第38話 模試


「けんたろー。凛ちゃんが迎えにきたよー。」


 あれ?今日は一緒に行く約束はしていないんだけどな。


 真夏の灼熱の気温からか、緊張からか汗が噴き出す。昨日考えた模試の緊張とはまた違った緊張が出現する。

 どんな顔で凛と会えばいいのやら。



「おはよー。けんたろー。千鶴さんの家は広くてよかった~?」


 満面の笑みで声をかけてくる。…何でこの幼馴染は私が千鶴さんの家に行ったことを知っているのでしょうか?


「えっと、何で知っているんだ?」


「何でもいいよね?」


 猫なで声で凛が声をかけてくる。可愛い声で可愛い幼馴染が笑顔で声をかけてきてくれているのに汗が止まらないよ?

 どうして?


「いや、でもやっぱりおかしいような…」

 だって、流石のコミュ強の凛も、千鶴さんの家に俺が行ったことを知っているのはおかしい気がする。


「それよりも、今日はテストだけど大丈夫?」


「ああ、バッチリだよ。凛は?」


「私もだいじょうぶ!」

 イェイと言いながら、凛がいつも通り天然っぽくピースをしてくる。やっぱり怖いと思ったのは気のせい?


「そっか。じゃあ、行きますか、いざ決戦へ。」


「おー。」


 凛は飛び跳ねるようにして拳を天高く突き出した。

 *


 会場に入ると、どうやら凛とは違う教室だということが分かったので、それぞれの教室に入る。

 午前は、数学と英語だ。

 *


 集中して挑んだテストはいつもよりも早く終わった。


 数学は、何も書けない大問はなかったし、計算ミスの確認もできた。

 あまりにも難しいと思った問題は諦めてしまって、解ける問題を確実に解く、という方針が功を奏したような気がする。


 英語はいつも通りに読んだ。英語は毎日の積み重ねと言われたのでコツコツと長文や単語を勉強したので少しだけ早く読めるようになっていた。難しいと感じる問題もしっかりと文法に沿って時間をかけてできたので手応えがある。


 お昼になると、凛が俺の教室にやってきた。


「けんたろー、模試は、どうだった?」

「数学は少し分からない問題もあったけど、結構できたぞ。英語は元々得意だったから大丈夫だしね。凛は?」

「う~ん、ちょっと、公式忘れていた以外は時間はバッチリだったよ。」


 凛はVサインをしてくる。英語はどうだったのかと言いたかったが。…まあ、まだテストもあるし、テンション下がりそうなことは聞かなくていいか。


「それよりも、良かったら、私が作ったお弁当食べてくれないかな?…千里さんの料理ほどは美味しくないだろうけど。」


 自信なさげにちらちらと、こちらを向いて言ってくる。その様子をみて、やっぱり、俺のこと好きなんじゃないかって痛いことを思ってしまいそうになる。

 陰キャがつけあがるのも大概にしないとな。

 あれだけ、千鶴さんにそんな訳ない、って笑われたんだし反省しないと!凛のは、好意じゃなくて、厚意だ。うんうん。


「いや、幼馴染の凛が作って来てくれただけで嬉しいよ。でも、テストの日に無理はするなよ。」

 教師として注意しつつも感謝する。


 幼馴染がせっかく作ってきてくれたんだから嬉しい気持ちは本当だ。


 ・・・


 いや、待てよ。

 もしかして好きな奴ができてその人に作ってあげるために、俺に味見をさせているのでは?


 凛は快活な割には奥手で慎重なところもあるから、あり得る。

 そう思ったら、そのための味見は嫌だなって思った。

 とりあえず、ボッチの必須スキル『盗み聞き』で凜の好きな奴が誰かを暴きだしてやろう。


 もしも、くそみたいな奴だったら絶対に付き合うなんて許してやらん!俺は、固く決意をする。


「とりあえず、玉子焼きとか食べてみて欲しいな。」


 そう言われて、凛が作ってきたおかずの一つの黄金の卵焼きを一口食べる。


 あまーーーーい!


