第2話 あの夏へ戻る準備

 おいおい。

 母は気合い入れて朝飯作り過ぎだろう。

 椅子に座ると、ユウキがせっせと給仕してくれた。

 山盛りのご飯。パリッと焼けた鮭、大根おろしが優しく添えられている。パックの納豆と海苔。それにウインナーが3本と目玉焼き。さらに豆腐とわかめの味噌汁。


 味噌汁から箸をつける。ダシは包装しているものだろうけど、いつものコンビニや飯屋の味噌汁より、明らかに風味があって美味しい。

 少しでも自炊しろよ、俺って感じだな。

 そう自嘲していると、対面に座ったユウキがニコニコと微笑んでいる。


 気にせず、納豆を混ぜ、海苔と一緒に米をいただく。

 おかずが引き立つお米は流石、東北の米どころだなーと思う。向こう仙台も東北だけど、子供の頃から食べている米はみずみずしい方だ。

 それに久々に朝ごはんを優雅に食べている。いつも寝坊で抜いてしまうんだ。


 俺はしみじみと口を開いて言った。


「こういう時間も良いな」

「夏だからバテないように、たくさん食べてね」

「うん? 食うけど……お前が作ったの?」


 冗談のつもりだった。するとドヤ顔のユウキは、平たい胸をこぶしで叩いた。


「昨日の夜、キョウくんが寝ちゃったから、今朝会おうと思って、少し前から料理してスタンバイしていましたぁ!」

「気が利くな、お前。えっと、彼女飯じゃなくて……幼馴染飯?」


 俺はウインナーと目玉焼きを食べながら、素朴に言ったつもりだ。

 最初は目が輝いていたユウキが、最後の言葉まで聞くと淀んだ目になっていた。

 コロコロ表情が替わって、昔から面白い奴だったけどさ。

 急にうちの店から帰れみたいな、締めのお茶が入ったコップが机に乱暴に置かれる。


「へい、お茶!」

「おお、サンキュ」


 お茶をグッと飲んだ。すると、ユウキは難しい顔で俺の顔を見つめた。怒っていらっしゃるのか。


「怒っていないよ。ちゃんと忘れないで、帰って来たからね、3年ぶりに!」

「怒っているじゃないか」


 俺はコップを机に置いた。

 ユウキは俺の右手をそっと両手で包み込んだ。心配そうな顔をしている。


「私は看護学生になったんだ。だから、キョウくん、そんな疲れた顔していると分かっちゃうんだよ。ずっと向こうで無理していたんじゃない」

「そんなことッ!……」


 驚いて声を荒らげるわりに、やっぱり言葉が続かない。

 それより、俺はどうしてしまったんだろう。意識的に向こうでの生活を忘れようとしているようだ。

 実際に心身ともに疲れているので、否定できなかったのかもしれない。


 頑張って話そうとするが、魔法で記憶を消されたように、口が動かない。

 ユウキは首を左右に振って、ダメっと優しく諭した。


「キョウくん、向こうで変わろうと急ぎ過ぎたんだよ。でも、この街は変わっていないよ。だからさ、夏の魔法であの頃に戻ろうよ」

「うーん、あぁ、悪くないかもなぁ」


 あの頃は何をしても楽しかった。

 真夏の日。2人で網をもって、虫を追いかけた。川で石を転がし、水辺の生き物を観察した。

 バスケットボールも河川敷のコートでしたし、疲れたら家の庭で青いアイスをかじった。

 でも、20歳という大学生同士でする遊びか、それ。


 俺が真剣に腕組みして考えていると、ユウキは屈託ない笑みを漏らした。

 本当に、その笑い方は少年のようで、幼さがあるけど、格好が成人女性なんだよな。


「おっけー。今日はそういう1日にしよう。洗い物したら、外で遊ぼうね!」

「あいよ。確かに、子供なのか、大人になったのか、田舎の夏休みは悩ましいな」

「良いの! これがローカルルールだから! 自転車のタイヤの空気入っているか、確認してきてよ!」


 何だ、その田舎ルール。

 ユウキが嬉しそうに鼻歌をしながら、洗い物をしているのを見つつ、俺は居間を出た。


 うわー、外は炎天下。暑い夏真っ盛りって感じな空気だ。

 青い空とその下で、自転車のタイヤの空気を確認している俺は、まだ童心に帰れずに作業していた。

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