第5話 彼女と魔法
一体どうしたのでしょうか。痛む顔を上げてみると、エルフの女の子の周りを白く光る球状の物体が浮遊しています。
バレーボールくらいの大きさの球体はまるで意志を持っているかのように、オーク達を襲っています。
「魔法使いやがったなこのガキ!」
オークの一人がそう叫ぶと、襲ってくる光の玉を無視して女の子の元までズカズカと歩き、胸倉を掴みあげます。
「こいつ! おとなしくしてりゃ優しくしてやったのによぉ!」
「っ! っ!」
女の子が掴みあげられると同時に、光の玉も消えました。胸倉を掴まれて苦しそうにオークの腕に抵抗しますが、全くオークは動じていません。
「あ~、痛かった。下級魔法で助かったぜ」
「ホントにな。しかし、どうするよこいつ?」
「そうだな~、俺達に歯向かった訳だしな~。まあ抵抗した奴らは全員殺してる訳だし、こいつもそうすっか?」
「な。こいつ一人殺したところで、他にエルフなんざいくらでもいる訳だし……」
「な……っ!」
私はその言葉に息を呑みました。雲行きが一層怪しくなっています。遂には殺す、殺さないの話になるなんて。
「ヤることヤって、さっさと始末するか」
「そうだな」
「おい、待てって」
私に構っていたオークも、もうこちらには興味がないのか、さっさと背を向けて行こうとしています。
不味い。
これでは私が関わったせいで、あの子が余計に危険な目に遭うことになってしまったじゃないですか。
私は助けたかったのに、私が余計なことをした所為で……。
「……っ?」
身動きもロクに取れないまま後悔の念に苛まれていた私が顔を上げて見ると、ふと、女の子がこちらを見ていることに気が付きました。
無駄だと思ったのか、特に抵抗する素振りも見せないまま、女の子は悲しそうな顔をしています。連れられていく中で、女の子はこちらに向かって口を開きました。
ご、め、ん、な、さ、い。あ、り、が、と、う。
「……っ!」
声としては聞こえませんでしたが、小さいその口はそう形作っていました。
唇の動きだけで言葉が解るという読唇術なんて持っていない私ですが、その言葉は何故かはっきりと伝わってきます。
ごめんなさい。ありがとう。
そんな、そんなこと……私の所為で、酷いことに、なったのに……っ!
「く、うううううぅぅぅ……」
本当に、何にもできないのか。このまま、女の子はどこかに連れていかれて、酷い目に遭うのが解ってて……。
「なにか……なにか……!」
痛む身体を抑えていた手を強く、強く握りしめます。情けなさと怒りがない交ぜになり、恐怖からではなく、怒りから身体が震えます。
悔しさを噛みしめている内に、オーク達は女の子を持って、さっさと動き出していました。
「っ! 待、って……待って、ください……っ!」
このまま行かれてしまうと思った矢先に怒りは焦りに変わり、全く届かない右手をオーク達のいる方へと伸ばして、情けなく懇願します。
「おお? なんだなんだ?」
声が届いたのか、オークの一人が振り向きました。
「なんだ、あのガキ、まーだくたばってなかったのか」
「おいおい手なんかこっちに向けて、魔法でも撃つつもりかい?」
「やめとけって。どーせしょーもない魔法撃って、俺らに笑われるだけに決まってるぜ? ガキの魔法が通用するような俺達じゃねーぞ?」
からかうようにこちらに言葉を投げてきますが、オーク達の言葉で一つ、思い出したことがあります。
この世界で目が覚めて、ジルさんに説明を受けていた時のこと。私にこの世界が違う世界だと教えるために、ジルさんが魔法を撃ったこと。
あの時、ジルさんはこうして手の平をこちらに向けて魔法の名前を言うと、魔法陣が形成されて炎が発射されたことを、ありありと思い出します。
(イチか、バチか……っ!)
