第6話 合法と違法(淫行)の基準

 俺の大声に、ちょっと恥ずかしそうに下を向く美玖。


「ご、ごめん……ちょっと驚いたから声が出た。けど、文部科学大臣賞って、かなりすごい賞じゃないか。結構騒ぎになったんじゃないかな」


「えっと……そうですね、新聞には載りました。けど、美術の家庭教師の先生からアドバイスをもらったりしたので、自分一人だけの力っていうのでもないと思いますよ」


「いやいや、美術の先生にアドバイスをもらうのは中学生なら普通だから……って、家庭教師?」


「はい、両親がそういうのに熱心だったので……」


 この子、本物のお嬢様だ、と確信した。

 そんな子が、定期的に俺のアパートに来て、ご奉仕?

 それに……アルバイトをしているって言ってたけど、お嬢様なのに?

 なにか、いろいろ腑に落ちない点があるので、


「えっと、じゃあ……どんな絵だったか、検索してみてもいいかな?」


 中学校の時とはいえ、文部科学大臣賞といえば、全国でも有数の賞だ。名前ぐらいはスマホの検索でもみつけられるはずだ。


「あ、えっと……」


 困惑する彼女。やっぱり、嘘だったのか?


「……私、中学三年生のときに両親が離婚しちゃったので、名字変わっているんです。ですので、前の名前の方で探していただければ……」


 彼女はそう言って、今とは別の姓を教えてくれた。


「ご、ごめん……変なこと聞いちゃって……」


「いえ、土屋さんが気にされなければ、大丈夫ですよ。私にとってはそんな状況も試練の一つ、ですから」


 また笑顔に戻り、何でもなかったように話す彼女。

 なるほど、神主さんに相談したのって、そのことか……。

 アルバイトしているって言うのも、生活環境が変わったからかもしれない。


 ちょっと気まずい雰囲気になりながら、彼女に教えられた名前と「文部科学大臣賞」という名前で検索すると、確かに引っかかってきた。

 県南の海と船を大胆な構図で描いた、インパクトのある絵だった。


「……確かにすごいな……俺、小説を書いているけど、その挿絵とか描いてくれる人探していたんだ。ネットで描いてもらったことあるけど……」


 そう言って、スマホに保存していた一枚のイラストを見せた。

 書籍になる前、投稿サイトに載せていた、天女が羽衣を纏った姿だ。


「……綺麗な絵……これは水彩画では表現できないですね……」


 興味深そうにそれを見て、独自の視点で感想を述べる女子高生。

 そしてこれに支払った金額を言うと、彼女は目を見開いて驚いた。


「そう、この一枚にそれだけのお金がかかってるんだ。だから、君がこんなふうにイラストを描いてくれるなら、きちんと報酬を払うよ」


「……でも、私、パソコンを持っていないので……」


「だったら、当面は色鉛筆や水彩画、単なる鉛筆画でもいいよ。スキャナで取り込めばいいし。もしさっき言ったようにアパートに来てくれるなら、PCを使わせてあげるし、操作方法も教えるよ。それなら、一日一万円ぐらいは支払えるかな……」


「え……そんなに、ですか? 私、本当に単になにか、お手伝いできればいいって思っていたんですけど」


 目を輝かせて嬉しそうにする美玖。


「ああ、さっきイラストの代金、教えてあげただろう? それと比べれば安いぐらいだ。アルバイトと思えばいい。それなら他のバイトを減らせる分、もっと来られるんじゃないかな?」


「それが本当なら、夢のようですけど……」


 俺の言葉に、さらに涙を浮かべるように喜んでいる。

 しかし、夢のようなのは俺の方だ。


 こんな美少女、それも大きな賞を取るような絵の才能を持つ子が、毎週俺のアパートに来てイラストを描いてくれると考えると、どれほど幸せだろうか。それが実現できるならば、月数万円の出費など安いものだ……いや、それで挿絵をふんだんに使った小説が注目を集めたり、同人ソフトとして売り出して利益が出るならば、収入面でもプラスになるのではないだろうか。


 ……と、そこまで考えてニヤけていたところで、現実に戻る。

 そこには、大きな壁が存在した。


「……けど、そのためには保護者の許可が必要だよ。お金をもらってイラストを描くことにも、俺のアパートに通うことにも」


 それが、どれだけハードルが高いことかは、自分で言いながら実感していた。

 いくらアルバイトを許容している親だとしても、見ず知らずの大人の男が個人で彼女を雇うと提案して、あっさり許可を出すはずがないのだ。


「あ、そうですね。お母さんに相談してみますね!」


 それでも、美玖は笑顔を崩さない。

 このあたりはまだ十六歳、その深刻さを理解していないようだ。

 その後、お互いにメールアプリ「レイン」に連絡先を登録して、飲み物代金は俺がおごってあげた。

 彼女は、自分が思った以上に成果があったようで、


「これから、よろしくお願いしますね!」


 と満面の笑みで帰って行った。

 俺としては、少なくともアルバイトの話は難しいだろうな、と思いながらも、連絡先が交換できたことには喜んだ。

 そしてその夜、まだこの日のことが信じられず、ネットで「女子高生 交際」という単語で、なんとなく検索をかけてみたのだが……。


「女子高生と成人男性の交際は違法」


「青少年健全育成条例違反」


「合法と違法(淫行)の基準、罰則や時効について」


 など、恐ろしい単語が次々に出てくる。

 お金を払ってアパートで二人きりになることだけでもヤバそう。

 うーん……これは無理だな……せめて彼女が十八歳以上ならば良かったけれど……。


 と、そこまで思案して、なぜかイラストを描いてもらうアルバイトのことだけではなく、交際についてまでも考えていたことに苦笑する。少なくとも、彼女は俺と付き合いたい、などということは一言も口にしていなかった。


 どちらかといえば、「アシスタント」に近い方向に話は進んでいたのだから。

 けれど、そういうことを考えてしまうということは……俺、美玖のこと、好きになってしまったのかな……。

 そんなことを考えながら、表示されたWEBサイトを確認していると……。


「18歳未満の女の子とHをしても合法なケース」


 という刺激的なタイトルの欄に、


「真剣交際の例として、保護者(相手の親)も認めてくれている交際や、婚約しているレベルの交際は合法になります」


 という記載があった。

 つまり、美玖が俺に恋愛感情を抱いてくれて、かつその交際を彼女の母親が認めてくれたなら、あの子とそういう関係になったとしても合法になる……。


 トクン、と鼓動が高鳴るのが分かった。


 いや、だめだ。

 そんな都合良く物事が進むはずもないし、そもそもあの子は、純粋に俺のファンとして、作品作りを手伝ってくれようとしているんだ……。


 そう考えながらも、そんな夢のような未来を想像するだけなら罪にはならないと、つい妄想に耽ってしまったのだった。

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