第二章・共犯者(Співучасник) 前半


 天笠紀序の視界(точка зору Норіцуня)


 僕は初めて闇市の取引をするのではない。しかし、心臓は変わらず激しく鼓動している。僕は何度深呼吸しても、緊張で焦ってやまない。

 私とスヴィタ姉は橋本兄貴に頼んだが、正直に言って、完全に彼を信用できない。

 「橋本兄貴は利益(金銭と物資)が最優先の人だってみんな知っているね。つまり、彼に充分な利益を与えて、リスクが高くないことも保証すれば、違法の取引でも手伝ってもらえるよ!」とスヴィタ姉は皮肉な口調で僕に伝えた。

 今朝、スヴィタ姉の計画の通り、僕は橋本兄貴のトラックに乗り、「山梨県の西南へ貨物の運送に行く」という言い訳で安全ゾーンを離れた。もちろん、他の安全ゾーンで禁制品を売買するのは絶対にだめだ。僕は刑務所に入りたくない、危険の地域にも派遣されたくない。

 このトラックはハイテクなハイブリッド動力のシステムを使っている。電気だけ、或いは電気とガソリン両方の二つのモードがあるので、航続距離が長い。つまり、沢山速度の速い怪物に追われても、このトラックは脱出できる確率が高い。

 車の乗客は僕だけではなく、橋本兄貴の助手である河井さんと本田さんもいる。気分を緩めたいから、ちょっと話題を作ってみる。

 「橋本兄貴、最近、物資を捜しに行った時、何か顔がおかしい敵にでも遭ったの?」

 「ハハ、二週前に、俺はある町で悪犬の軍団に遭った。リーダはね、ばかっぽい顔をする変異の柴犬だ!」

 「あの柴犬は体の幾つかの部位が腐り、ある部分は発達しすぎた筋肉がついてる。」と助手席に座っている髭のある河井さんが言い続いた。

 「この様子でどこがばかっぽい顔?」

 「ポイントは…あのバカ犬は口が閉められなくて、長い舌が口から出てるところだ!」車に乗る三人の兄貴はげらげら笑っている。僕はゾンビ犬の様子を想像して、彼らと一緒に笑っている。

 「ところで、竹島お嬢さんとはどんな関係なの?今付き合ってる?」と橋本兄貴は話題を急に変えて、私に答えにくい質問をした。

 「いえいえ…僕たちはずっと助け合う仲間だ。彼女は僕の姉のようだ…まあ、畏敬のお姉さまだけど。」

 「そうか?竹島は巨乳の美人だし、肌も柔らかいから、そういう女と一緒に住んでるあなたは、本当に我慢できるのかい?」

 ろくでない事を言ったのは本田さんだ。彼自身の話によると、前は大学生だったらしい。ウイルスが彼の恋人を奪った後、彼は自分の人生を嘲笑し始め、誰に対しても遠慮せずふざける。

 「アハハ…僕はスヴィタ姉に軍刀で処刑されたくないよ。」

 「おい、天笠、美人を側に放置して、口説方法を考えないなんて惜しすぎないか?」

 「竹島お嬢さんの外見で騙されないで。彼女は軍刀や長い棍棒でゾンビと戦った時、プロのキラーより怖いよ!彼女は神様が世界に送って、死者を地獄へ帰す役に務めているのかと私は考えた。」橋本兄貴の口調は半分尊敬で半分警告の感じだ。「彼女の戦闘の姿を見れば、お前はアメリカのゾンビ映画のヒロインが弱いなと思う。いつでも彼女のスタイルだけで目に入れるな!」

 車が十五分ぐらい走った後、私はちょっと新鮮な空気を吸いたいから、窓を開けた。安全ゾーンを中心に周回十キロの敵は四ヶ月前に一掃された。あれらの吐き気を催す死体を焼け尽くすと、空気は再び爽やかになった。

 「この辺りは安全なら、車を降りて散歩したいな~」と僕は背伸びをした。

 「やめたほうがいい。俺はもう敵を見たから。」と橋本兄貴は突然車の速度を落とした。「ここから800メートル進むと、三体のゾンビが待ってる。俺たちはまたわざと人にぶっつけ…いや、わざと死人にぶっつける。」

