26 少女は登録を終わらせる


「お嬢ちゃんがこんなところに来るもんじゃねぇ。まだ生きてぇなら、さっさと失せな」


 男からは明らかな敵意を感じた。

 プリシラはすでに戦闘態勢に入っている。横にいる私ですらひしひしと伝わってくる殺意を、男はあまり気にしていない様子だった。


 ……いや、必死に視線を逸しているな。やっぱり怖いのか。それでも二本の足で立っていられる度胸は、素直に評価してあげたい。


 とにかく、次の男の言葉次第で、プリシラは動くだろう。

 ──そうなるとちょっと面倒だ。


「三本」


「あ? なんだって?」


「貴方の服、その裏に三本、ナイフがある。それを気にしているから、動きが少し不安定だね。お兄さんの手の大きさじゃそのナイフ小さいでしょ。一回り大きいやつを買ったほうがいいよ。それと、隠すなら胸元じゃなくて腹がいい。心臓に刺さったら危ない」


 男性は一瞬何を言われたのかわからず、こちらに呆けた面を晒した。


「…………ぷっ、ははっ!」


 やがて、私の言葉を理解した彼は、我慢ならず盛大に吹き出した。


「あ~、これはやられたな」


 参った参ったと、男は苦笑する。

 そこに先程のような敵意は感じられなかった。


「ファリちゃん、この子は大丈夫だ。まさか女の子に俺の動きを指摘されるとはな……」


「……そのようですね。ケインさん、いつもありがとうございます」


「気にするなよ。ギルマスから頼まれている以上、お安い御用ってもんだ」


 受付嬢と男、ケインはお互い親しそうに笑う。


「…………ん? どういうことですか?」


 唯一、プリシラだけは理解が追いつかず、彼女は首を捻る。

 最近思うようになっていたけれど、プリシラは頭脳戦は不向きだ。好戦的な脳筋で、たまに見せるポンコツっぷりが良い味を出している。


「この人は私をテストしていたんだよ。冒険者として活動しても問題ないか、わざと挑発して実力を試そうとしていた。……そうでしょう?」


「ああ、その通りだ……とは言っても、大抵の奴は挑発に乗って実力を示そうとしてくるんだが、今回はその上を行かれたな。その反応は嬢ちゃんが初めてだ」


「お褒めに預かり光栄だよ。……で、もう良いかな?」


「おう。邪魔して悪かったな。謝罪ついでに登録料は負担してやるよ」


「それは嬉しい。ありがと、お兄さん」


「良いってことよ。んじゃな」



 男は手を振って仲間達の元へ戻って行った。



「あのような方も居るのですね……」


「ほとんどは荒々しくて喧嘩っ早いけれどね。あれは希少な例だよ」


「私だったら、気付かずに床に埋めていたところでした」


 …………うちの奴隷少し、いやかなり乱暴だな?


