Episode:2ㅤ『Fallen Angel』

ㅤデジタル時計を確認する。《PMㅤ8:00》。意外と早く着いたようだ。私はエンジンを切ってバイクから下りる。私の右手には『AXEL』と書かれた石造りの看板が置かれている。



《都市特殊急襲部隊『AXELアクセル』》



ㅤ2300年に設立されたNIPPONの特殊部隊。行政機関、《軍事省》直属の組織。元はトーキョーの首都警察組織、《T.M.Pトーキョー・メトロポリタン・ポリス》の先鋭メンバーから構成され、NIPPONとしては随一の軍事力を誇る。対テロを主に活動しており、犯罪組織の検挙、弾圧を目的としている。


ㅤバイクを駐車場に止めると、走って入口に向かう。そして入口の自動ドアを抜け、ガラス張りのエントランスの中へ入っていくと、ドワースがタバコを吸いながら待ち伏せていた。私は走りを止め、歩いて彼に近寄る。

ㅤ外見はアフリカ系。身長190cmの筋肉質的な構造をした巨体。その上パワードスーツを着た姿はなかなか威圧的だが、植毛繊維が上手く頭の皮膚に同期せず、面倒臭いからスキンヘッドにしているという点は、あまりにくだらない。


ㅤ彼が着ているのは、アメリカ特殊作戦軍の『HOLUS計画』により制作された、《HOLUS(High Operator Light Unit Suits)》と呼ばれるパワードスーツ。装着者の防御、身体機能を向上させる目的で制作された軍用パワードスーツで、動作補助、視覚補助の役割を持つ複数の内蔵コンピュータ、それにより作動する動力型強化外骨格が備わっている。装甲については、『カーボンナノチューブ』を主体として構成された素材、《セクトロン》が使われている。そこに、磁性流体(電気を与えると硬化する物質)で出来たリキッドアーマーを組み合わせて、その強度性を上げている。アサルトライフル程度なら銃弾を受けてもダメージが装甲で吸収され、損傷に至らない程の剛性を持つ。



「遅かったな」



ㅤドワースはそう言って腕を振り上げ、手に持ったタバコを灰皿スタンドへ投げ捨てる。



《環境保護にご協力ください》



ㅤシュウウウン……という機械音を立てながら、スタンドから音声が流れる。ドワースはすこぶる嫌そうな表情を見せた。



「随分せっかちなのね。あの子もそう言ってる事だし、禁煙したら?」


「喫煙者差別だぞそりゃあ。何が環境保護だクソッタレめ」



ㅤドワースは愚痴を垂れながら、エレベーターの方へ歩いていく。それに続き、私も歩き出した。



「何にしてもそうだが、異端者を迫害する前に、理解しようとは思わんのかね。インドの詩人も言ってるだろ、『愛は理解の別名なり』ってな」


「理解する事と受け入れる事は違うのよ。理解を押し付ける事も傲慢なんじゃないかしら?」


「んな事言ったら、意見を通す事は全て傲慢って事になるだろ?ㅤそんなのは間違ってる、言論の自由ってのは何の為にあるんだ?」


「貴方がタバコを吸う為にあるわけじゃない事は確かね」私は仄かな笑みを浮かべる。


「冗談キツいぜ、民主主義の国だろここは?」



ㅤ怒りを吐き出しながらエレベーターの前まで着くと、ドワースは乗降用ボタンの上を押す。彼みたいなのを『ヘビースモーカー』と呼ぶのだろう。ドワースの愛煙家っぷりは相当なもので、酷いと一日三十本以上吸っている時もある。戦場での冷静な彼はどこへ行ったのか。エレベーターが降りて来るのが待ち遠しい程には、鬱陶しい。



「にしても、通信機能があんのに、いちいち集まらなきゃならないってのは面倒だな」


「盗聴されるよりかはマシでしょ?」


「まぁな。ただもっと便利な機能は無いものかねと思っただけだ」



ㅤドワースは大きく肩を竦めながら、口角を下げる。確かに、通信機能で複数人会話することも可能だ。しかし、それぞれが遠距離で通信している場合、盗聴遮断用のプロテクトをかけられない場合が多く、敵に通信を聞かれる可能性がある。また、仮に盗聴遮断プロテクトをかけたとしても、遠距離間だとプロテクトが弱くなる為、ハッキングにより盗聴される場合もある。その対策として、会議室には個人プロテクトよりも強度に設定された、外部からのハッキング遮断の為の構造が成されている。私から言わせれば、これほど便利なものは無い。