 「本当?それじゃ面白くないぞ!」と本田さんは賛成しない。

 「はい、はい、お前をちょっと運動させないと、一日中文句を言うだろう?」

 橋本兄貴は車を止めた。本田さんは側の小さい袋を持って降りた。少し距離を観察した後で、「オッケー」の手まねを作った。

 「俺たちとゾンビの距離は300メートルぐらいだ。外野手にとって、そんなに近いなら、補殺しなけりゃ面目失うぞ!」と彼は興奮げにはしゃいだ。

 本田さんは袋から野球のボールより大きい、研いだ石を何個も取り出した。そして、彼は選手の姿勢を取って、ゾンビを目標に定めて石を投げた。

 石は高速で飛んで、ごとんとゾンビの頭を貫いた。こんなに高い的中率、メジャーリーグの選手すらできない。

 本田さんは大学で野球チームに参加したことがある。彼は不幸にもゾンビになった彼女に咬まれた後で、幸運にも進化者に変化した。現在、彼は非常に強化した腕力、柔軟性、あと整合性で、石だけで容易にゾンビを打ち殺せる。

 みせびらかすために、彼は左右両方の腕で石を投げた。十秒のうちに、頭が砕けた嫌な声を伴い、三体のゾンビは倒れた。

 「ハハ、見たかい?俺の技術はトップの野球選手みたいに千万円の年給に値するぞ!」

 僕と他の二人は本田さんに調子を合わせて拍手する。

 「じゃ、みんな、ちょっと手伝って。三体の死体を集めて焼いてよ!動物たちが腐った肉を食べて奇形になったら大変だ。」と橋本兄貴は二本の鈎、酒とライターを取り出した。

 「死体が灰になった後、可哀想な魂も安らかに眠れるように。」と僕は心の中で静かに祈っている。


 「天笠くん、取引場所に到着した。」

 「ありがとうございます。これ、約束の報酬だ。」

 橋本兄貴はある家の前で車を停めた。そして、僕は二枚の食券を彼にあげた。

 「気を付けてよ!今は信用できる人間が少ないから、必ず武器を持っていて!でなけりゃ、相手に食われたらやばい。」と河井さんは心配そうに警告を発した。

 「心配しないで!僕は初心者じゃないよ!しかも、スヴィタ姉も販売者を適切に選んでくれた。」

 「あと、これはあの販売者が竹島お嬢さんに頼んで買ったもの。酒二本と砂糖一袋。一緒に彼に渡して、お願い。」

 「はい、分かった。」と僕は小さなリュックサックを受け取った。

 「じゃ、七時間後、また車で戻ってくるから、遠いところ行かないで。」

 手を振って別れを告げた後、僕は取引を準備し始めた。実は、この家は普通の家ではなくて、スヴィタ姉が重要な物資を貯めた「裏基地」なのだ。

 「覚えといて、『狡い兎は穴を三つ持っている』って中国の古い諺はかなり大切な生存の対策だわ。誰もこの安全ゾーンが破壊されないことを保証できない。逃遁の計画を考えとくのは大切だ。」とスヴィタ姉にそう伝えられたことがある。だから、情勢が安定になっても、僕たちは非常時の措置を作った。

 もし僕たちが武器や食べ物や薬品や服装などを全部今の住処に置けば、敵が防御線を突破して大勢安全ゾーンに殺到する際には、十分な物資を持って逃亡する余裕がない。安全ゾーンを離れないといけない場合になったら、せめて僕たちが物資を補給できる場所は必要だ。

 僕は携帯を開いてスヴィタ姉が入力した指示を復習する。

 「紀序くん、あの販売者は今回の取引で私たちと直接会うつもりはない。家に入ってから、私の指示に従って。

 一、二階に行って、黒い電子ロックが付いたスーツケースを見つけて。パスワードは18140309。食品も薬品もケースに入れて再びロックして。

 二、ロックしたケースを家の東にある三番目の桃の木の下に置いて、家に戻ってあの人を待って。彼は午後二時頃に来ると約束した。覚えといて、自身をバレないようにして。

 三、午後二時半の後、相手がちゃんと荷物を木の下に置くか確認して。そして、私に電話をかけて。問題ないなら、相手とケースのパスワードを交換する。

追記:緊急の際のために、一階の部屋のたんすにリボルバーがある。装填した後で持っていて。」

 真面目に考えれば、僕はずっとスヴィタ姉がどんな取引相手と連絡を取ったか気になっている。まさか危ない人か?

