ぽんこつ勇者で悪かったな!

たいらごう

ぽんこつ勇者で悪かったな!

 私を取り囲む十数人の男たち。

 いやだ、いやだ、こんな奴らの慰み物になどなりたくない。

 その輪の中から、見覚えのある男が前に出てきた。

 こいつは、常にパーティの足を引っ張っていた『お荷物』の、錬金術師。


「借りを返しに来たぜ」


 言葉が出ない。『お荷物』が、私に復讐を?

 ありえない。あってはいけない。


「お前如きが、勇者たる私に復讐だと?」


 そう、私は魔王を倒すべく生を受けた勇者。たかが錬金術師風情とは、別世界の存在。 


「『元』勇者様、だろ? 魔物討伐に失敗続き、とうとう『勇者』の称号を剥奪された、あわれなメス豚だ」


 男たちの笑い声が響いた。


「俺をパーティから追い出したのが間違いだったな。勇者? 剣聖? 聖女? お前らは、俺の支援があったからこその最強だったんだ。そんなことも分からずに、俺を迷宮に置き去りにしたとはな」


 男が一歩私に近づく。私を囲む男達も一歩、輪を縮めた。


「はっ。それこそ勘違いも甚だしい。状況を考えないお前の行動をフォローするのに、どれだけ苦労したか。とうとうフォローできなくなったのが、あの時だ」

「負け惜しみはみっともないぞ。超有能、最強の俺を追放した、愚かな『元』勇者・さ・ま」


 その言葉が合図だった。数多の薄汚い男どもの手が私を捕まえる。情けなくも、慈悲を乞う私の声が、男たちの卑猥な歓喜の声に消された。

 身に纏う胸当て、皮鎧、そして下着がはぎ取られ、投げ捨てられる。

 にやついた顔で私を見下ろす、錬金術師。悔しさに、その顔が涙でにじんだ。


 突然、轟音が鳴り響き、誰かが私の腕をつかんだ。引っ張られたことまでは覚えていたが、その後私は、気を失ってしまった。



 頬に冷たく硬いものが当たっているのを感じる。


「お覚めか?」


 石の淵に見慣れぬ男が腰かけていた。


「誰だ!」

「おいおい、助けてやったのに、そう怖い顔すんなって」


 男が両手を私の方に向ける。


「そ、そうか。すまない」

「ああ、それはいいんだけど」

「なんだ」

「服を、直してくれないか」


 男はそう言って、顔を背けた。自分の身体を見てみる。裸に、茶色いコートだけを羽織っていた。しかも前がはだけてしまっている。

 私は慌てて、コートの前を閉じた。


「き、貴様!」

「ちょ、俺が悪いの?」


 睨む私の視線に、男が呆れ声で返す。


「いや……礼を言うべきだな」

「おうおう。いっぱい言ってくれ」


 どうにも調子が狂う男だ。


「とりあえず、あんたを襲った連中は巻いておいた。ただ、町に行けばまたいるかもな」

「そうか」


 まさに身ぐるみはがされた状態だった。しかし、町に戻って装備をそろえ直すのも難しいようだ。


「何があったんだ?」


 私は男に、ここまでの事の次第を話した。


「これからどうするんだ?」

「どう、と言われても」

「あの男に復讐するか?」


 はっとして男を見た。しかし直ぐにうつむいてしまう。


「無理だ。私は『勇者の称号』を剥奪されてしまった。勇者の剣はもう私の手にはない。仲間ももういない。私が勇者でなくなったら、皆、離れていった。悔しいが、今の私では……」


 そこでとうとう、言葉が出なくなってしまった。

 しばらくの沈黙。


「で?」


 男はそう一言吐き出した。


「いや、だから無理だと」

「ざけんじゃねえよ!」


 男の一喝が響く。


「ざ……ざけん?」

「勇者じゃなくなった? 装備がない? 仲間がいなくなった? そんなもん関係ねえだろ! いいか、大切なのはな、それを本気でやりたいかどうかだけだ! その男が憎くないのか? 悔しくないのか? ああっ?」

