第5話 パートナー

「あなたは、神様」

「定期的にご奉仕、させていただけませんか?」


 ……彼女の、この二つの言葉の真意が分からずに、少し固まった。


「あの……すみません、突然すぎましたね……」


「いや、えっと……その、ご奉仕って、何かな?」


 ここは少し大人になって(大人だけど)、冷静に、何を考えているのかを尋ねてみた。


「えっと……具体的に、何かって決めているわけではないのですが……逆に、何か私にして欲しいこととかあれば、おっしゃっていただけたら、私にできることなら何でもします」


 ……何でも!?

 いや、この子……本当にヤバい子なんじゃないだろうか……。

 まだ少し固まっていると、彼女自身も少し困惑気味に、


「……といっても、私にできることって、あまりないのですが……それに、アルバイトをしているので、本当に月に一回ぐらいしか来られないのですが、何かお手伝いして、先生のお役に立ちたいのです」


 と言ってきた。

 その中で、「先生」という言葉を聞いて、ああ、そういうことか、と納得した。

 この子、俺のことを、「偉大な小説家の先生」というふうに勘違いしているんだ。


「お役に立ちたい」と言っているということは、つまり、弟子入りして、アシスタントになりたい、ということなのではないだろうか。

 そういうことなら、俺が弟子を取るほどの大先生ではない、ということをゆっくり話そうと考え、部屋に招き入れようとしたのだが……。


「えっと、君……今、いくつだっけ?」


「私ですか? 十六歳、高校二年生です」


 ……高二、十六歳の女の子を部屋に招き入れ、ご奉仕させる……うん、それだけ聞くと犯罪だ。

 この子なら、家に帰って両親にそう話すかもしれない。

 かといって、話も聞かずに追い返すのは可哀想だし、俺も後悔するだろう。


 そこで、近所の喫茶店に移動して、ゆっくり話をすることにした。

 二人で歩くこと、約三分。


「カフェ・オリーブ」は、座席数が100以上ある、かなり大きな喫茶店だ。

 木造の落ち着いた建物で、老若男女、いろんな人たちがくつろいでる。

 土曜日の午前中は比較的空いている……それでも、半分以上は席が埋まっている。

 四人掛けの席に二人で対面に座り、俺はアイスコーヒーを、彼女はアイスティーを注文した。


 ……周りの客からは、俺たちのこと、どう見えているだろうか。

 おしゃれにコーディネートされた十代半ばのとびきりの美少女と、二十三歳の、ジーンズに襟付きの白シャツというあまり特徴のない服を着ている俺。

 ……恋人同士、には見えないだろうな……。


 お互い緊張しながら、しばらく天気の話など雑談をしていると、アイスコーヒーとアイスティーが届いたので、俺も彼女も一口ずつ飲んで落ち着いてから、いよいよ本題に切り込んだ。


「えっと……さっきの、定期的に俺のアパートに来るっていう話だけど……それが、小説の書き方を教えてもらいたいとかいうならば、それはできない」


 俺はきっぱりと、弟子を取るつもりはない、ということを明言した。

 すると、一瞬彼女はきょとんとした顔になり、


「はい、それは考えていませんでした。私、小説を読むのは好きですけど、書くのは苦手ですから」


 ……へ? ……弟子入り希望じゃないのか? 

 ……いや、これって、俺が相当うぬぼれていただけか?


「……じゃあ、何が目的で、俺にご奉仕……いや、手伝いをしたい、なんて言ってるんだ?」


「それは、あの……先生が神様で……」


「……その神様ていうの、どっから出てきたのかな? あと、先生っていうの、ちょっと恥ずかしいから、普通に名前だけ呼んでくれればいいよ」


 本当はもう少しきつく言おうとしたのだが、彼女に嫌われたくないあまり、つい優しく言葉をかけてしまった。


「……はい、ごめんなさい。その説明の方が先でしたね……」


 そして彼女は、俺が「神」である理由を話し始めた。


「……実は私、去年の年末から今年のお正月にかけて、神社で巫女のアルバイトをしていたのですが……休憩時間中、すごく徳の高い神主さんに、これから自分がどうすればいいか、相談したのです……ちょうど私、いろいろと落ち込んでいる時期でしたので……」