 でも、今更、身を翻して安全ゾーンに戻るのは不可能だ。拳銃を取りに行くしかない。

 スヴィタ姉は細心に拳銃の上に数枚の服を重ねて隠したから、注意を払わなければ見つけられない。僕はちょっと弾倉を見る。五発の弾が入っているから、多分大丈夫だ。

 二階の部屋に上がって少し捜すと、ベッドの布団の下に置いてあるケースを見た。「18140309」と入力した後、宝が現れた||懐中電灯とハンマーだ。

 「どうしてそういうものをケースに入れて、電子ロックまで付けた?」と私が布団で「宝」を覆い隠す。

 食品や薬品をケースに一つ一つ入れた。海鮮缶詰、飴、クッキー、イカ串、カップ麺、風邪薬、傷薬などで、銃器と弾薬はいくつ交換できる?

 「相手は約束を破らないように。」と僕はケースを携えて部屋から出た。


 僕は電子腕時計を見て、もう2:25だな。あの人はもう到着して、荷物を取りに来る?不安のままカーテンを開けて静かに外を観察する。

 誰もいない。山雀たちだけ飛んでいる。

 僕は待ち続けて、右手が銃床をぎゅっと握っている。スヴィタ姉の話に従えば、僕は窓側に立たないで相手に見られないほうがいい。しかし、自分の好奇心が抑えられない。

 僕はまたカーテンを閉めて少しだけ隙間を開けた。危ないことが思い浮かび始めた――もし相手は武器を残さずに荷物を取れば、銃を撃つのか?

 スヴィタ姉ならきっとそうする。でも、僕は生きる人を撃ち殺す心の準備がない…

 相手が最初から僕たちを騙したいなら、武力で荷物を奪い返して当たり前だが、僕は拳銃をホルスターから抜いた後、また遅疑してしまった。トリガーを引くと、命を取れることが分かる。長期間の訓練と実戦を経たので、僕は20メートル以内なら(標準的な交戦距離)相手の胸に当てることに自信がある。でも、そこまでやりたくない。

 僕は窓の外を覗く。二人が出てきた。

 待って、ありえない。多分間違いだ。僕は集中して視線を投げている。ありえない。スヴィタ姉以外、長い髪がそんなに輝いている人はいない。

 彼女が桃の木に向かうのを見ると、僕は直走って階段を降りて外に出かける。

 「紀序くん、いい子だね!私の話に従ってくれた。」とSKSライフルを構えているスヴィタ姉は話しながら、私に向かって来る。彼女がここに現れたことも驚いたけど、僕にとってもっと信じられないのは||

 平山さんが彼女のそばにいるということだ。


 平山柚依の視界(точка зору Юзуя)


 柔らかくて心地よいベッドに寝ている私はあまり起きたくない。今は入院中だが、安心で気楽に感じた。病院がこんなに良い場所なんて思わなかった。

でも、私の仲間は危険に曝されている。最も親しい友人である久保秋羽も含んで。

 二週前、私や秋羽や三人の友達は、やくざに抗うために、村を離れて援軍を捜しに行った。ようやく二つの生存者団体を説得した。しかし、その後敵に襲われた。二人の友人が死んでしまった。

 やくざの追討を避けるために、私たちは分散して逃亡することしか選ばなかった。私は自転車を見つけて、道がよく分からないままに山梨県に入って、少ない生存者たちと出会った。彼たちが護送してくれたおかげで、私はゾンビだらけの都市を通り過ぎて、迷わずに河霜湖安全ゾーンに進んだ。

 今、私はイライラが募っている。喉が渇くまで言っても、誰も私に援軍を送ることを保証できない。

 でも、あの賢くて冷静沈着な金髪少女は違う。

 初めて竹島さんと会った時、自分の特殊能力のおかげで、彼女が一般人ではないと分かった。普通の自衛隊や民兵より、進化者の支援がほしい。

 だが、竹島さんはちょっと変だ。彼女の前に「私たちは同類だ」と伝えても、何回も否定した。しかも、彼女はどうやってウイルス検査で陰性反応が出たの?まさか安全ゾーンの全ての人を騙したの?