「そ、それはもちろんだ。だが、もう私に復讐する力は……」

「言い訳ばっかりするんじゃねえよ!」


 男は、はめていた手袋を取って地面にたたきつけた。


「その錬金術師は、迷宮に捨てられたどん底から這い上がってきたんだろ? あんたはどうなんだ。勇者なんて称号にあぐらかいて、努力をしてこなかっただけじゃねえのか? 助けて損したぜ。顔も見たくねえよ、このニセ勇者が!」


 男の言葉に、私はかっとなって立ち上がる。


「お前に何が分かる! したくてもできないことなど、この世には五万とあるのだ!」

「まだ言い訳するのかよ! できることから始めようって気持ちもねえのか、このアンポンタン!」

「……あ、あんぽんたん?」


 よく分からない言葉を吐き捨てた後、男は腕組みをして何かを考えていた。そして、おもむろにこちらを向く。 


「一年だ。お前のその根性、叩き直してやるよ」


 男は見下すような視線を私に送った。



「お前、何ができるんだ?」

「勇者の剣はもうない」

「いや、あんたさあ」

「あんた、ではない。ソフィーアという名前がある」

「名前? そんなもん、どうだっていい。あんた、本当に勇者? あ、元、だろうけど」

「も、もちろんそうだ」

「それって、本当に勇者だったのか?」

「どういうことだ」

「だって、勇者の剣がなきゃ戦えないって、それ、あんたじゃなくて剣が勇者だったんじゃないのか?」

「そんなことは無い! 私は」


 しかし、反論の言葉が見つからない。


「私は……」


 一体、何ができるのだろう。


「あんたさ」「あんたではない!」「あんたで十分だよ。鏡見たことあるか」

「鏡? なぜだ」

「髪の毛、何色してる?」

「髪……えーっとだな……私の、髪……」


 言われて、私は自分の髪の毛について、形容されたことがないことに気が付く。


「目つきとかはどうだ。鋭い、優しい、切れ長、垂れ目」

「……」

「眉はどうだ? 鼻は? 顎は?」

「……分からない」


 目の前の男が、やれやれと言わんばかりに肩をすくめた。


「胸は?」

「胸は大きいぞ!」

「はははっ」

「何がおかしい!」

「お前は『勇者』じゃなくて、『勇者』という名前の『胸の大きい女』でしかなかったってことだ」 

「違う。勇者ソフィーア。私は生まれた時からそう呼ばれてきた」

「勇者という名前と、勇者の剣というアイテムを与えられただけの、能無しだったってことじゃねえのか?」

「き、貴様っ!」


 立ち上がり腰に手をやったが、もう勇者の剣は無い。私はまたその場に座り込んだ。


「でも相手は、『お荷物』という名の最強の冒険者だったってわけだ」


 そんな私に、容赦なく追い打ちの言葉が投げつけられる。もう……考えるのが嫌になった。


「お前の言う通りだ。お前、名は何という」

「名前なんていい。名に実なんかないさ」

「それでは、呼びにくいではないか」

「じゃあ、ソフィーアの好きに呼んだらいい」


 はっとなって、男を見る。私を蔑むような表情はどこかに消えてなくなっていた。


「では『タロウ』と呼ぼう」

「なんでそんな名前なんだよ」

「私が決めていいのだろう? お前はタロウだ」


 そう言って私は笑った。


「けっ。まあ、それでいいや」


 不満げで、それでいてどこかしら満足げなタロウ。


「お前のそんな表情は初めて見た」

「うるせー」


 タロウはそっぽを向き、そして笑った。



「ほれ」


 タロウが私に見慣れない道具を渡す。


「これは何だ」

「スカウトゴーグル。そしてこれが」


 今度は小さい球状の物体を差し出した。


「浮遊カメラだ。移動させたいところに飛んで行って、そこから見えるものがゴーグルから網膜に映写される」

「スカウト? カメラ? モウマク? エイシャ?」

「こまけえことはいいんだよ。とりあえず、見ろ」


 タロウが私の顔に、ゴーグルなるものを付ける。そして浮遊カメラなるものが私の前に浮かぶと、視界に一人の女性の姿が映し出された。


 ウェーブのかかったブロンドの髪が、肩のところで広がっている。髪と同じ色の眉は、外へ行くほど上がっている。

 切れ長の目からのぞくコバルトブルーの瞳は、今は光を失い、澱んでいるように見えた。

 鼻筋は通っているが、さほど高くは無いだろうか。


「それが、ソフィーアの顔だ。実際の姿は、『勇者』だとか『胸が大きい』とか、『美人』だとか、そんなもんじゃ説明しきれないほど複雑だろ?」

「これは美しい顔なのか?」

「美しいかどうかなんて、見た人の主観でしかないから、何とも言えないな」

「タロウはどう思う」

「そ、そうだな。まあ、好みの顔、かな」


 もう一度自分の顔を見る。性格のきつそうな、かわいげのない顔だった。


「タロウはこういう顔が好みなのだな」

「恥ずかしいから、繰り返さなくていいぞ」


 そう言って横を向くタロウの顔を、じっくりと見てみた。

 癖の強い黒髪があちこち飛び跳ねている。丸い顔に太い眉。目じりは下がり目。少し厚い唇の端は片方が上がり気味で、人懐っこいようでいたずら好きな青年……そんな印象を受ける。


