40. 少女は最高の終幕を作り上げる


 変化はすぐに表れた。


「あ、ああ! かゆい……かゆいぃ!」


 血に濡れた服を脱ぎ捨てて上半身を露出させ、狂ったように液体の振りかけられた箇所を掻きむしった。爪で皮は剥がれ、身体中が傷だらけになる。


 あまりの異様さにシャドウの面々は息を呑み、その姿を呆然と眺めていた。


「ふふっ……ねぇねぇ、痛いのに痒くて止められないってどんな気持ち? 痛い? 苦しい? 辛い? ──あははっ、ざまぁ!」


 痛くて止めたいのに、我慢できない。

 作られて新しい傷口は、何回も引っ掻かれたことでぐちゃぐちゃになって、ようやく治りかけてきた血が、ドバドバとそこから溢れ出す。

 力強く掻きすぎたせいで指の爪は剥がれ、ゴンドルは激痛に顔を歪ませながら、どうしていいのかわからずに顔を引き攣らせ、それでも傷口を掻き続ける。


「あーあ、そんなに必死になっちゃって、自分の体が凄いことになっている自覚あるのかな? ……あはっ♪ そのまま無駄な脂肪も取っちゃえば?」


「ぐぅぅう、うぐっ、うあぁあああ!」


 ゴンドルは答えない。

 ただ、無我夢中で己を傷つける。


「……無視か。まあ、それも当然だよね」


 スラム街を取り仕切っている雑貨屋の店主ですら、苦い顔をするくらいの劇薬だ。

 肌に触れた瞬間に染み込み、そこから許容できない痒みが襲いかかる。私が触れても同じようになってしまうので、取り扱いには最大限の注意が必要だ。


 今になって、戦闘服が肌を晒さない作りで良かったと、心から思う。


「我慢大会でも始めてみる? ……ま、参加者はお前だけだけど」


 糸を操り、天井から吊り上げ、大の字になるように固定する。


「あ、あぁ! がゆい! たのむ、たすけてくれぇ!」


 拘束から逃れようと体を激しく揺らすけれど、余計に血が飛び散るだけで、その行為は全く意味が無い。もしかしたら劇薬が血液に混ざっているかもしれないと、念の為ゴンドルから離れ、釣り上げられた肉ダルマを見上げる。


「助けてくれ? あははっ! やだよ。助ける訳ないじゃん。私達がずっと苦しんできた分、お前も同じ苦しみを最後まで味わって──死んで?」


 ゴンドルの顔が見るからに青ざめていく。

 血を流しすぎたのだ。本当は意識を保っているのも辛いはずだけど、痒みが気絶することを許さない。肌を掻けないことに精神が狂いそうになる。



『死』を実感したゴンドルの瞳が──絶望の色に染まり始めた。



「あはっ、あははっ、アハハハハハッ! そうだよ、それだよ! 私はお前のそれを待っていたんだ! ああ、傑作だ。最高だ。最高だよ、ゴンドル!」


 溢れ出る笑いを堪えられない。

 だって私は、これを見るためにここまでやってきたのだから!


 ああ、最高だ、とっても気分が良い。


 今だけなら何をされても許せてしまいそうなくらい、私の世界が充実している。


「ねぇ死ぬのが怖い? こんな小娘に全てを奪われて悔しい? 私も同じだったよ。あの日、お前に全てを奪われて、全てが終わった! お前も同じ結末を辿れよ! 苦しんで泣いて喚いてさっさと死ねよ! ねぇ!」


 ゴンドルは何も言わない。

 痒いのも忘れて、ただ私に恐怖、怒り、憎しみが混ざった視線を向けてくる。


 化け物? 悪魔?

 ああ、そうだ。私はお前のためになら、なんだってなれる。なんだってやってやる。


「だからお前は、おとなしく私に殺されろよ! ──アハハッ!」


 斬糸を鞭のようにしならせ、ゴンドルの体を徐々に斬り刻み、その合間に麻酔薬を塗った毒針を射出する。首や心臓は狙わない。じっくり殺していく。


 最初は苦悶の表情で耐えていたゴンドルも麻酔が回ってきて、再び何も感じない体となっていった。


「まぁた痛みを感じなくなった? じゃあ……これは痛くないかなぁ?」


 魔法剣を握り、でっぷりとした腹にゆっくりと突き刺す。肉の中を押し進める感覚。

 ただ刺すだけではなく、ぐりぐりと手首を撚って中を抉る。


「ほらほらぁ、お前の中に剣が入っているよ? 痛くない? 怖い?」


「ッ、ぅ……!」


 ゴンドルは一瞬だけ意識を手放し、すぐに戻ってくる。


「ああ、意識が保てなくなったのか。出血多量と全身麻酔だものねぇ。むしろ、まだ意識を手放さないことに驚いているよ。その図体と同じで、精神も無駄に図太いのかな?」


「…………」


 答えは返ってこない。

 奴は今、意識を保つことだけに集中している。


 それが面白くない。

 もっと喚いてほしい、もっと絶望を感じてほしい。


「しょうがない、そろそろ終わりにしよう」


 ピクッ、とゴンドルが動く。終わりにするイコール殺す、というのを理解しているゴンドルは、再び体を激しく揺らして糸の拘束から逃れようと藻掻く。


「やだっ、しぬのはいやらァあああ!」


「やだよーだ。絶対に逃さないから、覚悟してね?」




 さぁ、ゴンドル。

 次で終わりにしよう。


 ──最っ高の終幕を迎えよう。


 他ならぬ、私とお前で。

 お前の絶叫で観客を楽しませてあげよう?

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