 「いけない!私は手伝ってくれる良い人を疑ってはいけない!彼女が私に武器を与えるなら、自分も高いリスクがある。」

 私は顔を二回打って、その考えを追い払おうとする。

 でも、自分は竹島さんにどんな報酬をあげられるか?そういうことも疑っている。善良と正義感を持って安全ゾーンの厳しい法律に挑むって、彼女にそう要求することはとてもひどい。

 私はベッドから起きて、先ずは歯を磨いて顔を洗う。それで焦っている頭を冷やせる。


 「平山さん、いいですか?竹島です。ちょっと話し合いたいことがあります。」

朝ごはんを食べた後、竹島さんはまた私に会いに来た。正直に言えば、一人で病院で隔離されるのはつまらないから、いつも彼女と話す時間がもっと長くなってほしい。

 「おはようございます。平山さん、昨晩は眠れましたか?」

 「気を遣ってくれてありがとうございます。ぐっすり眠れました。」

 竹島の顔を見ると、羨ましい気持ちが止まらない。彼女の顔は彫りが深くて整っているので、学校ではきっとみんなの目を集めただろう。彼女に比べると、自分の顔は人並みだと感じている。

 「では、要事を討論しましょう!平山さんの仲間が危機に迫られるので、できれば、早く計画を確認したほうがいいです。」

 竹島さんは得意そうな笑顔をして、声を小さくする。「実は、もう武器を手に入れた後平山さんを解放する計画を作った。」

「本当ですか?よかったです。いつ出られますか?」

 私は焦っていて不安だが、自分を助けてくれたい竹島の前に、なるべく彼女を信じている様子を見せる。

 「明日、隔離時間が終わった後、平山さんを安全ゾーンの外に連れて行きます。そして、闇市から武器を買います。私の話の通りやれば大丈夫です。」

彼女は携帯のアルバムを開いて、銃器の写真を展示した。

 「あの販売者が提供できる銃器は、自動拳銃とショットガンです。ちょっと高いですけど、役に立つと思います。」

 私は彼女がどこから販売者を見つけるか知りたい。しかし、違法の取引だと考えると、沈黙のままに何も質問しないほうがいい。

 「ありがとうございました。報酬がほしいなら…」

 昨日、竹島さんはもう報酬の件を言った。でも、彼女に贈れるものが多くない。私たちにとって、村の野菜と果物は貴重な資源だけど、彼女は食べ物に乏しくないから、どうやって恩を返せばいいか分からない。

 「報酬と言えば、二件のお願いがあります。一、やくざたちを破った後、生存者たちを募集して長野から山梨までの道を開けてください。いいですか?」

 「はい、わかりました。」

 「二、平山さんも自分が特殊な保菌者だと知っているでしょう。よかったら、将来、平山さんの血液のサンプルをもらいたいです。それで父の抗ウイルス薬の開発に協力できます。」

「すみません、竹島さんのお父さんは医者ですか?」

 竹島さんは頭を左右に振った。

 「いいえ、彼は生物学者です。今は進化ウイルスの治療法を研究しています。実は、彼に平山さんのことを伝えた。彼は平山さんが特別な病例だと思って、血液から遺伝子とウイルスを分析する気があります。」

