第2話 「彼女」の正体

コインに宿る「彼女」は

私の家に着くまでの間、ずっと喋り続けていた。


大体は私に対しての質問だ。

父母について、どう思っているか?とか

小さな頃の思い出とか。


それこそ、ありとあらゆる事柄について

尋ねて来た。


食べ物の好き嫌いとか。

最近のヒップホップブームについてどう思うか?とか。


(ヒップホップを知っているのか。

あんたは随分と古そうだから、そんなモノには

興味無いと思ってたよ。)


『確かにわらわは古いモノじゃがな。

こうして誰かに寄り添うと相方が見聞きする事、

感じる事、考える事を共有できるのじゃよ。

だから世の中の流行り廃りもばっちり把握出来ると言う訳じゃな。』


(へぇ。……と言う事は。

私の頭のなかは、あんたに丸見えって事なのか?

プライバシーも何もあった物じゃないぞ!)


『そればかりは仕方がないわな。

まぁ、二心一体と言う事じゃよ。』


(じゃあ、逆はどうなんだ?

私はあんたの心を共有出来るのか?)


『誠に申し訳ないがの。それは出来んのじゃ。

まぁ、そなたの行動を妾がどうこう出来る訳ではないから

安心せい。

全ての決定権はそなたにある。

妾はアドバイザーと言うかそんな物じゃよ。』


どんなアドバイスを寄越すか見当もつかない

物の怪アドバイザーか。


『こりゃ!物の怪とは何たる言い草じゃ。精霊と言わぬか!!』


家に帰った私はパソコンを立ち上げて

「彼女」が何者であるかを検索する。


コイン収集関連のサイトをいくつか検索するうちに

私の左胸ポケットに入っている横顔と同じ刻印を持つ

コインに行き当たった。


それによれば

「彼女」は中欧のちいさな大公国の女王であったらしい。

独自の貨幣を発行できるほどには栄えていたのだが

近隣の大国の標的となった事で彼女の運命は大きく変化した。


武力侵攻による滅亡か、政略結婚による併合か。


彼女の選択は後者であった。


結果として彼女の横顔が刻印された1ギルダー貨幣は

ほんの数年で発行停止となり

そのほとんどが散逸し歴史の闇の中へ消えていった。


ただ、発行された最初の1枚は彼女の下で厳重に保管されていて

現在もどこやらの国で秘宝として保持されているらしい。


「彼女」の名は

エミリア・ロシュテナイン・パルディアナ。

パルディアナ公国最初にして最後の女王である。


(エミリア陛下。質問させて頂いてよろしいでしょうか?)


『なんじゃ、いきなり。

わらわの素性を知って敬語を使い始めるとはどうした事じゃ。

そなたはわらわと二心一体なのじゃぞ。

それに現代ではコインに宿るただの精霊。

かしこまらずにもっとフランクな付き合いで行こうではないか。』


(分かったよ、エミリー。)


『ふむ。エミリーと呼ばれたのは何十年ぶりかの。

実に心地良き響きじゃ。』


(ところで、このコインはレプリカだよな?

まさか秘蔵されている本物がこの手にあるとは思えないんだが。)


『そうじゃ。何やら歴史回帰運動とやらで、かの国の歴史上の人物を

何人か取り上げて記念貨幣をこしらえた事があっての。

その中の一人に選ばれたのじゃ。


その時にわらわだけは元から硬貨があったと言う事で

それを復元したと。


限定5000枚、その最初の一枚がそなたの手にあるコインなのじゃよ。』


(しかし、コインに意思が宿るなんて聞いたことがないな…。)


『何を言うか。この国では時を経たる品に神が宿ると言うではないか。

わらわもそれと同じじゃよ。』


付喪神つくもがみと言う事か。


今まで超常現象など鼻で笑っていた私だが

いざ自分の身の上に降りかかってくると

この現象を認めざるを得ないな。


私はエミリーと二心一体。

しばらくはこの状態で日常を過ごすことになるわけだ。


それを確認した時、砂漠の如く乾ききった私の心に

ほんの少しだけ霧雨が降りそそいだような気がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る