第3話 無限の力

 ジールをアクトゥールに送り届けたアルドは、合成鬼竜に乗って今度は未来へやってきていた。未来には黒曜の首飾りがあるはずだが、やはりここでも情報が乏しい。そこでアルドは曙光都市エルジオンに降り立ち、シータ区画に来ていた。未来の情報通と言えばまず先に彼女を思い浮かんだからだ。

 アルドは彼女が住んでいる家のエレベーターに乗り、彼女の住んでいる部屋に入った。


「やあ、セバスちゃん」


「あら、アルドじゃない。久しぶりね、元気してた?」


 彼女はセバスちゃん。エイミの友人で天才的なハッカーでもある。アルドは何度かセバスちゃんに助けてもらっていたことがあった。

 アルドは早速セバスちゃんに話を切り出した。


「ちょっとセバスちゃんに聞きたい事があるんだ。不思議な力を持つ黒曜の首飾りがあるって噂、聞いた事あるかな?」


「首飾り? 例えば装着すると身体能力を劇的に向上させるブースター性能の付いた首飾りタイプのアクセサリーがあったりするけど、アルドが探してるのはきっとそういうのじゃないのよね?」


「な、なんだそれ? えっと、そっちもちょっと気になるけど、俺達が探しているのはもっとこう、言い知れない力を宿した首飾りらしいんだ。それが無いと世界が滅ぶとか」


「へえ……。ちょっと興味が湧いたわ。そんなものがこの世界にあるならどこかのゴシップが嗅ぎつけるはずなのに、今のところそんな様子まるでないもの。いいわ、ラヴィアンローズの新作一つで手を打ってあげる」


 そう言うと、セバスちゃんは右手を空にぶんっと振った。するとそこから青い透明なコンソールが空中に浮かび上がった。セバスちゃんは凄まじい勢いでコンソールを両手で叩き出す。するとセバスちゃんの周辺に次々にウインドウが開かれていく。


「エルジオン・ネットワーク……ノー。工業都市廃墟……ノー。IDAデータベース……ここも違う」


 セバスちゃんの両手と目が忙しなく動き回る。


「セ、セバスちゃん? まさか悪い事をしてる訳じゃないよな?」


 アルドの問いにセバスちゃんの口角が、にっと片方だけ釣り上がる。


「してるに決まってるでしょうが。私の知らない情報イコール、ヤバいところにそれがある可能性が高いのよ。だから手当たり次第にハックして情報を引き出してるの」


「ちょ、ちょっと待ってくれ! 俺はそこまでして欲しいなんて頼んでないぞ!?」


「わたしに頼んだってのはそういう事よ。安心しなさい、痕跡を残したり足跡を辿られたりなんてポカはやらかさないから……あれ、ちょっと待って」


 瞬間、セバスちゃんの顔色が変わる。同時にビービーというアラート音が響き渡り、何かが起こったのが何も知らないアルドにも伝わった。アルドは慌ててセバスちゃんを問いただす。


「ど、どうしたんだ! やっぱり犯罪ってことがバレて……」


「違うわ。情報がヒットしたのよ。これは……とんでもない厄ネタね。KMS社の奥の奥、トップシークレットにその首飾りらしき情報を見つけたわ。アルド、どうしてKMSのトップシークレットをあんたが知ってるの?」


 問い詰めるようにアルドに詰め寄るセバスチャンの迫力に、アルドはたじたじとなってしどろもどろに答える。


「いや、合成鬼竜が言うには俺の仲間の誰かが話してたって……」


「ふうん、ヤバさ的にCOAの関係者かしら? いや、もしかしたらもっと暗部の……。はあ。全くアルド、あんたって本当に顔が広いわよね。あんたの人たらしの才能は大したもんだわ」


「え、えっと、褒められてる……んだよな?」


 どんな理由でそう言われているのか全く自覚がないアルドは戸惑いながらセバスちゃんに聞いた。それを見てセバスちゃんは意地悪そうにクスリと笑う。


「ええ、もちろん。さて、KMSが絡んでる事は分かったけどアルド、あんたこれからどうするつもり?」


「もちろん取りに行くさ。それがないと世界が滅んでしまうかもしれないんだ」


「そう言うと思ったわ。なら私もついていってあげる」


「え、いいのか? すごく危険そうだしお菓子一つじゃ割にあわないだろ?」


 セバスちゃんはびしっとアルドに人差し指を突きつける。


「ここからはわたしの興味。あのKMSがここまで頑なに隠して研究している首飾りが一体どんなものなのか、それをわたしは知りたいの。それに機械に疎いあんた一人じゃどうあがいたって手に入れられないでしょうし」


