第2話 離れぬ想い

「よし、着いたぞ」


 古代に着いたアルドがまず向かったのはパルシファル宮殿だった。

 聞けば、合成鬼竜も首飾りの噂を耳にした程度でどこにあるかは分からない。だから現地での情報収集が必要だった。そこで真っ先に思いついたのがラチェットだったのだ。ラチェットは博識で情報通だ。まずは彼女を頼るのが間違いない。


 アルドはパルシファル宮殿に入り、ラチェットの部屋に向かった。部屋の中に入ると、ラチェットは変わらない姿でアルドを出迎えてくれた。


「あらアルド、いらっしゃい」


「久しぶりだな、ラチェット。今日はちょっと相談があってきたんだ」


「何かしら。私に力になれると良いのだけれど」


「白磁の首飾りや黒曜の首飾りの噂って聞いた事ないかな? 何か不思議な力を持ってるらしいんだけど……」


 アルドに尋ねられてラチェットは伏目がちに考え込む。


「首飾り……首飾り……あ、そうだ! 確かにあるわよ。首飾りの噂」


「本当か!」


「自分に厄介な呪いをかけられた知り合いがいてね。その首飾りに特別な力があるって聞いて呪いを解く手がかりになるかもって見に行ったんだけど、結局ダメだったって。その時話していたのが真っ白な石の首飾りって言ってたから、その白磁の首飾りである可能性はあるわね」


「やった! ついに手がかりを見つけたぞ! ラチェット、その首飾りはどこにあるんだ?」


「確かアクトゥールのジールというおじいさんが持っているって話だったわ」


「そうか! ラチェット、ありがとう!」


 アルドはラチェットに礼を言うと、喜び勇んでパルシファル宮殿を飛び出し、アクトゥールに向かうのだった。



 パルシファル宮殿を出たアルドはデリスモ街道を抜け、水の都アクトゥールへとやってきた。早速アルドは聞き込みのために酒場に入る。酒場に入ると、威勢の良い声がアルドを出迎えた。


「らっしゃい! まだ若いのに昼間から酒場とは酔狂だねえ。何にする?」


「えっと、俺はまだ酒はダメだから、この冷製スフィア・コッタをもらえるかな?」


「お、兄ちゃんお目が高いな! そいつはひんやりとしたぷるぷるな食感に癒やされるってアクトゥールで大評判のデザートだ。ちょっと待ってな」


 酒場のマスターは豪快ににっと笑うと酒場の奥に引っ込んだ。そしてすぐに透明な器に盛られたデザートを持って出てきて、アルドの前にすっと置いた。

 アルドは一緒に出されたスプーンで器の上に乗っかっている丸くて透明なものをすくって口の中に入れる。瞬間、アルドは全身を震わせて嬉しそうに目を見開いた。


「こいつはうまい! 本当にひんやりぷるぷるだ!」


「水の都ならではの良質な水があるからこそ作れるデザートなんだぜ? 良い土産話ができたな、兄ちゃん!」


 マスターが話す間もアルドのスプーンは止まらない。スフィア・コッタはあっという間にアルドの腹の中に収まっていた。


「ああ、美味かった! っと、あまりの美味しさで目的を見失うところだった。マスター、ちょっと聞きたい事があるんだけど……」


「おう、何でも聞いてくれや!」


「アクトゥールにジールっておじいさんが住んでるらしいんだけど、どこにいるかしらないかな?」


 ジールという言葉を出した瞬間、マスターの眉間にシワが寄った。まるで、嫌な事を聞いてしまったかのように。


「ジールの爺さんか。ありゃあ偏屈だぞ? 嫌な思いをしたくなきゃわざわざ会いに行かなくてもいいと思うが……」


「どうしても会わなくちゃいけないんだ! 頼む、教えてくれ!」


 アルドはカウンターに乗り出してまでマスターに詰め寄った。それでもマスターは口をへの字に曲げてどうしようかと思案している様子だったが、ついに大きく息を吐き出すと、カウンターに置いてあった紙と羽ペンを持ちさらさらと紙に何か書いてアルドに渡した。


「ほら、ここがジール爺さんの家の場所だ。一応忠告はしたぞ? それでも行くってんならもう止めねえからな」


「ありがとうマスター! 俺、行ってみるよ!」


 アルドはマスターの書いた紙を受け取ると、デザートの料金の上に心ばかりのお金を上乗せしてカウンターに置き、酒場を飛び出していった。



 マスターにもらった地図を頼りに、アルドは一軒の家の前にたどり着いた。古めかしい年季の入った一軒家だ。ジールは偏屈との事だったが、アルドは気後れせずに扉をノックした。しかし反応はない。


「あれ? 聞こえなかったかな?」


 今度はもう少し強くノックをしてみる。すると急に扉がバタンと開き、中から罵声が飛び出した。


「うるさい! なんじゃお前は。お前なんぞに用はない。とっとと帰れ!」


 そう吐き捨てられると、ジールらしき人物は大きな音を立てて扉を閉めてしまった。アルドは慌ててドンドンと扉を叩いて叫んだ。


「あんたがジールなんだろ? 頼む、俺の話を聞いてくれ!」


『帰れと言うておろうが! ワシは誰とも合う気はない!』


 そう言われてアルドの勝負魂に火がついた。こうなれば根比べだ!