どうせできる訳がない。ジルゼミでも魔法についての講義はありましたが、魔法とはまるで元の世界で言うプログラムのように、かなり緻密で理論に基づいたものでした。
魔法の名を唱えるだけで行使できるのは、魔法を完全に理解していてなおかつ生物の内にある魔力の素であるオドを扱える、一部の才能のある者だけだとか。
何かできるなんて思わない。ただ叫んでカッコ悪い醜態を晒すだけかもしれない。
それでも、です。もしかしたら、万が一、何かの間違いでもあの子を助けられるのなら。
私がそう決めた瞬間、自分の中で何かの蓋が開いたような感覚を覚えました。
しかし、そんなことを気にしている場合じゃありません。あの時を思い出し、頭に浮かんだ呪文を思いっきり叫びました。
その言葉があの時とは違い、勝手に一文字が付け加えられているとも知らずに。
「"黒炎弾(B.(ブラック)F.(ファイアー)カノン)"ッ!!!」
直後。私の頭の中に数式のようなものが展開され、魔法陣のようなものがイメージできたかと思うと、身体の内から手のひらに向かって何かが溢れ出てくるような感じがします。
そして手のひらの少し前に魔法陣が形成され、次の瞬間、あの時のジルさんと同じように魔法陣から黒い炎の塊が発射されました。
「ぐあああああああああああああああああああああああああああああっ!!!」
その黒炎がオークへと当たり、身体が焼ける痛みに苦しそうな悲鳴を上げています。
やがて一通り焦げ付いたかと思うと、黒焦げになったオークは倒れ伏し、ピクリとも動かなくなりました。
「は……? えっ……?」
「なっ……?」
「……っ!?」
びっくりしている他のオークらと女の子ですが、一番びっくりしているのは私です。先ほどの、そして目の前の光景が信じられません。
(魔法が、使えた……? 私が……? ……なん、で?)
まぐれかもしれない。何かの間違いかもしれない。そう思った私は、女の子を持っていないもう片方のオークに向かって手を伸ばし、もう一度口に出してみました。
「ぶ、"黒炎弾"……」
すると、またもや同じ感覚に襲われた後、私の手から黒い火球が放たれました。それは隣で呆然としていたオークに直撃します。
「ああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!」
先ほどと同じように、身体中に黒い火が付いたオークは、それを消そうとバタバタと地面を転がりまわります。
しかし、身体に纏われた炎が消えることはなく、身体すべてを燃やし尽くしたところで、ようやく鎮火しました。
その時のオークは生き物ではなく、ただの黒い塊と化しています。
「……な、なんだこりゃぁ!? こ、黒炎だとぉ!? そ、そ、そんなもんをなんでこのガキが……」
女の子を捕らえていたオークがようやく我に返ったのか、変わり果てた仲間の姿を見て声を上げています。
「な、なん、で……?」
自分の手のひらを見ながら、私は困惑していました。どうしてジルさんみたいな魔法を私が使えるのか。
知識が少しあるとはいえ、具体的な手段も何も知らないのにどうして……。
「う、動くなっ!」
放たれた怒声にはっと気づいた私が顔を上げると、残り一人になったオークが、女の子の首を両手で掴みながら、こちらを威嚇しています。
首を掴まれた女の子が、苦しそうに表情を歪めています。
「て、テメー! もう一回撃ってみやがれ! このエルフごと黒焦げになっちまうぜ……へ、へへへ……」
未だに痛むお腹をさすりつつも、私は身体を起しました。そうだ。まだ終わってなんかいない。
魔法がなんでできるのかよりも、今はこの状況を、あの残ったオークを何とかしないと。
残ったオークに向かって手を伸ばしましたが、確かにこのままでは女の子にも当たってしまいます。
それでは、いけません。何とかして、あのオークから女の子を離さないと。
「……その子を離してください」
私は威嚇のために手のひらを真っ直ぐオークに向けつつ、そう告げました。しかし、オークは一歩も譲りません。
「お、俺の奴隷なのになんで離さなきゃいけねーんだよ? お、オメーがさっさと諦めりゃ、いいだけの話だぜ? それとも、このお嬢ちゃんごと焼き尽くすか? ああ!?」
「…………」
どう、しましょうか。このまま女の子を連れたまま見逃すことは、したくありません。
