29. 少女は迷宮主と対峙する


 隠し通路を歩き始めて、僅か一分。

 私達は広い空間に出ていた。


 壁の素材は先程までの迷宮と変わらない土だ。その部屋の真ん中には、魔法陣が堂々と描かれている。明かりがない部屋に、弱々しく光る魔法陣。


 見るからに怪しさ満点だ。


 魔法陣は魔法を発動する触媒や罠、転移用と、大きく三種類に分けられる。

 罠の場合は見えないように目を欺く魔法も掛けてあって、この部屋にある魔法陣のように堂々と描かれてはいない。


 魔法の触媒にするなら、近くに術者が居るのが普通だ。誰かが潜んでいるかを確かめてみたけれど、私達以外の反応はどこにも感じられない。


 となると、消去法で転移陣と考えられる。


 魔法陣はどれも等しく、触れればそこに宿っている力を発揮する。

 転移陣の場合、足を陣に踏み入れれば、半強制的にどこかへ転移させられるだろう。


 そんな危険な場所に、考えなしに突っ込むほど馬鹿じゃない。



「まずは傀儡。行って」


「わぅ」


 短く返事した傀儡は、気後れせずに魔法陣へと歩き始める。

 あいつらに命という概念は存在しない。ただ、主人である私の命令に忠実に動く。


「頑張ってくださいね」


「わおん!」


 プリシラに応援された傀儡は、元気よく吠えた。


「……頑張ってね」


 試しに私も応援してみる。


「お、おん……」


 困惑された。なんだお前。

 傀儡は糸製の尻尾を振って、魔法陣を踏む。






 …………何も起こらない。






「わぉん……?」


 傀儡は困惑していた。


 美少女二人。美少女二人──大切なことだから二回言った──に応援され、気合充分で敵地に行こうとしていたのに、何も起きないのだ。


 それはそれは恥ずかしいだろう。


「おかしいな。魔法陣が起動しないなんて……よし」


「あ、ちょっ! ご主人様!?」


 私も魔法陣の上に立つ。

 やっぱり、何も起こらない。


「やっぱりね。おいでプリシラ」


「……はい。乗るなら、先に言ってください」


「ああ、ごめん。どうせ私だけじゃ起動しないってわかっていたからさ」


「えっ、それってどういう……」


 プリシラの片足が魔法陣に触れる。

 その時、魔法陣は急激に光りだして、部屋全体が照らされる。


「な、なんでいきなり……って体が!」


 プリシラは自身の体を見て、声を荒らげる。

 そう驚くのも仕方ない。


 なぜなら、彼女の体は薄く溶け始めていたのだ。

 それは彼女だけじゃない。私と傀儡も同じような状況に陥っていた。



 この感じ、久しぶりだ。


 どこか遠くに意識が持っていかれる。

 存在を引き寄せられる。


 それは──転移するという感覚だった。


 意識が戻ってくる。


 目を開けると、景色が変わっていた。

 きらびやかな鉄製の壁に、真っ赤なカーペット。奥には王座のような椅子が設置されていて、そこには真っ赤で派手なローブを羽織った骨人が偉そうに座っていた。


「……まるで玉座の間、か」


「玉座……嬉しいことを言ってくれる」


 不意に呟いた一言に、反応を示す声があった。

 低く呻くような男性の声。その主は奥の骨人、迷宮主だった。


「よくぞここに辿り着いた、人の子よ。……ふむ? そちらのお嬢さんは魔族か? くくっ、なんとも珍しい組み合わせだな」


「お前には関係ない」


 これ以上の会話は必要ない。

 ナイフを構えて敵意を漲らせる。


「関係ない。そうだな、たしかにその通りだ。……いやはや、久々に生人と会ったのでな。ちょいと話したくなったのだよ。さて……」


 迷宮主は愉快そうに笑い、立ち上がってローブを翻した。

 いつの間にかその手には、様々な宝石が埋め込まれた杖が握られていた。


 見ただけでわかる。

 あれは国宝級レベルにヤバい武器だ。


「我は迷宮主にして不死の王、ワイトキング! 人の子よ。我が野望のため、我を楽しませろ!」


 ワイトキングから濃厚な魔力が迸る。

 これは予想していたより、困難な戦いになるかもしれない。


「傀儡、戻れ」


 即座に傀儡を収納する。


 偵察用の奴では、この戦いについていけないだろう。

 ここで無駄に駒を消費する訳にはいかない。


「……プリシラ。縛り解除」


「かしこまりました」


 こいつに縛りをしている余裕はない。

 新人冒険者が稽古に使う程度の難易度だって聞いていたのに、この迷宮主だけは上級者レベルに匹敵するほどの実力を持っている。


 最初は様子見をしていようと思っていたけれど、訂正だ。



 ──こいつは本気を出さないと勝てない。

 そう判断した私の行動は早かった。魔力を解放し、身体能力を強化する。ナイフを両手に持ち、どんな攻撃が来ても良いように構える。



「──ゆくぞ」


 瞬間、音速を超えた嵐の槍が、私達の頭上に降り注いだ。


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