「だったら扉を開けてくれるまでずっとここに居座ってやる! 何日経ったって動かないからな!」


『勝手にするがいい! どうせすぐに音を上げるわ!』


 こうしてアルドとジールの根比べが始まったのだった。


 アルドはジールの家の前に座り込んでじっとドアを睨んでいる。そうして時間は過ぎていき、時刻はすでに日が変わりかけた深夜にまで及んだ。それでもアルドは動かない。

 しかしやがて眠気が訪れウトウトとし始めたその時、扉がきぃっと小さく音を起てて開いた。部屋から漏れる光にアルドの目がくらむ。アルドは片手で影を作り開け放たれたドアの先を見ると、ジールが立っていた。


「迷惑じゃ。入れ」


「え、いいのか?」


「二度は言わん!」


「わ、分かった!」


 アルドは慌てて立ち上がると、ジールの家の中に入った。家の中は殺風景で、あるのは簡素な台所と木製のテーブルだけだった。まるで生活感が感じられない。

 アルドがどうしたものかと突っ立っていると、ジールはテーブルに座り、顎をくいっと上げた。どうやら正面に座れという事らしい。それに気付いたアルドはジールの正面に座った。


 ジールは両肘をテーブルに付き、両手を組んでそこに顎を乗せると、アルドを値踏みするように見つめた。しかしアルドもそれに臆せず、ジールの目の奥を真っ直ぐに見つめる。


「お前の目的はこいつじゃろう」


 そう言って、ジールは服の中から何かを取り出してテーブルの上に置いた。それは輝くように美しい白い色の石をモチーフにした簡素な首飾りだった。間違いない、これがきっと白磁の首飾りだ! ついに目的の物を見つけたアルドは興奮して話した。


「これだ! きっと間違いない! 爺さん、これをどこで?」


「ワシは毎日キーラ浜を散歩するのが日課でな。こいつはそこで打ち捨てられていたものじゃ。最初はただの首飾りかと思っとったが、どこから嗅ぎつけてきたのか魔法使いがこいつを見せてほしいと言い出してな、半信半疑で見せるとこいつには特別な力があるらしい。しかし鍵となるものが足りないらしくてな。今のままでは実質、何の力もないただの首飾りじゃ。お前さん、こいつが欲しいのか?」


「ああ。これがないと世界が滅ぶらしいんだ! だから譲ってくれ、頼む!」


「滅ぶ、か。なんとも大層な話じゃな。……分かった、持っていけ。ワシには何の思い入れもない無用の長物じゃ。こいつを使って世界でもなんでも救うがいい」


「本当か! ありがとう! よし、これで片方が手に入ったぞ」


 アルドはテーブルの首飾りに手を伸ばし、それをしまおうとした。しかし、ぴたりと手を止めてしまう。本当にこれでいいのか、それを自問自答していた。

 そしてアルドは小さく頷くと、手に取った首飾りを再びテーブルの上に戻す。


「……やっぱりまだこれは受け取れないよ。なあ、爺さん。俺に爺さんのために何かできる事はないかな?」


「なんじゃ、突然。別に見返りなんぞ求めとらん! さっさとそれを持って出ていけ!」


「そうかもしれないけどさ、受け取るからには何かお礼がしたいんだ。俺にできることなら何だってする! どんな小さなことでもいい。爺さんの力にならせてくれ!」


 そう熱く語るアルドを、ジールは信じられないといった表情で眺めていた。そして何かを言いかけてはそれを止めを繰り返し、最後に絞り出すようにアルドに言う。


「今日はもう遅い。だから明日の朝、もう一度来てほしい。連れて行って欲しい場所があるんじゃ。……頼めるか?」


「もちろん! 明日だな! どこにだって爺さんを連れて行ってやるよ! おやすみ、爺さん」


 ジールが少しだけ自分に心をひらいてくれたような気がしてアルドは嬉しくなり、アルドはジールの家から飛び出していくのだった。



 翌朝、アルドは日が昇ってすぐジールの家までやってきた。しかしノックはしない。来るのが早すぎるのは自覚しているので、まだジールは寝ているかもしれない。だからアルドはジールが起きて家の外に出てくるのを待つつもりだった。