《ピーンポーン♪》



ㅤと、そうこう考えている間に、エレベーターの到着音が鳴った。目の前の扉がゆっくりと開いていく中、ドワースが私の方を見る。



「さ、大佐もお待ちかねだ。早く着替えてこいよ」


「ええ」







――AXEL基地、第三作戦会議室。



ㅤドワースと共に会議室の扉を開くと、円形の机の周りには多くの男性陣が腰掛けていた。見渡すと、グリフォンチーム、アームズチームのアルディノイドが各四人、指揮官制服を着た男性が二人。様子を見るに、既に何かを話し込んでいたようだ。



「おお、来たか」



ㅤ私たちに気づいて声を掛けたのは、指揮官制服を着た初老のアメリカ系男性、『ローベルト・フォスター大佐』。



「状況は?」



ㅤ私が質問しながら椅子に座ると、ローベルト大佐は部屋の電気を消して、机の真ん中にあるホログラム装置を起動し、犯人らの詳細をデータから呼び出した。

ㅤウゥゥン……という音を立てた後、青と緑のシグナルカラーで構成された土地のマップや、ヘルハウンドに所属するアルディノイドのデータが表示された。周りのアルディノイドはそのホログラムの光に照らされ、表情の影を強くしている。



「『CIRO内閣情報調査室』んとこのスパイが、奴らの密輸ルートを掴んだらしくてな。今夜は武器の保存の為に『秋川キャニオン』の森林地帯にある拠点で留まってるみてぇだ」



ㅤドワースがそう言うと、ローベルト大佐が頷きながらホログラムを操作する。すると今度は、メキシコ系の男の写真がアップにされた。



「その通り。この男が今回の首謀者だ。名前は『エドアルド・モンテス』。三十路辺りのメキシコ系男性の外観をしたアルディノイドだ。調査の結果分かった事だが、彼らはネオジーストの信者だと言うことが判明した」


「ああ、あの『広告代理店』の」



ㅤグリフォンチームのアメリカ系兵士、『カイル・スティールギア一等兵』が、短めのショートバック&サイドヘアーの髪をかきあげながら笑い、口を挟む。冗談で構成された語彙による、減らず口が絶えない男。剽軽な性格は相変わらずだ。


ㅤカイルの発言の直後、二人の笑い声が会議室に響いた。私が率いるグリフォンチームの連中だ。緊迫した雰囲気の中で大笑いをカマしているのが、アメリカ系中年兵士、『ハワード・ラブマックス上等兵』。その隣で同じく大笑いしているのが、アフリカ系若者兵士『セス・サイドマン二等兵』。二人は盛大に笑いながら、仲良く拳を突き合わせている。いつもながら楽しそうな連中だ。

ㅤその様子を見て、退屈そうに肘を立てているグリフォンチームのアルディノイドがいる。外見年齢は三十代程の日系兵士、『ケン・スワべ一等兵』だ。彼らに対するケンの反応もいつもと同じ。彼は元々寡黙なのもあるが、能面のような無表情を決め込んでいる為、イマイチ思考が読み辛い。

ㅤ周りを見ると、ケンと同じようにアームズチームの人間も面倒くさそうな目を向けていた。これも何ら変わらない、常日頃から見る光景だ。



ㅤ《ネオジースト》。



ㅤ昔活動していた宗教の派生団体。神への捉え方を改め、新たな思想を得た者たちだ。



『肉体の器の違いに意味は無い。データに植え付けた魂にこそ意味がある』



ㅤ神は我々を試している。データという体を持ってして、何を考え、何を行うのか。などという盲目的で時代に侵された考え方を持ってはいるが、あくまでそれは建前だ。基本はアルディノイドを制作している会社、《テクノボット》との提携で活動を行っている。ネオジースト全体がそうだという訳では無いが、会社のパーツを宣伝、又は違法改造し、信者に売り付けている過激派も存在する。それを認知している警察組織や政府からは密かに『広告代理店』と呼ばれている。



「言い方は良くないが、まぁ間違ってはいない」



ㅤローベルト大佐がそう言って呆れた表情をする中、その横で必死に笑いをこらえている指揮官制服の男性がいる。外見年齢は四十路程で、金髪をきっちり整えたスリックバックヘアーが目印のアメリカ系男性、『マクス・ルーリード少佐』だ。