 「力になれれば嬉しいです…この世界は壊滅するところだ。進化ウイルスのワクチンが早く発明されることを望んでいます。」

 「では、協力しあいましょうわ!」と竹島さんは私の手を握り、真率な目つきで答えた。

 「はい、お願いします。そして、逃亡の計画も伝えてください。」

 「兵は拙速を貴びます。明日の朝、私は巡邏の役です。誰に対しても勝手に安全ゾーンに行ってくることは許せません。でも、私は貴女と一緒なら、うたがわれません。自衛官たちにそう伝えてください。『私はここに逃げてくる時、大切なものを落としてしまった。竹島さんと一緒に捜しに行きたい』という」

 私は疑惑を抱いて竹島さんを見ている。正直に言えば、この計画は成功できないようだ。


 「もし嘘を見破られたくないなら、自然のままにね。自分に相手を騙す理由を付けてください。それは、自分の親友と他の罪のない生存者を救うことなのです。」

 竹島さんの話は私の頭に響き続いている。

 安全ゾーンを離れたければ、最初は自衛官たちを騙すのが必要だと知っている。竹島さんは成算がありそうだ。でも、計画が失敗したら彼女に罪を負わせることを心配している。

 秋羽のためなら、もちろん冒険してもかまわない。だが、他人を巻き込むのが嫌だから、躊躇っている。

ベッドで寝がえりばかり打っている。明日、隔離時間が終わる。運命の選択に迫られる私は、多くの人に待たれている。無事に脱出できるのかな?


 「竹島さんと友達になりましたか?」

 朝十時ぐらい、柴田先生は病室に来て私の健康状況を最後に確認をした。私は不意に彼女にこう質問されたから、少しの間返答できなかった。

 「私の意味は、竹島さんは二日間お見舞いに来て、おしゃべりしてくれたので、あなたたちはもう友達でしょう?」

 「はい、竹島さんは良い人でかなり心配してくれました。私はここに来たばかりで見知らぬ人だったのに…」

 「あの子は心が優しい人だけじゃなくて、戦闘も上手です。前、自衛隊員と警察はゾンビと怪物に絶え間なく襲われて、死亡者が多かった時、彼女は随分民衆を救いましたね。」

 柴田先生は聴診器で検査しながら、眉を寄せている。何か言いたくて言いづらいふりをする。

 「柴田先生、私の体はどうなりましたか?」

 「いえ、大した問題がないです。竹島さんのことを考えているだけ…実はね、彼女は危ない状況に追い込まれると、いつも性格の反面、年齢に相応しくない冷静さを持っていて、非情さにまで至ります。例えば、彼女は私の傷者の治療を手伝ってくれた時、ある傷者の生存率が低いと判断すると、躊躇わずに私に治療をやめることを伝えました。」

 柴田先生は顔に悲しい色が付いている。

 「医者の立場から、竹島さんの選択が違うって言えません。医療資源は足りなかったですから。でも、私だってできるだけ人を救いたい…彼女に患者を捨てる決定を押し進められた時、自分は大人なのに、責任を未成年者に押し付けちゃうって感じました。」

 「柴田先生、私も沢山の人が目の前で死んで怖いものになっちゃったのを見た経験があります。でもね、私はずっと希望を抱いています。そのままウイルスと戦い続けたら、いつかワクチンを発明できます…」

 しかし、自分の話にも自信がないと知っている。

 「今の私にできることは、全力で進化ウイルスを研究することです。でも、体より傷ついた心を治したいです。ごめんなさいね、短い時間で長い話をしちゃいました。」

 「いえいえ、謝らなくてもいいです。」

 柴田先生は血圧計を出して私の腕に付けた。測定結果は105/65、脈拍数は60だ。進化者の血圧と脈拍数は常に低い。私たちの心肺機能は一般人より強いから。

 「平山さん、体の状態は安定です。最後の血液分析をした後で、退院できるはずですけど、定期的に検査を受けて、ウイルスの変化を追跡する必要があります。」と先生は私の血を取った後、私にグレープの飴をくれた。

 「飴を食べて、ちょっと休憩してくださいね。」


 「隔離の期間は異状なしです。医者として平山さんが退院できると判定しました。おめでとうございます。」

 血液分析が終わった後、柴田先生に退院の許可をもらった。次は、安全ゾーンから逃れる時間だ。

 「お世話になりました。ありがとうございました。」と私は先生に礼を言ったが、心に少しの罪悪感がある。この医者は心から私がここに留まって無事に生きて行けることを望んでいるのに、私は離れるつもりだ。しかも、さようならも伝えられない。