 しかし、アルドがジールの家についてすぐに家のドアが開いてジールが現れた。まるで、アルドがこの時間に来るのを待っていたかのように。

 アルドは驚いて訪ねた。


「びっくりした。こんな朝早くに出てくるとは思わなかったぞ」


「ワシも朝とは言ったがこんなに早く来るとは思わなんだわ。窓の外を眺めていたらお前が走ってくるのが見えたんでな。さあ、行こうか」


 そう言ってジールはゆっくりとした足取りで歩き出した。どうやらジールは足が不自由なようだ。アルドは横に付き添い、ジールの肩を支えながら一緒に歩く。


「それで今日はどこに行きたいんだ?」


「……コリンダの原だ」


「コリンダの原? そこに何かあるのか?」


「……不思議な奴じゃな。お前と話しているとつい口が軽くなってしまう。ありふれたどこにでもある昔話じゃ。それでも良いなら行きがけの駄賃に話してやろう」


 そう言ってジールは遠くの方を見つめて話し始めた。その様子はあのつんけんとしていた感じはなく、むしろとても優しい柔和な表情をしていた。


「ワシには妻がおった。幼馴染でな、正直子供の頃には結婚なんぞするとは思いもしとらんかった。しかし、あいつは常にワシの側にいて、何もかもわかってくれて微笑んでいてくれた。いつの間にかそんな仲になっとったよ。しかし、結婚してわずか一年も満たずにあいつは流行病で逝ってしまった。コリンダの原はあいつのお気に入りの場所でな、まだその頃は魔物も数は少なく大した強さもなくて、二人でよく景色を見に来ておった。だからワシはあいつが好きだったコリンダの原に墓を作って埋めたのじゃ。若い頃は一人で墓参りに来られた。しかし時が経つにつれて魔物は数を増やし、凶暴になっていき、一方のワシはどんどんと老いぼれて来られなくなってしまった。誰かの助けを借りようにもこの性格じゃ。誰もワシを助けてくれる者などおらん。もう、あいつの元に行くのは諦めておったよ」


「そうだったのか」


 アルドはジールの話を聞きながらデリスモ街道を抜け、コリンダの原へ進んでいく。途中に幾度か魔物は現れたが、アルドは持ち前の剣技で魔物達を蹴散らし、ジールをコリンダの原に連れて行った。


「いつ来ても幻想的だな、ここは」


 アルドは思わず感嘆の声を漏らす。一面美しいキノコと光る原生生物が生い茂り、白いふわふわとした胞子のようなものが風に乗って辺りを飛んでいる。

 アルド達は頑丈そうなツタで岩壁を登り、一際高い丘へとやってきた。そこからはコリンダの原が一望できる絶景のスポットだった。

 そしてジールは一際大きなキノコの方に歩いていくと、その根本に座り込んだ。アルドも同じように座ると、ジールの前にボロボロになった黒い石が地面に突き刺さっていた。表面には何か文字が書かれていたようだが、すっかり風化してしまって読むことはできない。

 ジールは右手でゆっくりと愛でるように石を撫でる。その両目からはとめどなく涙が溢れていた。


「ああ、こんなボロボロになっちまって。換えの墓石を持ってくるべきだったなあ。何十年もほったらかしにしてすまんかった。本当に、本当にすまんかった……。でもな、一日だってワシはお前のことを想わんかった事はなかったんじゃ」


「爺さん……」


 アルドはそれ以上声をかけず、ジールを見守っていた。何十年という時が経とうと自分の最愛の人を想っていたジール。その念願はついに今日、果たされたのだ。泣きながら妻の墓石を抱くジールに掛ける言葉は、アルドには持ち合わせていなかった。

 それからしばらくの時が経った。ジールは袖で涙を拭うをすっくと立ち上がった。


「もういいのか、爺さん?」


「……ああ、伝えたい事は全て伝えた。想いも伝えた。ああ、そういえばお前さんの名を聞くのを忘れていたな」


「アルドだ」


「アルド、ありがとう。最後にここに来れて本当に良かった」


「それなんだけどさ、また俺が連れてきてやるよ。墓石がボロボロのままじゃ、奥さんだってかわいそうだし」


「じゃがあの首飾りのお礼は……」


 ジールの会話を遮るように、アルドは首を横に振った。


「そうじゃなくてさ、俺がそうしたいんだ。それだけじゃない。爺さんは本当はいい人だってアクトゥールの人達にも伝えたい。そうすれば俺だけじゃなくてきっと誰かが爺さんをここに連れてきてくれる。だから変わろう、爺さん。町の人達の誤解を解いてお互いを受け入れられるようになれば、きっとそれが幸せなんだ」


「幸せ……幸せか。妻が死んで幸せなんて考えた事もなかった。だがアルド、死んだ妻からもそう言われる気がするよ。すぐには無理かもしれん。じゃが、少しずつワシも皆と馴染めるよう努力しよう。さて、そろそろ帰るとするか」


「ああ」


 そうしてアルドとジールはコリンダの原から立ち去った。そして二人が立ち去った後、黒い墓石の前にぼんやりとした人影がアルド達を見送っていたのを、二人は気づく事はなかった。

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