「タロウはそういう顔をしていたのだな」

「好みの顔だろ?」

「好みではない」

「お世辞くらい言えよ」


 タロウは、残念そうな顔をして頭をかいた。

 ゴーグルを外し、空を見上げた。満天に散らばる光点の中に、東から西へと光の帯ができている。


「綺麗だ」

「ああ、そうだな。でも世界はもっと色んなものであふれてるぞ」

「そうか」


 それからしばらく、二人で星空を見上げた。



「ここで野宿するけど、いいか?」


 その後、山の岩肌に開いた洞窟に連れてこられた。


「よいぞ」

「この辺りは時々夜にワイアームが出る。デカいし、硬いし、パワー満点、ハイレベルの冒険者が数名いないと倒せない奴だ。明るくなるまで外には出るなよ」

「わかった」


 洞窟の中は、少しひんやりとしていた。タロウが点けたランタンの光が洞窟の中を淡く照らす。

 コートを脱ごうと前を開け、自分の胸を見てみる。皆から「大きい」と言われていた胸だが、改めて見ると、実際そうなのかどうか分からなくなった。


「タロウ、私の胸は本当に大きいのか?」


 胸の盛り上がりをタロウの方に突き出す。タロウは振り返り、慌てて後ろを向いた。


「ば、何やってんだよ」

「自分を知れと言ったのはお前ではないか」

「大小なんて、比べ合いでしか分からんだろ」

「タロウがどう思うかを聞いている」


 するとタロウは、自分が持っていたリュックを探り、「まあ、大きい方、かな」と言って、私へと服を放り投げた。


「そうか」

「大きさなんかで人間の価値は決まらねえから、下らないことしてないで、それを着ろ」

「下らないとはなんだ。一応私も女だぞ」


 タロウが更にブランケットを投げてよこす。そして手に持ったマットを床の上に置いた。


「そんなことは分かってるさ。好みでもない男にそんな姿見せんじゃねえよ。うだうだ言ってないで、早く寝ろ」


 ブランケットを羽織り、マットの上に横になる。タロウは、壁際に腰かけそして目を閉じた。


「お前はなぜマットやブランケットを使わない」


 片目だけを開いて、タロウが私を見る。


「俺用のしか持ち歩いてねえよ。寝にくいか?」

「いや、私だけというのは気が引ける」

「気にすんな」

「ここで寝ればよい」


 私は、自分の横のスペースを指差した。


「ん? マットはソフィーアが使えばいいんだぜ」

「……一緒に寝ればいい、と言っている」


 タロウが目を見開いて驚愕の表情を見せる。


「何、一緒? ソフィーアと?」

「嫌ならよい」

「いやいや、じゃなくて、嫌じゃない。しかしだ、ソフィーア。男と女が一緒に寝るというのはだな」

「お前を男とは見ていない」


 洞窟の中に、しばしの沈黙が走る。


「ど、どうなっても知らないぞ」

「どうにもならない」

「けっ」


 そう言葉を吐くと、タロウは私の傍に恐る恐る近づき、そして横になった。


「んじゃ、お休み」


 私と反対の方向を向く。


「ああ、おやすみ」


 私もタロウと反対の方を向き、そして目を閉じた。


※ ※