 いきなり話が飛んだが、神社ならば「神」にまつわることなのかもしれないと、真剣に聞き入った。


「するとその神主さんは、『君は、実は天女が下界に降りてきて、修行している最中なのだ。そのことは、敢えて記憶を消しているから、覚えていないだろうけれども……だから、つらいことはすべて試練だ。そして、君と縁のある神様も、同じくこの下界に降りてきてその記憶を消し、修行している。近い将来、その化身である男の方と運命的な出会いを果たすだろう』と、お告げをくださったのです」


 ……なんと胡散臭い話なのだろうか。

 それって、「白馬に乗った王子様が迎えに来る」と同じレベルではないか。


「……それで君は、俺がその神様だと思ったのか?」


「はい、だってあんな出会い方して、しかも『天女』が出てくる小説の作者様……もちろん、それだけでなく……土屋さんからは、なにか、そういうオーラのようなものを感じます」


 ……うーん、本当に「神様」だと思い込んでしまっていたのか……。


「……けど、俺は神様じゃないし、小説だって、たまたま文学賞を受賞して一冊本になっただけだし……一応、連載はしていることになっているけど、最近は更新も止まっているし……」


「受賞して一冊本になるだけで、十分すごいですよ」


 微笑みながらそう語りかけてくれる、まだあどけなさの残る十六歳の美少女……正直、直視できないぐらいかわいい。


「……けど、それだと、君は何を奉仕……いや、手伝ってくれるんだ?」


「……えっと、お掃除とか、洗濯とか、お使い、ちょっとした料理……ぐらいしかできませんけど……」


 うん、とりあえず不純なことは考えていないようで、残念……いや、安心した。

 たしかに、こんな可愛い子が、まるで家政婦のようなことをしてくれることを想像すると、それはすごく嬉しく思うが、わざわざそれをやってもらうのも忍びないし、ましてや十六歳の女子高生ならば、やはりそれは誤解を招く。


 それならば、まだ弟子入りしてアシスタントしてくれる方が世間は納得してくれるかもしれない。

 しかし、小説家のアシスタントといったって……。


 と、ここで俺は、ある喉から手が出るほど欲しいと思っていた人材のことを思い出し、ダメ元で彼女に切り出してみた。


「……美玖ちゃんは、イラストとか描くの、得意だったりする?」


 今まで何人にも聞いて、誰一人として得意だと言われたことのない質問をしてみた。


「私のことは、『美玖』って呼び捨てにしてもらっていいですよ。そうでないと逆に申し訳ないです……あ、それで、イラストとか絵は得意ですよ。私、中学校の時に賞をもらったことありますよ」


 さっきまでとは違い、目を輝かせてアピールしてくる女子高生。


「そうなんだ……だったら試しに、さっきの本の表紙、見ながらでいいから、これに描いてみてくれていいかな」


 俺はそう言って、テーブルに備え付けられてた紙ナプキンを一枚手渡した。

 彼女は鞄からボールペンと俺の本を取り出し、


「本を見ながらでいいのですか? それだったら、誰でも描けるのでは……」


 そう言いながら、彼女は紙ナプキンにペンを走らせ始めた。


「いや、この紙は小さいから、頭の中で縮小させてバランス良く、同じように描くにはなかなか難しい……」


 ……しかし、俺の言葉は驚愕で途切れた。

 ボールペンが、まるで命を持っているかのように激しく動く……非常に高速に、そして精密に。


 あっという間にヒロインの女の子が書き上がっていく。

 五分後には、瞳に光彩まで入った、本の表紙そのままのヒロインが書き上がっていた。


 そこで初めて、俺はこの子のことを、本気でパートナーにしたいと思った。

 小説を書き始める前、いわゆる「同人ソフト」を作って、コミケなどで販売したこともある。

 つまり俺は、いわゆる「オタク系」なのだ。


 そのときは、知人に頼み込んでイラストを描いてもらっていた。

 優秀な専属イラストレーターが一人居てくれるだけで、小説の挿絵はもちろん、同人ソフトで大ヒット作を連発できるかもしれない……いや、もう少し彼女の才能を確認した方がいいか……。


「……こんな紙にこれだけ描けるなんて……本当に才能があるんだな……ちなみに美玖、さっき言っていた賞って、何を受賞したのかな?」


「えっと……水彩画で、文部科学大臣賞をいただきました」


「……文部科学大臣賞!?」


 思わず大きな声を上げて、周囲から視線を浴びてしまった……。

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