「それにしても、ヘルハウンドってネオジーストと手を組むような奴等だったの?ㅤ独立した過激派集団だと思っていたけど」



ㅤ私の質問に、マクス少佐は咳払いをしてこう答える。



「元々繋がりはあったようだ。前に一部を検挙しただろう?ㅤ後で分かったことだが、あの中にも信者は紛れ込んでいた」


「テロリストと過激派宗教団体が手を組むなんて、物騒な世の中になったものね」


「なに平和ボケかましてんだ大尉?ㅤ今の憲法第9条が何のためにあるか知ってるか?ㅤ戦うためさ」



ㅤドワースがそういって、自分の腕を叩く。それもそうだ。日本国憲法第9条は、250年前に改正された。それは、アルディノイドが世界に普及したからである。民衆による違法改造したアルディノイドの襲撃事件が相次ぎ、既存の武装では防ぎきれないと多くの警察組織や自衛隊、特殊部隊が政府に訴えた。その結果、政府は後に憲法第9条の改正案を出し、各部隊の装備の見直しを図った。国民には銃器の所持を義務付け、米国のような銃社会を実現させた。その結果どうなったかは、言うまでもない。



「とにかく、だ。連中を出来るだけ多く検挙するんだ。分かるな?ㅤ『派手に暴れ回るな』という事だ」



ㅤローベルト大佐の言葉に、カイルはムッとした表情を浮かべながら「それは是非、相手に言ってほしいもんっすね」と言った。それに続き、ハワードも不平をこぼす。



「全くだ。毎回毎回割に合わねぇっつんだよ。俺たちゃ基本、相手が撃ってくるまで手を出せねぇ。最初っからテロリストと分かってりゃ別だがな?ㅤだがあいつらは容赦なしさ。不必要にバンバンと鉛弾を撃ち込んできやがる。これでどうやって『派手に暴れ回るな』ってんだ?ㅤ軍事介入の時だって、まともな手当すら付かねぇんだぞ?ㅤだいたいよ、保険制度の改正なんてしてる暇あったら、特殊勤務手当の増額をしろってんだ、政府のジジイ共は」



ㅤハワードの言葉に「そうだそうだ!!」と野次を入れるセスとカイル。私は呆れて額に手を当て、目を瞑りながら首を左右に振る。ドワースも「ったく……」と言いながら目を回している。ケンも同じ様子のようだ。

ㅤどうして彼らはいつもこう、無駄口を挟みたがるのか。今はもう慣れきったが、新人時代の女性寮が懐かしい。比較的冷静なドワースやケンのおかげで何とかチームはまとまっているが、放っておくとこれだ。



「金銭の為にやるわけじゃないでしょう?ㅤ平和の為に尽くす、ただそれだけの事。上が何をどうしてようが、私たちには関係ない。与えられた仕事をこなせばいいのよ」



ㅤ腕を組みながら、私は彼らにそう言った。するとカイルは「はいはい、姐さんの言うことは絶対っすよ」と不満そうに従った。



「いい加減にしとけ、話が進まん」



ㅤケンがそう言って睨みつける。カイルはケンから目線を逸らし舌打ちをすると、「わかったよ」と言いながら、口をジッパーで閉める振りをして黙った。その様子に嫌気がさしながらも、ケンの気遣いを無駄にする訳にも行かず、そのまま話を進める。



「……それで、敷地内の人数や警備の状況は?」



「ああ、現在拠点に潜伏してるのは10~15人程のようだ、警備の数は分からん。作戦時にドローンを送るから、正確な数はその時に確認してくれ。まぁこれは予想の範囲内だが、視界が良好じゃない夜の森林地帯だ。拠点付近は巡回型、少し離れた場所に、高所からの迎撃型を配備して、周りを固めているだろう。どちらにしろ、警備の数には気をつけろ」


「連中の装備はどんなもんです?」ドワースが質問する。


「テロリストの拠点だからな、銃火器が大半だろう。『M2HBㅤ50口径』を搭載したテクニカルも複数確認されている。重装備で行け」


「了解」



ㅤドワースはローベルト大佐に対し、そう言った。

ㅤまた今日も私達は、平和の為に戦う。これが「生きる」手段なのだ。ここに配属された時から、それはずっと変わらない。

ㅤいつか何もせずとも、平和な時代が訪れる事を心の底から願っている。しかし、そんな願いとは裏腹に、何百年も何千年も、人間からアルディノイドに変わっても、私達は戦い続けてきた。



