28. 少女は裏を行く


「それでご主人様、これからどうするのですか?」


 クマちゃんのぬいぐるみの腕をパタパタと動かしながら、プリシラが問う。


 なんかクマちゃんを手に入れてから、可愛くなった……って、そんなことはどうでもいい。いや、よくないんだけど、今はいい。


「ん、く……それなりに戦い方は身につけてきたところだし、そろそろ迷宮主のところに行こうか」


 咀嚼していた干し肉を飲み干し、私は答えた。


「迷宮主ですか……二人で戦って勝てるでしょうか」


「さぁ、どうだろうね」


 迷宮の奥に待ち構える迷宮主は、とても強い。

 普通は、冒険者四人パーティーが五組集まって、万全の用意を整え、何回も戦いの様子を想定して尚、数人の犠牲が出ることを覚悟して挑む。


 挑むのは実力に見合ったパーティーのみだ。

 もしそうでないのなら、無駄な犠牲が出て終わりだろう。


 私達は、そんな相手にたった二人で挑もうとしている。


「でも、大丈夫だと思うよ」


 いざとなったら切り札を使うし、プリシラの力を試すにはちょうど良いと思う。


「緊張してる?」


「それは……もちろんです。迷宮に入るのは今回が初めてですし、潜り始めて一週間立っていたとしても、やっぱり二人となれば……申し訳ありません。決して、ご主人様の力を信用していないというわけではないのです」


「別に怒っていないよ。普通では考えられないようなことをしようとしている自覚はあるし、簡単に信じられないのも仕方ない。……でも、二人でどうにかなると思っているからやるんだよ」


 プリシラにいきなり無理させるのは申し訳ないけれど、残念ながらゆっくりと行動している暇は、今の私達に残されていない。


 行動するのが遅くなるほど、ゴンドルからは変に思われる。新人教育の期間中にどうにかして準備を整え、私の復讐を成し遂げる。


 そのためには多少の無茶を乗り越えなければならない。


「……よしっ、じゃあ行くよ」


「はいっ!」


 わたしたちは立ち上がり、周囲に魔物が居ないことを確認した後、糸を霧散させる。


「それで、肝心な迷宮主はどこに居るのでしょう?」


「この階層に隠し通路があるの。その奥に転移の魔法陣が隠されていて、迷宮主がいる部屋に飛べる」


「この階層ですか。結構ここら辺を狩場にしていましたが……そんなところがあったなんて気づきませんでした」


「ははっ、そりゃあ隠し通路だもん。普通にしていたら気づかないよ」


 遭遇した魔物を倒しながらしばらく歩くと、先行していた狼型の傀儡が佇んでいた。

 傀儡は、付いてきて、と言いたげに尻尾を振り、てくてくと歩き始める。


 大人しくその後ろを追いかけ、辿り着いたのは……ただの壁だった。


「どうやら、ここらしいね」


「見た感じ壁ですが、本当に隠し通路なのですか?」


 壁に近づき、触れる。


「うん、たしかに隠し通路だね。……ほらここ。壁を叩いた時の音が違う。それに、僅かなにヒビが入っている」


 ここに入ってから一週間、ただ魔物を狩っていただけではない。

 裏では傀儡を総動員して、この隠し通路を探させていた。


 迷宮主がいるのは知っていても、そこに行くまでの道順は知らなかった。

 だから完全なる運任せの物量作戦を決行したけれど、結果的に上手くいったので安心だ。


「……うん、ここでいいか。プリシラ、思い切り殴って」


「はい……いきます!」


 惚れ惚れしてしまうくらいの、真っ直ぐな正拳突き。戦闘では見え見えの攻撃だけど、こうして何かを壊す時には、それは圧倒的な破壊力を持つ。それがプリシラなら、なおさらだ。


 予想通り壁は吹き飛び、奥には細い通路が続いていた。


 まずは傀儡が先行して安全確認。

 大丈夫そうだと判断したら、私が次に歩き出して、プリシラが後に続く。



「くっ、細いですね。少し突っかかります」


「そう? 私は別に……」


「主に胸の辺りが」



「──クソがっ」



「痛いっ! なんで殴るんですか!?」


「知らない」


 心配して損した。

 そして、無駄な敗北感に襲われる。


 傀儡からは何をしているんだあんたらは、という視線を向けられたけど、わかれ。お前なら私の苦労をわかってくれ。一応、感覚を共有しているでしょう。


「わぅ……」


 なんでそこで首を振る?



 …………そうかそうか、わかったぞ。

 お前も元は雄だったな。


 ──やっぱりおっぱい好きか!

 雄は皆、おっぱいなのか!


 いっそ死ね!

 男なんて根絶してしまえ!



「ご、ご主人様? 大丈夫ですか?」


 無言で壁を殴りだした私に、プリシラは慌てて私を羽交い締めにした。


 心配してくれてありがとう、プリシラ。

 でも悲しいかな。諸悪の根源はお前なんだよ。


「なぜでしょう。ご主人様から無言の殺気が飛んできます」


「わぅ……」


 従者であるドールに呆れられたら、もう終わりだ。

 その後、なんとも言えない空気のまま、私達は細い道を進み続けた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る