教会を建てよう
こうして何もなかったゴルギオンであるが、徐々に冒険者や鉱山関係者が集まり、村の中には小さな鉱石の精錬工場も建設が始まった。
諸々のことがいったん軌道にのり、俺たちも少し仕事に余裕が出来たころである。ギルドに一組の冒険者パーティーが帰ってきた。見ると、戦士の男が足から血を流している。そしてかすれる声で助けを求めた。
「た、助けてくれ……」
「は、はい、今治します、ヒーリング」
それを見たセレンが慌てて回復魔法をかける。彼女の手から聖なる魔力が発されてたちどころに男の傷は治癒していく。あまりに一瞬のことだったので、男はしばしの間目の前で起こったことが信じられずに呆然としている。
「あ、ありがとう」
「いえ、どういたしまして」
「しかし、ありがたいことではあるが、この村に教会はないのか? あなたもいつもギルドにいる訳ではないだろう?」
男が尋ねる。それを聞いてセレンはほっとしたような表情になる。
そう言えば村に来たばかりの時、村人に「いずれ教会を建てる」みたいなことを宣言したような気もする。
「確かに。これだけ冒険者の数も増えた以上、そろそろ病院を兼ねた教会を建てた方がいいと思います」
珍しくセレンが積極的に意見を述べる。
この国では、小さな町や村では教会と病院が一体化していることも多い。この村にはそれすらもなかったが。
「構わないが、どうするんだ? 悪いが俺は教会のことには疎いぞ」
「それについてはレーゼに掛け合ってみます。王都の方々も辺境に新しく教会を建てるとなれば多少の支援はしてもらえるはずです。グリンドさんには神官の方を集めて欲しいです」
「分かった」
確かに人を集めるのであればこの近くに人脈がある俺の方が向いているだろう。最近はこの村で鉱石が採れるという噂も広まり、冒険者だけでなく普通の働き手も集まってきている。募集をかければ集まるだろう。
さて、そうと決まったセレンはレーゼへの手紙を書くとまずは候補地を探しに向かった。来たばかりの時は空き家ばかりだった村も、最近は人が増えたせいでなかなか余っている家がない。レーゼに支援を頼んだものの、中央の教会も大司教失脚依頼混乱しているはずで、教会の建物を新築するほどの金額が降りるかは分からない。
とりあえずセレンは村長の家に向かった。基本的にギルドや鉱山を仕切っているのはグリンドだが、この村にも元々の村長がいる。村長の家はボロ屋が並ぶ村の中では数少ない二階建ての家で、小さな屋敷ぐらいの広さがあり、建物も維持されている。
「何の用だね」
セレンがドアをノックすると、白髪の老人である村長はバツが悪そうな表情で姿を現した。元々グリンドが来た時村長は大して期待していなかったため、虫に近い対応をとっていたが今ではグリンドの方が村長のようになっている。
が、セレンはそんな村長に特に何かを言うでもなく用件を告げる。
「実はそろそろこの村に教会を建てようと考えておりまして」
「き、教会!?」
そう反応したのは村長ではなく、部屋の中にいた若い男であった。誰かと思ったが、そう言えば村に来たばかりの時に「聖女とは言ってもどうせ鉱山がだめだったら諦めるんだろ」と言ってきた男である。
「はい、そろそろ余裕が出来てきたのでちゃんとした教会を建てようと思います」
「そうか、いや、あの時は大人気ないことを言ってしまってすまなかった」
セレンの言葉に男は申し訳なさそうに謝る。
「いえ、あの時は村も大変だったようなので気にしてはいません。ですが、大きめの建物で空いているところがあれば紹介して欲しいのです」
「大きい建物か。教会に出来るくらいの大きさとなると……」
男は少し考えてから村長を見る。
「親父、俺たちがここを出て教会にしてもらおう」
どうもこの男は村長の息子だったらしい。そのことにセレンは密かに驚く。
「何を言う!」
「俺たちは他にもいくつか家を持っているから適当に移り住めばいい。グリンドさんたちが来てから俺たちは結局村のために何もしなかっただろう? そろそろ村の役に立つことをしてもいいんじゃないか?」
「だが、だからと言ってなぜわしらの家を出ていかねばならぬのか」
男の言葉に村長は難色を示す。が、それでも男は熱心に言葉を続けた。
「この村に他に教会に使えそうな建物はない。新築すると出来るのはいつになるか分からない。早めに教会が出来れば村人も喜ぶだろう」
「だが……」
「あの、そんな無理に出ていってもらえなくとも……」
男の熱心な説得にかえってセレンは恐縮してしまった。
「村に来た時失礼なことを言ってしまっただろ? だから代わりに親父を説得してみせるさ。だから少しでいい、待っていてくれ」
男は熱心な口調で言う。最初は冷たく当たったものの、その後グリンドたちが村の発展に寄与してくれたことで罪悪感を抱えていたのかもしれない。
「分かりました」
そう言ってセレンはその日は引き上げた。
二日後、いつものようにギルドにいたセレンの元に興奮した男が駆け込んでくる。
「セレンさん、ついにうちを教会に使えることになった!」
「本当ですか? ありがとうございます!」
「いや、礼を言うのはこっちの方だ。村にも医術に詳しい者はいるが、魔法が使える者がいれば病気になったときも安心だからな」
「はい、微力ながら精いっぱい努力します」
こうしてゴルギオン村の村長宅は教会として使われることになったのである。
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