 目が覚める。洞窟の入り口から、朝の光が差し込んでいた。外は、雲一つないコバルトブルー……昨日見た、自分の瞳の色のような空が広がっていた。


「起きたか」


 タロウが洞窟の外で、人形のようなものをいじっていた。全身が燻したような銀色をしており、球状の頭部が付いてはいるが、顔は無い。


「なんだそれは」

「これは『ぱぺっと君2号』だ。今から、剣術の特訓だな」

「剣術? それくらいできる。特訓などしなくとも」

「まあ、やってみろって」


 タロウは私に棒を一本手渡した。受け取った瞬間、想像以上の重さが腕にかかる。


「なんだ、これは」

「剣だと思え。練習用だが、芯には金属が使われていて、まあ、重い」

「ふむ」

「じゃあ、いくぞ」


 タロウが人形の背中をいじる。すると、人形が動き出した。


「こいつ、動くのか?」

「ああ。こいつが練習の相手だ」

「ふっ、木偶ごとき、私の相手にはならんな」


 そう言うと私は、剣代わりの金属棒を振りかぶり、人形に斬りかかった。


 ……十分後


「な、なんだこいつは」


 棒を振るのに疲れ果て、私はその場で動きを止める。そこにすかさず、ぱぺっと君2号の模造刀が振り下ろされ、私の頭でポコッという気の抜けた音がした。


「ほい、ソフィーアの負け。なんだといっても、ぱぺっと君2号だが」

「その、ふざけた名前を聞いているのではない! こいつ、逃げてばかりではないか!」

「ちゃんと攻撃しているぞ。剣を三回振って、三回とも当たってる」

「私が疲れた時にだろう!」

「ソフィーアが疲れるの、早いんだよ」

「この棒が重すぎるのだ!」


 私は手に持った金属棒を地面に叩きつけた。そんな私を、タロウが呆れ顔で見ている。


「考えなしに振り過ぎてるからだって」

「剣など、ガバッと振りかぶって、ズバッと振り下ろし、キンキンキンと斬り合えば、敵が勝手に倒れていくものだ!」

「いや、適当すぎだろ」

「適当ではない! 適当ではないが……勇者の剣が勝手に、敵を切り刻んでいたからな」

「こええな、おい」


 タロウは笑いながら金属棒を拾い、私に差し出した。


「敵に武器が当たるのは、どういう時か知ってるか?」

「敵が攻撃をしていない時だ」

「逆だ。攻撃している時が、防御や回避をしていない時、つまり隙がある時なんだよ」


 タロウから棒を受け取る。


「ただし、こっちも防御をしないといけないから、相手が攻撃する直前、もしくは、攻撃が終わった直後。そこを狙うんだよ」


 私は思わずタロウを見つめた。


「タロウは、剣士か何か?」

「職業なんざ、何でもいいんだよ。何ができて何ができないか。それが全てだ」


 そう言うとタロウは、私に片目をつむって見せた。



 へんてこな人形との特訓は、三か月続いた。そこで分かったことは、私が如何に『勇者の剣』に頼り切っていたかということだった。

 振れば敵を切り刻み、天にかざせば稲妻が落ち、そして祈れば味方を回復する。それらは結局、私自身の力ではなかったということを、まざまざと知らされたのだ。


 ぱぺっと君2号の攻撃を避け、距離を取った私は、金属棒を持った両手を下に降ろす。

 