「ってことでテストには合格したわけだけれど、次は何をすれば良い?」


「簡単な登録手続きをしていただければそれで終わりです。お手数をおかけして申し訳ありません」


「馬鹿に絡まれるよりはマシだよ。さっきの人も、ただの馬鹿だと判断していたら、すぐに無力化していた」


「ケインさんは金等級の冒険者なので、それは難しいと思われますよ」


 へぇ、あの人、そんなに強かったんだ。


「実力を試すついでに戦ってみたいな……」


 職員のお姉さんは、私が言っていることが冗談でないと悟ったのか、困り顔だ。


「決闘なら構いませんが、殺し合いはやめてくださいね」


「わかっているよ。郷に入るは郷に従え……ちゃんと規定は守るさ」


「なら、問題ありません。ではここで少しお持ちください」


 ギルド職員のお姉さんは裏の方に消えてしまった。


「お待たせしました」


 職員はすぐに戻ってきて、腕の中には登録に必要な道具が抱えられていた。

 水晶が嵌め込まれた、ちょっと不思議な形をした球体の道具だ。


「こちらに手を触れていただいて、ご自分のお名前を頭の中に思い浮かべてください」


 まずは私からだ。

 目を瞑りながら名前を思い浮かべ、水晶に触れる。

 魔力を吸われる感覚の後、目を開くとそこには一枚のプレートが浮かんでいた。


「はい。こちらが『シア』さんの冒険者カードになります。身分証の代わりにもなるので、失くさないようにしてくださいね。再発行には千リフをいただきます」


 私の名前は、ノア・レイリア。

 カードに書かれている『シア』というのは偽名だ。


 名前を思い浮かべろと言われても、正直に本名を思い浮かべる必要はない。適当に考えた言葉を思い浮かべるとそれが刻まれるし、本名を思い浮かべればそれで登録される。

 これはお忍びでやっている貴族や、元々名前が与えられていないスラムの孤児が使う裏技のようなもので、規約違反ではない。


「……はい。こちらがエルシアさんの冒険者カードになります」


 プリシラにも事前に偽名を思い浮かべるように伝えてある。


「冒険者のランクは『銅』から始まります。依頼をこなしていくとランクが上がるので、無理せずに頑張ってくださいね」


 冒険者のランクは下から、銅、銀、金、白金、ミスリル、オリハルコンとなっている。


 銅が初心者。


 銀がそこそこの実力が認められた中級者。


 金が上級者で、ここまで来ると初心者の教官役や、さっきのケインのように監視役を任せられるようになる。


 白金は超一流の冒険者だ。特出して言うことはないけれど、ここまでがまだ『人間』の部類に数えられると私は考えている。


 ミスリルからは人間の範疇を超えていることになるけれど、実際その通りで、白金とミスリルでは大きな差がある。それは十年経っても埋められない圧倒的な差だ。

 国家が大金を叩いてでも取り込みたいと思う存在で、国によっては『英雄』と評されていたり、冒険者でありながら用心棒として契約したりする。


 これが目標で、ここが最低ラインだ。

 実力としての最低ラインという話で、別にミスリルになる必要はない。むしろ無駄に注目されるのは嫌なので、ランク自体は銀くらいで十分だ。


 それらの上にあるオリハルコンは──説明するのも面倒臭い。



『名前:シア

 冒険者ランク:銅』



 これが私の冒険者カードだ。


「これを人目に付く場所に付けておく必要はある?」


「いいえ。見せる時にだけ見せていただければ問題ありません」


「ん、わかった」


 失くさないように服のポケットに突っ込む……フリをして収納魔法の中に入れた。

 この魔法は取得が難しいと言われているので、下手に使っているところを見せたら注目されてしまう。それを避けるための処置だ。


「これで登録は完了です。ケインさんが負担するとのことなので、代金はいりません。早速クエストを受注しますか?」


「クエストは後でやるよ。登録ついでに迷宮の通行許可証を発行してもらえるかな」


 そう言うと、職員は難色を示した。


「迷宮、ですか……あそこは基本、四人パーティーを推奨しています。ケインさんが認めたとしても、流石に危険です」


「一番簡単な浅いところしか行かないよ。深くまで行かないって約束するから、お願い」


「……わかりました。危険だと判断したらすぐに引き返してくださいね」


「ありがとう。死なない程度に頑張るよ」


 通行許可証を貰い、礼を言ってギルドを出る。


「無事に終わって良かった」


「ベルも付き添いありがとう」


「ん、私はただ一緒に居ただけだから、特別なことはしていない」


 彼女の言う通り、ベルはただ突っ立っていただけだ。

 でも、シャドウの誰かと一緒に行動することが目的だったので、それで十分だ。


「それじゃあ、私はアジトに帰る。二人は迷宮、頑張ってね。あと気を付けて」


「うん。ベルも気を付けて。みんなによろしく」


 ベルはコクンッと頷くと、スススッと人混みの中に消えて行った。もう彼女の気配は感じない。そういうところは流石だなと感心する。


「さて、と」


 冒険者登録は無事に終わった。

 これでようやく、迷宮での修行ができる。


「いよいよ、ですね」


 プリシラは拳を強く握り、ふんすっと鼻息を荒くしていた。


「これから一週間。死ぬ気で行くから覚悟してね」


「はい! ご主人様のお力になれるよう、私も頑張ります!」


「おっ、気合十分だね」


「もちろんです! ようやくご主人様と一緒に戦えるのだと思ったら、私いても立ってもいられなくて……」


「よぉし、それなら最初から本気でやってみようか。下手したら死ぬけど、その気合なら大丈夫でしょ! 頑張るぞ、お〜!」


「お〜! って、え……?」


 プリシラの顔からサァッと血の気が引いたのは、見えていないことにした。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る