを開き、中から報告書を取り出す。事務職だけあって、お前の書類は分かりやすいと褒められて以来、読みやすさには細心の注意を払っている。


「ふむ、サンプルのデータによるとお前の考えと合致するな。だが、まだまだ調査の絶対数が足りない」

「はい、恋愛についての話は、相手の信用を得ないと聞きだせませんので……」


 フォルティナ大陸には「恋をした魔法使いは成長する」「結婚や出世を経験すると、強い魔法を使えるようになる」と言うジンクスがある。


 魔法で大成した人英雄の多くが、恋物語を残している事から生まれた都市伝説の類だと、皆思っていた。

 竜騎士の目標を諦めたハルは、父の使いで街を訪れるようになった時、図書館で時間を潰すようになった。そこで読んでいた著名な魔導士の手記を読んで、ふと疑問に思ったのだ。


 妻との関係が改善し、結婚生活が上手く行き始めたのと、ずっと使いこなせなかった新魔法を会得したのがほぼ同時期なのだ。もう一度丁寧に記述を読み直すと、夫婦喧嘩をした直後はスランプに苦しみ、好物を作ってくれた翌日は調子が良いと書いてある。

 まさかと思ったが、根っからの凝り性が災いして、偉人の著書を片っ端から読み漁り、記録を取ってみたところ、一部の例外はあるが皆この傾向が見られた。


 これは、ひょっとしてひょっとするのではないだろうか?


 ハルの研究は始まった。

 研究所を片っ端から読み漁り、人の話を聞き、仮説を立てた。

 「人間は幸福感、特に恋愛感情は魔力変換率と密接な関係があるのではないか?」と。


 人間や魔法を使えるモンスターは、自らの身体やパウダーに込められたの魔力を物理的、精神的な事象にに変換する。これが魔法だが、落とし穴がある。

 駆け出し魔法使いは、パウダーに込められた魔力の2割程度しか魔法に変換できない。何割を魔法に変換できるかをを魔力変換率と言うが、遺跡から見つかるアーティファクトと呼ばれる宝物も、魔法と同じ原理でパウダーをコストに魔力をかえるが、こちらは8割の変換が可能である。


 魔法使いは経験を積むことで少しずつこの数字に近づいて行くのだが、突然変換率が急上昇、急降下したり、10割超える例も存在し、原因は不明とされてきた。

 ハルはこの説明を「愛情」に求めたのだ。

 シルヴィアの支援を得て、恋愛相談に精を出していたのは全てこれが理由である。


「学内の調査は継続して行いますが、子供が使う魔法についても聞き取り調査を是非行いたいのです」


 ハルの頼みにシルヴィアは考え込む。

 愛情は男女だけでなく、親子愛、家族愛のデータも必要だ。「愛された子供の方が魔法の上達が早い」と言うジンクスも古くから存在するから、こちらも研究の余地は大いにある。だが、シルヴィアは頭を振った。


「関係者を説得するには何か『目に見える実績』が要るな」


 資質的には、大陸の人間は何らかの魔法の才能があると言われている。

 しかし、魔法の訓練には魔法を使わなければならず、魔法を使うには高価なパウダーがいる。

 その為、貧民出身の魔法使いは八割方遅咲きであり、魔法を使える子供の殆どは金持ちか貴族である。

 金持ちや貴族が、自分の子供に家庭の事情を根掘り葉掘り聞かれて喜ぶとは思えない。

 ちゃんと成果を出して「怪しくないよ」と証明しなければ、説得は難しいだろう。


「まあ、そう焦るな。チャンスは必ず来るさ」


 シルヴィアは笑顔で励まして、報告書にサインを入れた。

 実のところ、チャンスはすぐそこまで来ていたのだが。

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