「疲れたのか?」


 岩の上から見ていたタロウが、声を掛けた。


「いや……私の攻撃が一向にあの木偶に当たらぬ」

「ああ、それで凹んだのか?」


 言い返そうとして、やめた。


「やはり私は、『無能』であったのか。全く上達していないではないか」


 認めるのはつらい。つらいが……視界が涙でにじむ。

 泣いてはいけない。泣けば、全てが崩れてしまう。私を支える脚も、金属棒を持つ手も、そして前を向く意志も。


「私には無理だ……」


 しかし、雫が頬を伝い、下へと落ちる。後から後から涙があふれだし、私はとうとう声をあげて泣き始めた。


 タロウの足音が私に近づいてくる。


 慰めて欲しい。よく頑張ってると言って欲しい。そして……大丈夫、ソフィーアならできると、言って欲しかった。


 期待を込めて、縋るような目で、タロウを見る。

 しかしそこにあったのは、見たことも無いほどに冷たく、侮蔑に満ちたタロウの顔だった。


「じゃあ、やめちまえ」


 タロウが私から離れ、人形の許へ行く。その背中をいじると、リュックを手に取り歩き出した。人形がタロウの後をついていく。


 なぜ……なぜ……


「なぜだ、タロウ! 私だって……」


 タロウの姿が少しずつ小さくなっていく。


「私だって、誰かに優しくされたい時もある! それが、なぜ悪い!」


 悲鳴にも近い叫び声。そして慟哭。

 タロウの姿が見えなくなるまで、吠え続けた。



 夜空を見上げる。星は変わらず空に輝き、光の帯を作っていた。私が全てを失い、そしてタロウに救われたあの夜に見た星空がそこにある。

 何も変わっていない。私も。


 ふと、視界の端で動くものに気付いた。嬉しくなって視線を動かし、それが期待したものとは違うことを認識し、絶望した。

 私の目の前に、強固な鱗に包まれた強大な胴と翼、ぎらぎらした目、そして大きな牙をむき出しにした怪物がいた。


「ワイアーム!」


 慌てて立ち上がる。手に持った得物を構えて、それが勇者の剣ではなく、ただの重たい金属棒であることに気が付いた。


「しまっ」


 ワイアームの大きな口が迫る。


「なめるな!」


 棒でワイアームの鼻っ柱を殴り、体を躱す。勢い余ったワイアームの牙が、地面にめり込んだ。


「やあああ!」


 気合と共に、ワイアームの頭部に向けて、金属棒を振り下ろした。しかし鈍い音がして、棒が跳ね返される。

 体勢が崩れたところに、ワイアームが頭で薙いだが、その力を利用して私は後ろへと飛びずさった。

 ワイアームが頭をもたげる。


 逃げ場所はない。武器も効かない。どうしようもない。無理だ……


 そう思った時、脳裏にタロウの姿を見た。

 あの冷たい目。私を蔑んだ目。その目で私を見つめている。


「ふざけるなああ!」


 金属棒を構え直し、私はワイアームへと斬りかかっていった。



 私の攻撃は効いていそうになかったが、ワイアームも疲れてきたのか、動きが鈍くなっている。

 大丈夫、私は疲れてはいない。まだ、やれる。

 金属棒を構え直す。その時、不意に後ろから声が聞こえた。


「金属棒の束頭にボタンがある。それを押せ」


 言われた通り束頭に指を添える。ボタンとは何なのか分からなかったが、私は力強くその部分を押した。