「ありがとうセバスちゃん! セバスちゃんは本当に優しいんだな! 俺はセバスちゃんのそんなところが大好きだぞ!」


 瞬間、セバスちゃんの顔が赤くなり固まってしまった。しばらく放心していたが、我に返るとアルドに向けて思いっきり怒鳴った。


「!? ……ッそういうとこ、そういうとこよ! あんた、いい加減それを自覚しないと勘違いされた相手に後ろから刺されかねないわよ!」


「え、何の事だ?」


「ああもう、めんどくさい! もうさっさと出発するわよ!」


 もう付き合っていられないと両手で頭をぐしゃぐしゃと掻き、セバスちゃんはアルドを置いて外に出ようとする。アルドも慌ててセバスチャンの後を追った。


「ところでセバスちゃん、首飾りは一体どこにあるんだ?」


 アルドの問いにセバスちゃんは右手を上げて上を指差した。


「ゼノ・ドメイン。クロノス博士の研究室にそれは保管されて研究されてるわ」



 エルジオンを出たアルド達は起動リフト・バベルを使ってゼノ・ドメインに侵入していた。しかしゼノ・ドメインの中には大量のガードドローンが徘徊していて、アルド達はなかなか先に進めずにいた。


「くそ、いつもより数が異常に多いぞ」


「セキュリティレベルが最大まで引き上げられてる。よっぽどその首飾りが大事なのね」


「なあ、セバスちゃん。何とかならないか?」


「そうね、ちょっと待って」


 そう言うと、セバスちゃんは右手を振ってコンソールを映し出して操作し始めた。開かれたウインドウにはゼノ・ドメインの全容が映し出され、おびただしい数の点がゼノ・ドメイン内を埋め尽くしていた。


「これが全部ガードドローンか!」


「ええ。外側からじゃ防壁で手が出せなかったけど、内部ネットワークにダイレクトで侵入してしまえば管理者権限を掴んでっと……」


 セバスちゃんがピッとボタンを押すとガードドローンが一斉に動き出し、アルド達の場所からクロノス博士の研究室まで道が拓けた。


「おお! 何だかよく分からないけどすごいぞセバスちゃん!」


「内側に入れば脆いもんよ。さ、さっさと先に進みましょう」


「そうだな。早く行こう」


 アルドとセバスちゃんはゼノ・ドメインを登ってクロノス博士の研究室に向かっていく。そして後少しで研究室にたどり着く、そんな時だった。突然大量のガードドローンがアルド達の行方を遮ったのだ。


「な、なんだ? ガードドローンはセバスちゃんが何とかしてくれたはずじゃ……」


「そんな、まさか!」


 セバスちゃんは慌ててコンソールを開き悲鳴を上げた。


「やられた! 管理者権限が上書きされてガードドローンが全部正常に戻ってる! 外側からは何事もなかったように見せてたはずなのに、今のKMSでこれに気付ける奴なんて……あいつか、レオ!」


「セバスちゃん! 何か手はないのか!?」


「少し時間を稼いで! 何とかしてみせる!」


 そんなやり取りをしている間に、ガードドローンの一体がアルド達に向かって飛びかかってきた。アルドは素早く反応し、剣を抜くとガードドローンを一刀両断に切り裂いた。ガードドローンは切断面からバチバチと火花を飛ばして爆発する。


「分かった! セバスちゃんは絶対に守ってみせる!」


 最初のドローンを皮切りに、次々にガードドローンがアルド達に襲いかかってきた。それをアルドはたった一人で相手にする。一つ一つの戦闘能力は大した事はない。しかし、圧倒的な物量にアルドはじわじわと押され始めていた。


「くそ、このままじゃ長くは持たない!」


 アルドはセバスちゃんを狙ったミサイルを切り落としながら叫んだ。動けないセバスちゃんを守りながら戦うというのはかなり不利な局面だった。絶対に一発もセバスちゃんに当ててはならない。その焦りがアルドの剣を鈍らせる。

 その時、一瞬のスキを付かれて一体のガードドローンがアルドの脇を高速ですり抜けていった。間違いなく目標はセバスちゃんだ!


