43. 王は間違いを犯す


 場は切り替わり、アーガレス王国、その中心にそびえ立つ王城。


 その一室で私、国王ヴィルン・アーガレスは書類整理に追われていた。

 いつもは秘書の役割を担っている宮廷魔法士達に手伝わせているが、それらは今、私の側に着いていない。伯爵貴族のゴンドル・バクに全て貸し与えてしまっていたのだ。


 そのせいで、今もこうして大臣や文官だけでなく、王自ら書類の山と戦うことになってしまっているとは……過去、自分が下した判断を恨めしいと思ってしまう。




「ふぅ……」


 ひと呼吸をつき、椅子にもたれかかる。


「……ゴンドルの方は上手くやれているのだろうか」


 朝方のことだ。

 ゴンドルが怒り心頭といった面持ちで、王との面会を願い出てきた。何事かと思った私はすぐさまそれを受け入れ、ゴンドルに事情を話させた。


 するとゴンドルは、まず始めに宮廷魔法士を貸して欲しいと懇願してきた。


 怒りで周りが見えなくなり、結論を先に話すのはゴンドルの短所だ。それを知っている私は彼を落ち着かせ、何があったのかを話させた。


 その内容は、見知らぬ敵に脅され、殺されそうになっているとのことだった。

 彼の兵士も護衛も、『シャドウ』さえも、その影を追えていない。



 私は『シャドウ』の存在を認知している。


 誰もが裏社会のエキスパートとして育てられており、他国へのスパイや人殺し、全ての犯罪的なことを完璧にこなす集団。もはやアーガレス王国が誇る『最強の暗殺組織』と言っても過言ではないのが、ゴンドル自慢の暗殺部隊なのだ。


 それらを掻い潜り、弄び、ゴンドルにちょっかいを掛けるほどの人物が存在するとは、その時の私は信じがたいと思ってしまった。


 しかし、ゴンドルがここに来て嘘を言う理由がない。


 そのため、宮廷魔法士を四人、貸し与えることにした。警戒しすぎだと言われそうだが、浅く物事を捉えた結果、ゴンドルが死亡してあの部隊が機能しなくなることの方が、私にとって、いや、この国にとって重大なことだった。




「──し、失礼します!」


 物思いに昨晩のことを思い出していると、扉が勢いよく開かれ、王国直属の騎士が入室してきた。肩は激しく上下しており、相当急いできたのだとわかる様から、どうやら一大事が起きたのだと判断することは容易だった。


「一体どうしたというのだ」


「襲撃者です!」


「──何? 数は?」


「数はおよそ百! 突然、城門前に現れ、城を襲い始めました。現在、城に在住している騎士で対処しています!」


「百だと!? それほどの敵が、突然現れるものか!」


 あり得ないことを報告する騎士に、つい叫んでしまった。


「それを見ていた者の証言を聞くに、門前に黒のマントを纏った少女が現れ、いつの間にかそこは襲撃者で溢れ返っていた、とのことです」


「その襲撃者はどのような格好を?」


「動物です。魔物ではない、ただの動物達が……!」




「…………は?」




 私は数秒間、言われたことの理解が追いつかなかった。

 動物? 魔物ではなく、ただの動物が、襲撃者だと?


「……何を言っているのだ?」


「私どもにもわかりません! ですが、全て事実です!」


「…………わかった。その件については、騎士で対処しろ。それで、今の現状を引き起こしたとされる黒マントの少女は?」


 動物の襲撃者達は気になるが、黒のマントを纏った少女というのも、気になる。

 まさかとは思うが、ゴンドルに殺害予告をした者と同一人物なのでは? という考えが脳裏を過ぎったが、そうなるとゴンドルと宮廷魔法士は、殺されたということになる。


「いや、まさか……そんなことは…………」


「失礼します!」


 最悪な未来を想像していたところに、また一人、別の騎士が現れた。


「今度はなんだ!?」


「襲撃者からの伝言です! これ以上被害を出したくないのなら、王と会わせろ。私は王に用があって来た。殺しはしない、今だけは──と」


「…………ふざけている」


 どこまでも上から目線な物言いに、ヴィレンは怒りを隠さずに肩を震わせる。

 殺しはしないと襲撃者は言った。動物が喋ったということは、もうこの際だから気にしない。


 その襲撃者は「今だけは」とも言った。


 それは、いつかは殺すという意味であり、国家反逆罪に問われる脅しだ。


「──すぐに戦力を座に集めろ! 残っている騎士と兵士、宮廷魔法士も全てだ!」


『ハッ!』


 騎士二人が敬礼をし、退出した。


 私も使用人を呼び出し、身支度を整わせてから座へと足を運ぶ。

 ナメられたことに苛立ちはするが、座にて敵の全勢力を潰せば問題ない。


 たとえゴンドル達が死んだとしても、敵は宮廷魔法士との戦闘で相当消耗しているはずだ。

 なのに、何をとち狂ったのか城にまで攻めてきた。



 ──潰すならここしかない。

 しかし、その考えが間違いだったと気付くのは、そう遠くない未来の話だった。

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