 ちょっともこのワンピースが自分に似合うと感じていないが、どうやって竹島さんに断ればいいかわからない。

 「平山さんは外見は物静かで大人しい美少女なので、この上が白くて下が茶色のワンピースが良く似合っていますよ!」

 「これ可愛すぎませんか?」

 退院した後、竹島さんは私を家に連れて行って着替えさせた。彼女が選んでくれたワンピースは、袖口も襟ぐりもふわふわのひだ飾りがあるから、少女がお花見とピクニックに行く時に着る服装らしい。今、敵と戦いに行こうと思っているから、どう見ても相応しくない。

 しかも、自分が可愛いタイプの少女と思わない。

 「大丈夫です。女の子はどこでも自分の美しさを見せるべきです。その上、このワンピースを着ると動きやすいです。心配しないでください。」

 「すみません。他の服ありませんか?」

 竹島さんは私に目配せした。「私の話を聞いてください。その服は平山さんにとって超素敵ですわよ!」

 竹島さんの考えがわからない。でも、彼女は火中の栗を拾うように私に武器を渡したいので、彼女の指示に従ってもかまわない。

 「ところで、お互いの呼び方を変えて敬語もやめましょう。私たちはまだ馴染みのないままじゃないですから。おいくつですか?」

 「三ヶ月を過ごした後、十八才になった。」

 「同い年だね。それじゃ、名前を呼び合おう!スヴィトラナ、それともスヴィタって愛称を呼んでも大丈夫だ。紀序くんなら、私をスヴィタ姉と呼んでいるわね!」

 「分かった。こちらも柚依と呼んでください。」

 「はい、柚依は着替えて、私も必要なものを備えるか。覚えといて、後で自衛官に会う時、冷静さを持って可能な限り悲しいふりをして相手の心を打つね。」


 私が思ったより作戦は順調だ。加藤一尉に会いに行った。彼は特に厳しく査問せずに、私がスヴィトラナと一緒に外出することを許可した。

 私は後ろの安全ゾーンのゲートを見ている。誰も私たちを疑っていないなんて、自分の運が良いと感じずにはられない。でも、これは側にいる仲間が良い名声を重ねて獲得してくれたおかげかもしれない。

 嘘が見透かされたらどうしよう?スヴィトラナは代案を持っているか?前はずっとこういうことを心配していた。

 「加藤一尉、平山さんは自分が刃鎌に襲われた時、逃亡に専念したせいで、母親からもらったネックレスが落ちちゃったって言っていました。あのネックレスは彼女のおばあさんから承けたものです。彼女を連れて、安全ゾーンの付近でネックレスを捜したいです。お願いします。」

 「両親が亡くなってしまって、家族は全員いません…もし私はあのネックレスまで失ったら、彼たちを記念できるものが一つも持っていません。」

 私たちが一尉と話す時、自分は悲しい目つきで一尉を見続けている。嘘をついたが、本物の感情が混ざると、泣きたくなった。

 加藤一尉はとても心優しそうだ。彼は私たちがネックレスを捜す時、敵に攻撃されたことを憂えたが、スヴィトラナにちゃんと私を守る約束をしてもらった後、幾つかの事をつたえてライフルと銃弾を渡した。そして、金網柵を出ることに同意した。

 「もし強い怪物に遭ったら早く戻ろうよ!きっと民兵隊に怪物を解決させて、ネックレスを取り戻させる。とにかく、気を付けて!」

悪意のない嘘だが、人を騙すことが好きではないから、もし再度この安全ゾーンに戻れるなら、必ず柴田先生や加藤一尉などに陳謝する。

 「もっと早く、歩いて取引場所に行けば、少なくとも50分以上かかっちゃう。」

 スヴィトラナは私の手を繋ぎ、速度を上げる。

 「スヴィトラナ、ありがとうございます。早速安全ゾーンから出られることとは思わなかった。」

 彼女は微笑んでいる。「もう言ったでしょう。この服は柚依にとって超素敵って。一尉はこんな服装を見ると、あなたが長野へ逃げるって思いつかない。だって、これは長い旅の時の服らしくない。」