「しまった! セバスちゃん! 逃げろ!」


 アルドは踵を返してガードドローンを追うが間に合わない。ガードドローンがセバスちゃんに迫る。もう間に合わない、とアルドが最悪の事態を覚悟したその時だった。ガードドローンは突然くるりと向きを変えると、どこかに飛んでいってしまったのだ。他のガードドローンも同様で、次々にアルド達から離れていってしまう。アルドは完全に狐につままれたような状態になっていた。


「い、一体どうしたんだ?」


 はあ、とセバスちゃんが溜息を吐いて空を仰いだ。額には汗がじんわりと滲んでいる。相当大変な事をしていのだろう。


「わたし達の反応を偽装したダミービーコンをシステム内に作ってガードドローン達を誤認識させたのよ。今頃、ガードドローン達は工業セクターの方へ向かってるはずだわ」


「えっと、よく分からないけどとりあえず一安心なんだな?」


「それでも一時的なものよ。すぐに気付かれて仕掛けは解除されてしまうわ。早く手に入れるものを手に入れてここから脱出しましょう」


「わ、分かった」


 アルドはセバスちゃんの手を取ると、走ってクロノス博士の研究室に向かった。いくつかの角を曲がり、二人は最奥にある部屋に入っていく。ここがクロノス博士の研究室だった。

 アルドはこの研究室に何度か入った事がある。その時にはなかったものが部屋の中央に鎮座していた。それは巨大な円筒形の形をした機械で、透明なガラスの中には黒い首飾りが浮かんでいる。


「見つけたぞ。これが黒曜の首飾りか! でもどうやって取り出したらいいんだ?」


「わたしに任せて。とんでもなくセキュリティは頑丈だけどわたしの作った解析ソフトを使えば……」


 セバスちゃんは首飾りが入れられている機械にケーブルを刺すと何か操作している。キーン、という甲高い音が部屋の中に響き渡り、セバスちゃんの端末が悲鳴を上げているのが分かる。門外漢のアルドはただ見ているしかなかった。

 無力な時は時間の経過が長く感じるものだ。アルドは待ち時間がまるで数時間も経ったかのように思えた。その時、音がピタリと止まった。そして同時に首飾りが入れられている機械がプシューという音を立てると、ガラスがゆっくりと降りていった。


「ロック解除完了。トラップも大丈夫っと。よし、アルド。もう首飾りを取ってもいいわよ」


「あ、ああ」


 アルドは恐る恐る首飾りに手を伸ばす。そしてそれはあっけなく、アルドの手の中に収める事ができた。


「やったぞ! ついに二つの首飾りを手に入れる事ができた!」


 喜び勇むアルドとは対象的に、それを眺めるセバスちゃんはどこか浮かない表情をしていた。アルドはそれに気づくとセバスちゃんに尋ねる。


「どうしたんだ、セバスちゃん?」


「……ロックを解除しているのと同時にKMSが解析していたその首飾りの能力について調べてたのよ。アルド、端的に言うわ。その首飾りには確かにとんでもない力が眠ってる。それこそ、世界を滅ぼしかねないほどのね」


「や、やっぱりそうなのか!?」


「その首飾りには特別な共鳴能力を持ってる事が分かったの。とある物質と近づけると、それぞれの力が無限に増幅するというね。ちょっと試してみましょう。アルド、もう一つの首飾りは持ってるわよね? それをゆっくりと黒曜の首飾りに近づけてみて」


「え? そんな事して大丈夫なのか?」


「ある程度の距離を保っていれば問題ないし、その首飾り同士が本当に本物なのかを確かめるためよ。ほら、早くやってみて」


「ああ、分かった」


 アルドはしまっていた白磁の首飾りを取り出すと、ゆっくり黒曜の首飾りに近づけてみた。すると、二つの首飾りが小刻みに揺れ始めた。さらに近づけると首飾りは目も眩むような光を出しはじめ、アルドは慌てて首飾りを離した。


「本当だ。首飾り同士が反応しあってる」


「その力の正体はKMSでも分からなかったみたいね。少なくとも科学の分野じゃないわ。でもその有用性に気づいたKMSは共鳴する片割れを作り始めてた。私達が来るのが後少し遅かったら大変な事になってたかもね。さて、アルド」


 セバスちゃんの声色が変わる。


「さっきも言った通り、この首飾りはとんでもない力を持ってる。それこそあんたが言う通り世界を救うかもしれないし、逆に滅ぼしてしまうかもしれない。覚えておいて。それはあまりに危険な力よ」


 真剣に語るセバスちゃんの言葉を、アルドは自分の中で噛み締めた。セバスちゃんがこれを自分に渡してくれたという事は、自分にはその信頼があるという事だ。それを絶対に裏切ってはならない。


「……分かったよ、セバスちゃん。絶対にこの力は正しく使ってみせる。もし悪い事に使われたとしても、俺が絶対にそれを止める。約束だ」


「うん、いいわ。さーて、これで依頼は完了ね。さあ、このままラヴィアンローズへ行くわよ! スウィーツがわたしを待ってるわ!」


 跳ねるようにしてセバスちゃんは研究室を飛び出す。アルドは慌ててセバスチャンの後を追う。

 そうして二人は無事、ゼノ・ドメインを後にしたのだった。

 

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