 風を切るような音。そして、金属棒の上半分が赤い光を放ち始める。


「これは……」

「危ない!」


 目前にワイアームの口が迫っていた。気合と共に、光り輝く金属棒をその口目がけて振り下ろす。

 棒は、弾かれることなく貫通し、勢い余って地面にめり込んだ。


「しまった!」


 慌てて地面から棒を抜き、ワイアームの攻撃に備える。しかし私の目の前には、頭はおろか、首から胴までも真っ二つに斬られたワイアームの死体が横たわっていた。


「これは……どういうことだ……」


 後ろを振り返ったが、もう声の主はいない。何度か名前を呼んでみたが、鳥の声が遠くの森から聞こえてくるだけだ。

 私は、ワイアームの死体をしばらく見つめた後、洞窟へと帰ることにした。


 洞窟に戻ると、タロウがマットの上で寝ている。


「タロウ」


 返事はない。私は着ていたコートを脱ぎ、タロウの傍に身を横たえた。


「ありがとう」


 やはり返事はない。私はタロウに背を向け、そして目をつむった。


※ ※


 目を覚まし、洞窟の外に出ると、タロウは洞窟の傍の岩に腰かけて、遠くの森を見つめていた。


「三ヶ月か……早かったな。もう少し時間がかかると思ってたんだが」


 振り返り、私に向けてそう口にする。そんなタロウの顔からはあの冷たさが消え、その代わりに、優し気でそれでいてどことなく寂しげな微笑みが浮かんでいた。


「さて、往こうか」

「どこに、だ?」


 タロウが岩から降りる。


「復讐、だろ?」

「あ、ああ……」

「あの錬金術師のこと、ちょっと調べてみたんだが……あいつ、異世界人だな。何のことは無い、変なチート能力をもってやがった」

「チート?」

「この世界には無い能力、と言えばいいかな。しかし、そんなものはメッキみたいなもんだ。対策も考えた。あの剣もあるだろう。今のソフィーアならもう勝てる。復讐する時が来たってわけだ」

「あの金属棒……あれは何なのだ?」

「あれは『レーザーブレイド』だ。ボタンを押せば、『ガバッと振りかぶって、ズバッと振り下ろし、キンキンキンと斬り合えば、敵が勝手に倒れていく』剣になる」

「あれがそんなものだったのなら、最初から教えてくれればよかったではないか」

「道具ってのはな」


 タロウが私に近寄り、手を私に近づけると、私の鼻を触った。


「使うもんだ。使われるものじゃない」


 そう言って笑う。子供のような、無邪気な笑いだった。


「さあ、出発の準備をしろ。行くぞ」


 タロウが後ろを向く。その背中に、私は今の自分の素直な気持ちを打ち明けた。 


「もう、よい」

「ん?」


 タロウがこちらを振り返る。


「もう、よい」

「よいって……復讐がか?」

「そうだ」

「ちょ、なんでだよ。その為に頑張ってきたんじゃないか」

「もう、よいのだ。私は、自らの損得であの錬金術師を切り捨てた。確かにあの時、無理をすれば奴を救えたかもしれない。しかし私はそれをしなかった。奴にとってみれば、それは裏切りでしかなかったのだろう。奴は自分で生還し、どういう方法であれ強くなり、そして私に復讐を行った。話はそこで完結している。私が奴を恨むのは、筋違いだ」