 スヴィトラナは私の髪を触った。

 「あとね、この服は柚依の可哀想なイメージを強めた。」

 「この服を選んだ理由が分からなかった。ごめんなさいね。」

 「ところで、柚依の体力はどう?道は少し長いから、先に何か食べる?」

 「はい、私は昼ご飯を食べていないから。」

 スヴィトラナは私と道端の森に入り、周りを見渡した後で、ポケットからクッキーを私にくれた。

 「すみません、前に聞くことを忘れた…武器以外、私たちも補給品を持たないと遠い村に戻れない。どこで充分の食べ物と水が見つけられるの?」

 「心配しないで。販売者と会った後で、自ずからそういうものは手に入る。」

 彼女は「全ては考えておいた」様子だが、私はこの旅に疑問点に溢れている。


 「柚依、公道では一応安全だけど、森から出てくる怪物や動物などを防ぐために、五感強化の能力で周りを監視して!」

 スヴィトラナは装填したライフルを構えている。周囲は静かそうだけど、彼女は警戒を緩めていない。

 私は専念して、目で四方をみながら、耳で八方位を聞いている。鳥や虫の鳴き声、足音や風の声、私はそれぞれの声を明瞭に聞き取れる。一キロメートルの遠方の景色もはっきり見える。これは私の特殊能力、現在の私はまるで性能が優秀なパソコンで大量に情報を受けても混乱しない。

 今、花木の芳香を嗅ぐと、格別に気持ち良い。それより、私が気になるのは、スヴィトラナが放つ香気だ。

 ミントと薔薇の匂いがする。昨日、彼女はどのブランドのボディソープを使った?知りたいけど、どうやって聞けばいいかわからないから、何も言わない。

 「柚依、何か敵の動静を発見したか?」

 「いえ、近くには敵がいなそうだ。安全ゾーンのみんなに掃除されたの?」

 「私たちはまる二か月かかってやがて河霜湖の周囲の道路を安全にした。でも、まだ悪性感染者が乱入する時がある。」

 「もし私たちは怪物になっちゃったら、自己意識を保てると思う?」

 どういう訳か、あることが私の心に浮かんだ。

 「柚依の意味は、私たちは自分の経歴とか自分が誰とか覚えられるって?」

 「はい、私の知る限り、あれらの怪物は知性まで失うことがない…ある先生は、怪物になっても私を攻撃する時、躊躇っていた。彼は私を見分けられた。」

 「理論から見れば、ウイルスに感染しても、進化者ならはっきり自己意識を保っている。それで推論すれば、きっとある怪物は中枢神経が変異しても完全に記憶と思考能力を失くさない。でも、そういう事は確認しにくい。」

 「どうして?」

 「怪物たちに遭った時、相手にどんな思いを持っているかと聞くより、直接攻撃すればいいわ。」

 私は少し沈黙を保っている。悪性感染者を殺すことに迷いはない。しかし、何か恐怖感が私にしつこく付き纏っている。

 「将来、もし私がウイルスのせいで狂えば、みんなの殺す目標になるの?私は早く解脱したい?或いは、どうしても生き残りたい?」

 「ある日が来れば、あなたは自分で運命を決められない。」

 私はスヴィトラナが積極的で気が強い女と感じている。でも、彼女は悩んでいる私に慰める言葉を言わない。彼女も未来に対して不安感で溢れているのかな?

 動物の鳴き声が私の耳に届いた。すぐにおかしいと感じた。

 「周りには動物がいるけど、そんな鳴き声聞いたことない…イノシシのよう…注意しよう。」

 話が終わったとたん、一匹の動物が森から駆けて来る。私たちまで20メートルだ。私は焦点を当てて、確かに猪だと判明した。こいつは体が巨大で長くて鋭い前突歯を持っている。ちょっと見てウイルスの変異種だと分かった。

 「早く逃げて、身を守って!」

 スヴィトラナは考えずに私を引いて逃げる。でも、ライフルを持っているじゃない?