かと言って、脅しに手をちらつかせてみても、オークは女の子を盾にするように前に出しているので、このまま魔法を使っても女の子に当たってしまいます。
「~~っ!」
困っていた私に、なんと女の子が口を開きました。声はもちろん出ていないのですが、先ほどのように口で文字の形を作ります。
あ、わ、せ、て。
あわせて。つまりは合わせて欲しい、ということでしょうか。そう言われて私の頭によぎったのは、先ほどの白い光球でした。
詳細は解りませんが、あれがあの子が使っていた魔法というのは、さっきのオーク達の言葉からなんとなく解ります。
もしあの子があれを使うというのなら。はたまた他の手があるのか。
具体的なイメージはあまり湧きませんでしたが、特に名案が思い浮かばなかった私は、大きく頷きました。
お願いします、と。何が来るかは解りませんが、なんとかしてみます、と。
そして、女の子も頷き、彼女がぎゅうっと目をつむった次の瞬間。
「ガッ!?」
女の子の頭からあの白い光球が飛び出し、オークの顎を下から思いっきり上へとかち上げました。
その衝撃で緩んだ手から女の子が抜け出し、一目散にこちらへと走ってきます。
「っ!」
私も遅れて走り出し、女の子の元へと向かいました。間に、合う。
「~~っ!」
未だに下顎をおさえてフラフラしているオークには見向きもせず、ガバッっと女の子が私に抱き着いてきました。
「ガハァ……く、クソがぁぁぁ……!」
人質を取られたオークが、拳を振り上げてやけくそ気味にこちらに走ってくるのが見えました。ようやく復帰したのでしょうか。
私は女の子を片手で抱きしめたまま、もう片方の手をオークへと伸ばしました。
「"黒炎弾"ッ!」
迫ってくるオークに内心恐怖しながらも、必死に呪文を叫びました。
すぐさま手のひらの前で魔法陣が形成され、そこから真っすぐ飛んだ黒い火球はオークの腹部に直撃し、お腹からその身体を焼き尽くします。
「ああ、あああああああっ! く、クソォォォおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」
やがて身体を焼き尽くした炎が消えると、他二人と同様に黒焦げになったオークはその場に倒れ伏しました。
終わった……のでしょうか。
「…………っぷはぁ。はぁ、はぁ、……」
動かなくなったことを確認して、ようやく緊張の糸が切れたのか。まるでずっと息を止めていたかのように、私は荒く呼吸しました。
魔法を使った反動なのか、身体がひどく疲れているような気がします。
「お、終わった、んですか……?」
息を整えつつオークの方を見ます。三人いた彼らは誰一人として立ち上がってなどこず、身動き一つしないことを確認して、また安心します。
「~~~っ! ~~~っ!」
そして、抱き留めた緑髪の女の子は、私の胸の中でわんわん泣いています。よっぽど怖かったのでしょう。
「…………」
泣き続ける女の子をあやしつつ、私はもう一度自分の手のひらを見ました。
魔法が撃てた、この手を……そして、魔族とはいえ、言葉を話す生き物を殺してしまった、この手を。
「……一度、ジルさんに確認しないといけませんよね。それに私は魔族を……殺して、しまいました……私が……殺した……」
冷静になってみると、大変なことをしてしまいました。
正当防衛という言葉もありますが、自分から関わって三人も殺してしまったのでは、どう考えても過剰でしょう。
私は遂に、取り返しのつかないことをしてしまったのです。ジルさんになんて言いましょう。魔族の国でも、殺人罪とかあるのでしょうか。
「……それに」
泣いているこの子をどうしよう、ということです。
結局、ヒーローみたいにカッコよく助けることはできませんでした。それどころか、この子にも色々と助けてもらいながらというカッコ悪い形です。
それでも、殺害という罪を犯しながらも、私は助けることができたのです。
「……この子が無事で、良かったです……」
溢れる罪の意識の中、私は彼女を助けることができたことを喜んでいました。
三人も殺しておいて彼女すら助けられなかったら、本当に耐えられなかったでしょう。
彼女の無事を喜びつつ、この後、自分がどうなってしまうのだろうという不安感に苛まれていました。
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