ㅤ平和とは、一体何なのだろう。







《降下2分前》



ㅤ現在、私達は高高度を飛行するVTOL垂直離着陸機、《XV―67ㅤナイトガルーダ》に乗り込み、その機械音が鳴り響くのを聞きながら、目的地に到着するのを待つ。キャビン内にはグリフォンチーム、支援に来たアームズチームを含め、計十人が待機している。

ㅤいつもならあまり気にならないが、なぜだか今日は妙に周りがうるさくて仕方ない。私は出来るだけローターの騒音を気にしないようにしながら、手探りで装備の確認をする。

ㅤメインウェポンのアサルトライフルに《H&K XM10 カービン》。そして、サブウェポンのハンドガンに《グロック55c》。《スタンナイフ(スタンガンの機能が内蔵されたナイフ型武器)》。《EMPグレネード(電磁パルスを発生させる手榴弾)》が二つ、《XM111(破片・衝撃切替型手榴弾)》が二つ。特に問題は無い。



《今更装備の確認か?ㅤアンタらしくもない》



ㅤドワースが思考音声通信で話しかけてくる。



《気を紛らわす為よ。ローター音がうるさいから》



ㅤ上を指差して話す私に、ハワードが笑い出す。



《大尉、今頃音に気づいたんです?ㅤ勘弁してくださいよ、命預けてんだから》


《分かってる。ただ、妙に音が気になるだけ》



ㅤ私がそう言った後、向かい側に座っていたカイルも思考音声で口を挟んでくる。



《おいおい、縁起が悪い事言わんでください。アンタに死なれてもらっちゃ困る。誰が姐さんの代わりをやるってんですか?》カイルは前のめりになりながらハワードを指差す。《ハワードは辞めてださいよ、コイツの女装姿は見たくないんでね》



ㅤカイルが冗談を言うと、ハワードも悪ノリを始めた。



《あら、酷い事言うじゃない?》



ㅤ内股になり、異様に瞬きを繰り返しながらハワードがそう言った。その様子を見て、ローターの音が掻き消える位に周りは大笑いしていた。私も思わず、声を漏らして笑ってしまう。

ㅤおそらくカイルは、私を含め緊迫したキャビン内の雰囲気を和らげる為に、こんな冗談を言ったのだろう。こういう気を会議中にも配れないものか。



《カイルには同感ね》



ㅤ私は笑顔を向けてそう言った。しっかりしなければ。隊長として、責任を果たさなければならないというのに。こうも注意が散漫では任務どころではない。私は目を瞑って気を落ち着かせると、アサルトライフルをぐっと握りしめた。



《降下1分前。ハッチ開放。固定ベルトを外し、降下準備を整えて下さい》



ㅤナイトガルーダに搭載された電子音声がそう告げると、大きな機械音を立てながら後部ハッチがゆっくりと開いていく。同時に、飛ばされそうな程の冷たい強風も入ってくる。私達はベルトを外しながら、キャビン上部に備え付けられたアシストグリップに捕まり、降下のカウントダウンを待つ。開放された後部ハッチからは、灰の雲と人工照明による星々の微かな光が見え隠れしている。



《まさかビビってんのか?ㅤ大尉》



ㅤ軽口を叩きながら、ドワースは笑う。



《ふざけないで。そんなわけないでしょ》


《どうだか。アンタ今日は様子がおかしいからな》


《気のせいよ。集中して》


《それはこっちのセリフだよ》



ㅤドワースは呆れた顔をしながら、後部ハッチの方へ近づいていく。まぁ確かに、そう思われても仕方ないだろう。自分でも思うのだから。



《降下5秒前》



ㅤ時間だ。私もドワースに続いてハッチの方へ近づいていき、降下用のゴーグルを付ける。



《4、3、2、1……》


《降下開始》


ㅤ電子音声の合図と共に、先導を切ってドワースが後部ハッチから飛び降りた。仲間たちも続いて、次々と空中に身を投げていく。集中しろ。任務だけに意識を向けろ。私はそう自分に言い聞かせながら、彼らに続いてハッチから飛び降りた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る