 私の言葉を、タロウは相槌を打つこともなく、ただじっと聞いている。


「もう私には奴を恨む気持ちはない。というよりも、私にとって復讐は、価値のあることではなくなったのだ、タロウ」


 彼にとって、私のこの行為は『裏切り』になるのだろうか。


「すまない。こんなに力を貸してくれたのに、私は」


 と、タロウが私の肩に手を置いた。


「いや。それで、いい」

「お、怒らないのか?」

「なんで? 怒る理由はないさ」


 そう言うと、私に背を向けてリュックをまさぐり始める。

 その隙に私は、着ていた服を全て脱ぎ捨てた。


「タロウ」


 タロウが振り向く。


「ば、な、何してんだよ」

「わ、私には、こんなことしかできない。助けてもらった礼だ。私を、好きにして、いい」


 一糸まとわぬ姿をタロウにさらす。恥ずかしさに、自然と顔が横を向いた。

 タロウが傍に寄ってくる気配がして、目をつむる。しばらくの沈黙の後、私の身体にコートがかぶせられた。

 驚いて目を開ける。タロウの、優し気な微笑みが目の前にあった。


「礼が欲しくて助けたんじゃねえよ」

「なぜだ。わ、私の身体では不満なのか?」

「そうじゃない。礼はいらない、それだけだ」

「れ、礼と言ったのは、その、言っただけで……わ、私が……お前に……その、抱かれたいと……思って……」


 消え入りそうな声で言う私の肩を、タロウがポンポンと叩いた。


「もう、行かなきゃならない」


 とても寂し気な声。驚いて、タロウを見る。


「ど、どこへ行くのだ」

「俺を呼ぶ声がする。助けに行かないと」

「ま、待て。私は」

「ソフィーアにはもう、俺の助けは必要ない」

「ならば、私も連れて行ってくれ」

「駄目だ。ソフィーアの生きる世界はここだ。俺の生きる世界とは、違う。俺も、異世界人なんだよ、ソフィーア」


 そう言うとタロウは、手に持っていたブレスレットを私に見せた。


「これが『異世界転送装置』。ソフィーアの声が聞こえたから、ここに来た。別の人が呼んでいるから、俺は行く。次は、どんな人が助けを呼んでるんだろうな」


 そのブレスレットを、タロウが操作し始める。私から、一歩、二歩と、距離を取った。


「待て、タロウ。お前を、お前を愛している。だから私を……私を置いていかないでくれ」

「その気持ちは、偽りだ。ただ世話になって、情が移ってるだけだ、ソフィーア」

「違う! 本物だ!」


 もう、『偽物』はいらない。私のすべてが、『本物』でなくてはならないのだ。

 剣術も、そして、この気持ちも。


「じゃあな」


 しかし彼は、ただ笑っただけだった。


「待て、タロウ! な……名前を、本当の名前を、教えてくれ」


 手を伸ばす。


「俺の名は、タロウ。それでいい」


 タロウの身体に触れる。その瞬間、タロウの身体は私の目の前から忽然と消えてしまった。


 それから三日三晩、私はタロウが残していった金属棒を抱いて、延々と泣き続けた。



 とある街の冒険者の宿。受付嬢が私に笑顔を見せた。


「ご用件は何ですか?」

「冒険者登録をしてくれ」

「では、名前と職業を」

「ソフィーア・ファロウ。機工師アーティフィサーだ」

「あら、珍しい……生産系職ですが、冒険者登録でよろしいのですか?」

「そうだ」

「分かりました。ではお持ちのスキルをランクの高いものから三つ、教えてください」

「機械作成、鉱物加工、鉱物採取」

「生産系スキルばかりですね……それでは高ランクパーティへの加入は難しいですよ?」

「構わん。その後ろに、戦闘系スキルが両手の指ほど並んでいる。どうせソロでしか活動しない。余計なお世話だ、早く登録しろ」

「わ、分かりました」


 受付嬢はしぶしぶ手続きを始める。 


「『黄昏の迷宮』に行きたいだけなのに、なぜあそこは登録者のみしか入れないのだ?」

「ちょっと待って下さい。あの迷宮は、Sランクの大ボスがいるところです。高ランクの戦闘職ですら数人は必要で」

「いいから、さっさとしろ!」


 私の剣幕に、受付嬢はもうそれ以上言葉を発することなく、手続きを終わらせた。


 これでやっと……


 黄昏の迷宮のボスが持ついくつかの素材で、ようやく作成が可能になる。

 私が作りたかったもの――異世界転送装置。


 タロウ。私はお前を追いかける。どこにいようが、必ず見つけ出してやる。逃しはしない。

 お前が私を抱くまでな。だから、覚悟しておけ。



《了》

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ぽんこつ勇者で悪かったな! たいらごう @mucky1904

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