 砂糖を食べているような甘さだ。しかも、色々な甘さがあって一言でいうと不味い。ってか、ガリガリっていうんだけど。

 凛さんや。卵の殻とか入れとらんかね。


「ど、どうかな?」


 凛が期待を込めた目でこちらを見てくる。


「えっと、色が綺麗だね。」


 卵の殻が入っていたことは言えず誤魔化してしまう。


「色とかじゃなくて味は?けんたろーが甘いの好きだから、砂糖にハチミツ、メープルシロップもいれたんだよ。後は、ママに言われて黒砂糖もいれたんだ。」


 いたずら好きの紗栄子さんのニヤニヤする姿が目に浮かぶ。

 あとでぶっ飛ばす。…とはいえ、これを食べて不味いってその男が思えば、凛に変な害虫が寄り付かなくていいのか?


「おいしいよ。ただ、もう少しオーソドックスな味も食べてみたいかな。」

「そう、よかった。けんたろーに美味しいって言ってもらえてよかったよ。」


 ほっとしたような表情を凛が浮かべる。

 そして、再びこちらを見てくる。

 はやく食べて。と言われているようだ。


「えーっと。でも、ちょっと、テストに緊張して食欲がないみたいだから後でもらうよ。」

「やっぱり美味しくなかった?そうだよね。けんたろー、優しいから不味いって言わないもんね。ごめんね。大事な日にこんな不味いもの出しちゃって。」


 寂しそうな顔で凛が謝ってくる。

 その表情をみて、俺は覚悟を決める。ここで食べなければ男が廃る。

 凛がくれた弁当を一気にたいらげる。


「大丈夫だぞ。ホントに美味しかったから。ただ、ご飯と一緒ならもう少し甘くない方がいいかな。」


「わあ。ホントに全部食べちゃった。でも、無理していない?」


 心配そうな眼で凛が俺を見つめてくる。


「大丈夫だよ。無理なんてしてねーよ。」

「そっか。作ってよかった。」

 嬉しそうにはにかむ凛をみて食べてよかったと心から思えた。


 その後、凛と別れ、模試のために切っていたスマホの電源をつける。

 すると、珍しく三件もラインが来ていた。

 とりあえず、一番新しいラインを見る。


 紗栄子: あの、どろ甘な玉子焼きを食べたんだって?凛から聞いたよ!いやー、あんな不味いのを食べるとはうちの娘への愛情ですなぁ。いつでも嫁にあげるよ。いやー、けんたろー君の愛情も知れて私は嬉しいよ♡


 うぜー。

 とりあえず、既読スルーする。マジで気力を持ってかれた。

 まだ、模試が半分以上残っているんですけど…。やる気なくなるわ!


 二通目は、千鶴さんからだった。

 千鶴:やっほー!!久しぶり!模試は今日だったよね?目標は偏差値六〇でしょ?今の健太郎君ならいけるよ、きっと。でも、偏差値六〇なんかで満足しないように、大チャンスを上げちゃうぞ。もしも、偏差値六五以上いったら年上銀髪美女の私が脱童貞させてあげるぞ♡


 これには、返信した。


 健太郎:そんな罰ゲームは嫌なので勘弁してください。多分、銀髪ビッチによって脱童貞させられる点数を取っちゃうんで。


 千鶴さんは、今の俺ならば偏差値六五すら出せる可能性があると、遠回しに応援してくれているんだろう。


 だから、普段通りに俺は強気なことを千鶴さんにいう。


 その時、ラインがまた追加できた。紗栄子さんだった。

 あまりみたくないけど、一応みるだけみてみる。


 紗栄子:私の嫁からのラインをスルーとはどういうことだ。最近、調子に乗っているんじゃないかね?あと、俺の目の黒いうちは貴様なんぞに私の世界一可愛い娘はやらん。(世界一の美少女の娘と世界一可愛い嫁を持つ夫より)


 どうやら、黒縁メガネの凛のお父さんが紗栄子さんのスマホでラインをしてきたようだ。

 とりあえず、()の中の修飾語がうぜー。

 スルーしよ。


 そして、一番大事な人からのラインを最後に見る。

 そこには、

 千里:大丈夫。けんたろー君ならできるよ。ファイト!私の可愛い後輩になるために頑張って。けんたろー君が後輩になったら嬉しいです。そのための一歩が今日です。私にできることはないけれどけんたろー君の精一杯がみたいです。


 なんて嬉しいことを言ってくれていた。

 これには、返信をしないでおく。それよりも、勉強した方がいいと思ったから。

 その方が千里さんの期待に応えることになると思った。

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