 「この車の上に跳ぼう!」と彼女は私の手を繋いで力を込めて、道端のSUVの上に跳んだ。彼女の判断は正しい。二秒以内で猪は私の近くにさしかかって、身を回して、勢い強く車の側面にぶっつかった。

 車は激しく揺れている。私とスヴィトラナは落ちたところで即時に蹲った。もし早速逃げないで、ライフルで打っても、一撃でこいつを殺さなければ、ぶっ飛ばされるしかない。

 この巨大な敵の倒し方は、頭を射撃するだけだ。スヴィトラナはライフルを撃ったけど、車が揺れたせいで外れてしまった。背に弾を当てられた猪は激怒でドタドタと走って、もう一度回って車の前にぶっつかた。バンパーでも衝撃力を消せない。

 スヴィトラナは重心を失って落ちそうだ。私は速く彼女を引っ張って、良い平衡感覚で何とか彼女を転ばせないようにした。

 「バカヤロー…照準できない。」

 「このままだとこいつは車に突き当たり続けるようだ。戦い方を変えよう!」

 車の上の空間は狭すぎるので、重心を失っただけでも大変だ…弱点を攻撃できるわけがない。

 「柚依、こんにゃろが止まった瞬間に攻撃するべき。車から降りないと!」

 「待って!私が数えるのに合わせて飛び降りて!早すぎるなら、こいつ方向が変わるかも!」と私が話したばかりで、車がまた揺れ始まった。声から判断すれば、金属製のドアはもう深刻なほどにくぼんでしまったようだ。

 私は猪の動きを観察することに専念している。三十歩、二十五歩、二十歩…

 「今すぐ、跳んで!」

 猪が私たちまで十歩の時、スヴィトラナは降りた。猪は方向を変えるのに間に合わない、三回目ドアに打ち当たった。私の仲間はぱんと銃を撃った。猪は叫んでばたっと倒れた。変異した猪がどこまで強壮でも近距離で撃った弾丸には堪えられないのだ。

 「この先、めっちゃ危ない…」とスヴィトラナはついでに軍刀を抜き、猪の頬を斬って息がないのを確認した。

 私は車から飛び降りようとする時、車のトップから地面まで低くないと気付いたから、エンジンカバーから手探りで下がった。

 今更ながら、スヴィトラナは運動神経が凄いと認識した。以前は一気に車の屋根に飛び上がった。しかも、私を連れたままで。私は一応軽いとはいえ、一般人はあまり瞬間にそんな力を使えない。大人の男性でもそうだ。

 「怪我はないの?この辺りの森には確かに多くの野生動物がいるので、前も二回猪に遭った。でも、こんなに獰猛な奴とは…」

 「ありがとうございます。柴田先生の言った通り、あなたは戦闘が上手だね!」

 「どういたしまして。さっき、手伝ってもらったでしょう?とにかく、早く取引場所に行こう。他の妖魔が次々に出てくるかもしれないからね。」

 私たちは前に進む。しかし、この仲間に対しての懐疑は、もっと深くなってしまった。


 「これって取引場所なの?」

 「そうだ。あの家は私が物資を貯める場所だ。彼はもう荷物をあっちの桃の木に置いたでしょう。」

 スヴィトラナは家の側の桃の木を指す。彼女の言った通り、黒いスーツケースがある。

 「取りに行こうわ。」

 私たちは木に着いたところで、家のドアが開く声を聞いた。ある男が私たちへ駆けて来た。

 「紀序くん、いい子だね!私の話に従ってくれた。」

 スヴィトラナの口調は弟を褒める姉みたいだ。しかし、紀序くんは驚愕した顔で答える。

 「スヴィタ姉、なぜ平山さんとここにいるの?武器を取りに来たの?」

 「いえ、紀序くん、あの販売者もいないし、取引もないよ!ごめんね、全ては作り話だ。」

 彼女は一体何を言っているの?私、騙されたの?これはまさか罠なの?

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