第4話「男爵令息の恋愛相談」

 終業後の自由時間に、ハルはテラスに繰り出した。

 校内にいくつか設置された、軽食やお茶を楽しめる憩いの場だが、南東に設置されたそれは校舎からも寮からも少々離れていて、不人気であり、密談にはもってこいだ。

 貧乏貴族の息子としては、このような閑古鳥が鳴く施設まで国費で最高の状態にメンテナンスされている事に言いたいことが無いわけではないが、彼の「研究」には都合の良い場所だった。

 先に席に座り、テーブルのペンと愛用の赤のインク瓶を置く。これが目印だ。


 待ち合わせの時間までまだ少しある。瓦版を取り出して目を落とすと「メンテナント自然回帰主義者」が竜骨の製造工場になだれ込んで打ちこわしを行ったとある。

 国際情勢もきな臭い。何事もないと良いのだが。


「ハル・クオンさんですね?」


 瓦版から視線を上げると、私服の令嬢が不安げにこちらを伺っている。後ろでこちらを見つめる同伴の女生徒が見えた。この研究で、2人きりはご法度だ。要らぬ誤解やトラブルは避けたいので、よほど事情があるか、信頼できる筋(具体的にはシルヴィア関連)の依頼でなければタイでの「相談」は受け付けないし、頼む方もその方が安心だろう。

 控えめで大人しそうな令嬢、と言うのが第一印象だが、話してみなければ腹の内は分からない。


「どうぞ、おかけになって下さい」


 立ち上がって椅子を勧めるハルに、「こちらが報酬です」と、用紙を差し出す。

 ハルはそれを注意深く確認すると、ペンを取り、「では、ここと、ここの記録を控えさせて頂きます」と確認し、ノートに素早く書き写す。

 それは、ここ数か月の魔法実習記録である。本来安易に他人に見せるものではなく、シルヴィアのパトローネスでなければ見せろなどと言われないだろう。無論、悪用すればシルヴィアの顔に泥を塗るので、管理は細心の注意を払う必要がある。


「それで、私の婚約者なんですが、酷いんです……」


 言いたくてうずうずしていたと言う体で、令嬢は婚約者への不満を吐き出し始めた。ハルは適度に「辛い思いをされましたね」「心中お察しします」をさしはさみながら、ノートに記録を取ってゆく。

 共感を示すのは「私は貴方の味方ですよ」と言う信頼を得る為のアピールだが、やりすぎると警戒されたり、逆に変な依存を招くので、匙加減が少々大変である。


「つまり、貴方がダンスのレッスンでスランプになっているのに、婚約者の方が分かってくれないと……」

「そうなんですっ! 私は励ましてほしいのに、『知り合いの教師を紹介するから』なんて、他人に投げようとするんです。この間も……」


 ハルは、令嬢の話が途切れるまで我慢強く聞いた後、質問を返した。


「彼は、あなたがダンスの話をするのを面倒くさがったり、邪険にしたりしましたか?」

「いいえ、『友人にダンスのコツを聞いてきた』みたいな事は言われましたけど、そこまでするなら何で優しい言葉をくれないのかが不満で……」

「ふむ、この例は8番ですね」


 鞄から「8」と書かれたノートを引っ張り出して確認する。近頃は紙のノートも大分値下がりしたとは言え、安い物では無いが、研究に必要なので大量に使用するのはやむを得ない。


「少し、歴史の話をしましょう」

「はぁ」


 怪訝そうな顔をする令嬢に、「大丈夫。任せて」と告げて、子供でも知っているフォルティナ大陸の話をする。


「その昔、貴族でも平民でも『家長』は全て男性でした。女性は基本的に家を守るのが仕事で、外で仕事をするのは男性の役割です。女性は男性の庇護を受けて生活しますが、男性も女性のサポート無しには生きていけない」

「その、それは小さい時に家庭教師に習いました」

「ところが、300年前、旧文明の財宝を求めて遺跡に入った冒険者が『光るコケ』を見つけてきました。最初は照明として研究されましたが、ある事実が分かります。この『魔力コケ』を使用すれば、今まで体内に少ししか蓄積されなかった魔力を補充できるようになったのです。今までぱっとしない扱いを受けていた魔法が、社会の基盤として注目されました。魔法は誰でも使えるものの、どの魔法を上手く使えるかは個人差があります。それなら、性別で仕事を区別していては魔法を円滑に活用できないと言う事になり、女性の社会進出が始まりました」

「それで、その話と私の婚約者に何の関係が……?」


 怒ると言うより戸惑った様子の令嬢が尋ねる。ハルは「問題はそこです」と提示した話題を展開する。


「大陸世界の男女は、まだ性別で仕事を分けていた頃の『癖』が残っているのです。あなたと彼のすれ違いは、そこから来る『ちょっとした認識の誤差』に過ぎないんです。つまり、ちょっとしたすり合わせで解決する可能性は大きいです」

「本当ですか!?」


 話が見えないながら喜びを露わにする顔を見ると、あれだけ愚痴っても婚約者への愛着は大きいのだろう。微笑ましい気持ちになる。


「かつて男性は、戦争や狩猟を行っていました。敵に襲われた状況では、辛さを分かち合うより原因を突き止めて『対処』する事が優先されます。一方で、女性は家庭や地域のコミュニティで仕事をしていました。こう言った閉じた環境では身体の安全より心の健康が重要になります。そこで、女性は他者へ『共感』してもらい、ストレスを和らげる事を尊びます。つまりあなたは彼に『共感』を求めたのに、彼はそれが理解できず、『対処』の方法を考えたに過ぎません。これがどういうことかと言うと……」


 はっと、令嬢の目が見開かれる。どうやら気づいたようだ。


「彼は、面倒くさがって専門家に丸投げしようとしたのではなく、方法を考える事でストレスの原因を無くそうとしてくれたのですね!」


 我が意得たりと、ハルは頷く。

 理解が早くて助かると内心で思う。閲覧させてもらった魔法記録はそこそこだったが、学科の方は相当に優秀なのかも知れない。

 このような以て回った説明はハルの癖だが、研究の為に行っている相談なので「僕は思うんだけど~」と言う言い方では意味がない。

 必要なのはデータを基にした根拠ある考察で、相手が求めているのも彼の主観では無いと割り切っている。


「原因が分かれば、対処は簡単です。『自分が頑張る為に、まず貴方の励ましが欲しい』と明確に伝えましょう。実は男性は女性の助けになる事が大好きなんです。あれもこれも頼るのはまずいですが、適度に『お願い』をした方が、良好な関係を築けるとデータが示しています」


 令嬢は晴れやかな表情で一礼すると、席を立つ。


「では、もし効果がありましたら成功報酬もお願いします」

「ええ、向こう3か月の魔法実習記録でしたね。非常に面白いお話だったので、効果が無くてもお見せしますわ」


 令嬢は片目を瞑って応えると、「それでは」と会釈して引き上げて行く。後ろに控えていた友人は、興味深げにハルを見つめる。「自分も依頼してみようか」等と思っていくれていれば嬉しいのだが。


 ハル・クオンの研究テーマは「恋愛と魔力変換効率の相互関係」であった。


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