再就職

 ゲルドを倒した翌日、俺はアルムにあるギルドに向かった。ゲルドさえ倒してしまえばアルムはいたって普通の町であったから住むのに不満はなかった。

 ちなみに俺がゲルドを倒したということは言わないようにしておこうと思った。前に魔族を倒した時、多くの人は称賛してくれたし、それで親切にしてくれる人もたくさんいた。しかしそれで魔族残党の恨みを買って襲撃を受けることになってしまった。


 ゲルドを倒したことを言っても恨まれるとはあまり思わなかったが、その時以来何となく目立つことに対して抵抗があった。


 ギルドで働きたいと申し出ると、職員の中にもゲルド一味がおり、ゲルドがいなくなるとそのまま失踪してしまったため、俺は欠員として呆気なく就職することが出来た。


「早速今日から働いてくれるかな」


 俺を面接した初老のギルド長にそう言われたため、俺は頷く。


「そうか。確か君は依頼の整理や確認の経験があるんだったな?」

「はい、そうです」

「ならばそれをやってもらおう。おい、コリンズ」


 そう言ってギルド長は一人の男を呼んだ。

 やってきたのは三十ぐらいのひょろっとした男だ。


「彼は今日からうちで働くことになったグリンドだ。君の仕事を教えてあげて欲しい」

「よろしく」


 そう言って俺は頭を下げる。


「前の奴はゲルドに媚びへつらうことばっかで全然仕事が出来なかった。大して期待はしてないが足は引っ張らないでくれ」

「努力する」


 コリンズは腕組みをして少しこちらを見下ろすような様子で言った。

 前任者のレベルが分からなかったので、俺はとりあえず無難に答える。


「ではとりあえず仕事を説明する。様々な人から来た依頼があるから、書式に不備がないか、必要事項がないかを確認してくれ。そして依頼の難度別に振り分ける。書式についてはこれにまとめてあるから読んでくれ」


 そう言って俺はマニュアルのようなメモ書きを受け取る。目を通したが、大体前のギルドと変わらなかった。もっとも、様々な町を渡り歩く冒険者も多いから町ごとに依頼の書式が違ったら困るが。


「とりあえず今日は終業まで三時間ぐらいか。ならこれぐらいの量は出来るだろう」


 そう言ってコリンズは俺に依頼の束を渡してくる。

 しかしその量は俺が思っていたよりも少ない量だった。


「この量を三時間でやるのか?」

「そうか、初日だと難しいか。それなら出来る範囲でいい。終わらなかった分は俺がやっておく」


 俺の言葉を逆に捉えたのか、コリンズは少しだけ優越感を漂わせながらそう言う。雰囲気から察するに、俺に先輩面することで自尊心を満足させようとしているのではないか。


「分かった」


 そしてもらった仕事に俺はとりかかる。

 確認を始めて気づいたのだが、ここのギルドのマニュアルには難易度の確認という項目がない。もしや依頼主が設定した難易度をそのまま冒険者に提示しているのだろうか。依頼主の中にはギルドへの依頼の常連という人もいるが、急に珍しい薬草が必要になり依頼した、という一般人もいる。だからその難易度はあてにならないことも多い。


「いくら今までここのギルドでやってなかったからといって確認しない訳にもいかないよな」


 とはいえ、初めて来た町だと仕事の難度を設定するのも難しい。どこにどんな魔物がいるのかなどの情報が頭に入っていないためだ。そのため俺は魔物の情報などを引っ張り出しながら作業に没頭した。とはいえ冒険者として新しい地に行ったときは自分で行っていた作業でもある。




 作業が終わると、すでに終業時間は間近に迫っていた。

 そこへちょうどコリンズが俺の様子を見に現れる。


「どうだ、進み具合は」

「ちょっと手間取ったけど何とか終わりそうだ」

「あの量を初日から終わらせるなんてなかなかやるな。ちなみにどこに手間取ったんだ?」


 コリンズはいかにも後輩に優しく指導する先輩、という雰囲気を漂わせながら尋ねる。


「初めて来た町だから依頼の難度の設定が適切なのかがよく分からなくてな。だがこの依頼やこの依頼は明らかに違っているから訂正した」

「……何だと?」


 俺の言葉にコリンズは呆然とする。

 先輩としての余裕は一瞬にして吹き飛んだ。


「どうしたんだ?」

「この短い三時間の間にそんなことまでしていたというのか!? しかも町に来たばかりで周辺のことも知らないというのに?」


 コリンズは呆然とした表情になる。


「町に来たばかりだといって仕事の手を抜くという訳にもいかないだろ?」


 俺の言葉にしばらく彼は沈黙した。

 が、やがて顔を真っ赤にして叫ぶ。


「依頼主の記入を勝手に訂正するなんてことはギルドとして行うことは出来ない! だから今すぐ元に戻せ!」

「だがよそでは普通にやっていたが……」

「よそでやっていたからといって、うちの町にはうちのやり方があるんだ!」


 とはいえ、明らかに間違っているものをそのままにしておくことも出来ない。


「……分かった。それならギルド長に相談しよう」


 そう言って俺はコリンズとともにギルド長の元に向かう。


「どうかしたかな?」

「実は仕事について一つ改善案があるのですが……」


 そう言って俺は依頼の難易度について話す。


「……もしこの仕事をしなければランクの低い冒険者が危険な依頼に出てしまうことがあります」


 俺の言葉を聞いたギルド長はやがてうむ、と大きく頷く。


「なるほど、それは確かにその通りだ。これまでは冒険者も大体ゲルドの手下だったからあまり気にしていなかったが、これからはその方法にした方がいいだろうな」

「そんな! それでは依頼主に失礼ではありませんか!」

「難易度を変える根拠を言えば分かってくれるだろう。それに難易度に狂いがある依頼主はおおむねよく分からずに記入しているような人ばかりだろう」

「……」


 ギルド長の言葉にコリンズは沈黙する。

 が、やがて自分の負けを悟ったのかその場に膝を突いた。


「くそ、依頼の難度を調整する方法なんて俺には分からない。これからどうしたらいいんだ」


 おそらく彼のようなタイプは仕事が他人より出来るという優越感を糧にして生きてきたのだろう。好きなタイプではないが、少し可哀想になってくる。


「大丈夫だ。慣れればそんなに難しいことではないから俺がやり方を教えてやる」

「……く、来たばかりの奴に教えられるなんて」


 コリンズはしばらくの間しぶっていたが、それでもやがてしぶしぶ頷くのだった。

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