第55話 人の心

 

「もしもし?凛ちゃん?」


 優しい声が聞こえた。


「はい、凛です」

 わたしは、緊張からこわばった声を出していた。


「ごめんね。電話取れなくて。それで、いきなり電話してきてどうしたのかな?何かあったの?大丈夫?」

「はい、大丈夫です。その…いきなり電話してすみません」

「ううん。凛ちゃんみたいに可愛い子からの電話ならいつでも大歓迎だよ!」


 千里さんは、私を包み込むようなゆったりとした口調で、突然電話してきたはた迷惑なわたしのことをフォローしてくれた。


 そこで、わたしは本題に入る前に心を落ち着けるために一度深呼吸をした。


 千里さんに家庭教師を辞めた理由をちゃんと聞かなくちゃならない。

 もしも、わたしに遠慮して家庭教師を辞めたのならば…けんたろーの告白を断ったならば、全力で千里さんのことを説得しなくちゃいけない。

 そうじゃないと、わたしは大好きな人を傷つけてしまった私のことが許せなくなる。


「…あの、言いにくいんですけど」

「どうしたの?」

「どうして、けんたろーの家庭教師を辞めちゃったんですか?」

「…」


 電話口で息を吞む声が聞こえた。

 一瞬の沈黙が訪れる。


「…それは、忙しくなっちゃって」


 一瞬の静寂の後、取り繕ったような急ぎ足の声が聞こえた。


『ここだ!』


 私は、そう思った。

 ここで、千里さんの本音を引き出さなければならない。

 ここで、優しすぎるお姉さんの本音を引きずり出さないと一生後悔しちゃう。


 だから、私は


「噓だよ!」


 そう叫んだ。


 私は、彼女がそこまで忙しくなっていないのを知っていた。

 彼女のバイト先や彼女の学校の日程などをアーリンなど先輩や友達に聞きまくって、彼女の『忙しさ』を知っていた。

 …ちょっとだけ、盗聴器とかのずるをしちゃったのは内緒だけど。

 私だって、色んなことがあって反省はしているけど時間がなかったから、仕方ないよね?…よね?


 ゴホン


 そんなことよりも、今は千里さんのことだ。

 わたしは、千里さんを追及していく。


「だって、千里さん新しくバイト入れたりしていないよね?」

「そ、それは、学校の授業が忙しくなって人の勉強なんて見ている暇がなくなったの。」

「でも、同じ学校の千鶴さんが家庭教師をやっているよね?」

「ち、千鶴ちゃんは天才だもん」


 千里さんは、焦って子どもっぽい言葉を発してくる。

 同姓の私から見ても可愛い。


 ずるい!


 私の脳裏には、こんなに可愛い家庭教師をみて、顔を赤らめるけんたろーのことがはっきりと映し出された。

 でも、わたしは自分の決意を信じて突き進む。


「だからって、千里さんは途中で仕事を投げ出したりする人じゃない。それに、学校が忙しいんだったらなおさら、千鶴さんに頼むなんて有り得ない。いくら、千鶴さんが天才だからって同じくらい忙しい人に頼むなんて有り得ない」


 私は、千里さんの優しさを知っている。


 わたしの恋を応援してくれる千里さんの優しさをよく知っている。


「っ!違うもん。わたしは自分勝手だから同じくらい忙しい千鶴ちゃんに頼んじゃったし、無責任だから途中で家庭教師をやめてけんたろー君にも迷惑をかけちゃった」


「噓。噓。ぜーーーーーーーーーーーーーったいうそ!!!」


 わたしは全力で否定した。

 そして、言葉を続ける。


「あんな長時間の勉強合宿を開いてくれる人が自分勝手なわけない。あんなに優しく教えてくれて恋を応援してくれた人が優しくないわけがない!」

 そこでわたしは言葉を切って核心に迫る。

「好きになっちゃったんでしょ?けんたろーのこと」


 その言葉を自分の口から出して、わたしは泣きたくなった。


 ここで、

『もしも仮に千里さんがけんたろーに恋をしていなければいいな』

 なんて思ってしまった。


『そしたら、千里さんに振られたけんたろーを慰めてけんたろーの空いた心の隙間、『恋心』という隙間に入ってしまえるのに。』


 そんなことも思ってしまう。


 千里さんはけんたろーへの『恋心』を言及する疑問にしばらくの間押し黙った。


「そんなことはないよ」

 感情の読めない平坦な声がスマホから流れてきた。


「噓だ!」


「ホントだよ。むしろ、けんたろー君、いっつも胸ばかり見ているしエッチな本も隠しているしホントは大っ嫌い。母親から頼まれたから義理もあるし、家庭教師をやってあげていただけだよ」


「噓!」


 わたしは千里さんからの望んでいたはずの独白に否定の言葉を返した。

「そんなことないよ。ホントだよ。私は健太郎君が嫌い。知っている?健太郎君ったら私がちょっと優しくしただけで、私に告白とかしてきたんだよ。勘違いも甚だしいよね」

 衝撃的すぎる言葉が次々と発せられる。


「けんたろーのことを悪く言わないでください!けんたろーは、本気であなたのことが好きなんですよ!それなのに、私に陰で悪口を言うなんて最低すぎます。しかも、直接告白の返事もしていないらしいじゃないですか。そんなの性格が悪いとかじゃなくて、ただの弱虫ですよ!弱虫!嫌いならはっきりと言えばいいじゃないですか」


「っ!」

 何かを言おうとして我慢したような、息を無理矢理飲み込む音がした。


「とにかく、直接言ってください。私たちの学校で文化祭がちょうど2週間後にあるので、それに来てください。そこで、けんたろーに向かってはっきりと返事をしてくださいね!」


 それだけ言って、わたしは電話を切った。


 これ以上、けんたろーの悪口を聞きたくなかった。

 これ以上、千里さんの口から悪口が出るのを避けたかった。


 千里さんのホンネは全然わからなかった。

 千里さんがけんたろーの悪口を言ったから思わず怒鳴ったけど、あれはホンネだったのかな?

 今までの態度を見ればホンネじゃないような気がする。だけど、電話口の声だけで判断するとホンネな気もする。

 全っ然わからなかった。


 そして、千里さんの言葉に『ムカつき』と共に、安堵感を得た自分にやっぱり嫌気がさした。

 だけれども、身体は正直で、体調はここ一ヶ月で一番良くなっていた。

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俺が美少女女子大生に恋をしたら幼馴染からの拷問が始まった件について keimil @keimil

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