25. 少女は登録をする


 この世界には『迷宮』というものが存在する。

 そこは『魔素』と呼ばれる魔力の残滓が濃密になっていて、魔物を一定数生み出し続ける空間となっている。迷宮の最奥には、そこの主人である『迷宮主』が待っている。

 迷宮には様々な形があって、塔のような見た目だったり、地下に進む洞窟系だったりと、そこは迷宮主の好みに合わせて作り変えることができるらしい。


 外に生息する魔物より、中に住む魔物の方が活発化していて、たまに普通ではありえないほどの強力な魔物が出ることもあるので、たとえ何度も来た場所だったとしても、注意を怠るとすぐに死んでしまう危険な場所だ。


 そんな危険な迷宮は、『冒険者ギルド』という独立組織が管理している。


 ギルドの登録を完了させ、なおかつギルドから実力を認められた者だけが、迷宮への出入りを許可される。冒険者はその場で経験を積みながら金を稼ぎ、いつか迷宮主を倒すことを目標としている……らしい。

 正直なところ、そのようなことを風の噂程度に聞いただけなので、あまり詳しくはない。はっきり言って専門外ではないので、一度目を経験している私も基本的な部分しか知らないのだ。これ以上の知識は無いのかと言われても、「無理です」と答えるしかない。




「まずは冒険者登録から始めよう」


 そう言って私達がやって来たのは、言わずもがな冒険者ギルドだ。

 二階建ての大きな看板がある建物なので、かなり目立つ。広場の近くにあるということもあって、そこは人通りが多く、あまり目立ちたくない私としては極力避けたい場所でもあった。


 でも、目的のためには仕方ない。


「ごめんね。急に呼び出しちゃって」


 私は後ろを振り向きながら、謝罪の言葉を口にした。

 そこには、琥珀色をしたショートカットの女の子が立っていた。


「ううん。私もノアちゃんとはお話ししたかったから、ちょうど良かった」


 彼女の名前は、ベル。


 シャドウの一人で、私の次に若い。口数は少ない方で、たまにボーッとしているけれど、彼女もシャドウとして十分な腕を持っている。情報収集やスパイ活動を得意としていて、潜入捜査とか屋敷への侵入方法とか、気配の隠し方とかも、暗殺者として重要なことは全て、彼女から習った。


「そっちの子は、誰?」


 ベルの視線が、私の後ろに注がれる。


「彼女はプリシラ。私が購入した奴隷だけれど、あまり奴隷扱いはしてほしくないかな」


「ん、わかった。私はベル。よろしく、プリシラちゃん」


「ご主人様のお仲間だと聞いております。こちらこそよろしくお願いいたしますわ」


 二人は軽い挨拶を交わし、握手した。


 ベルは奴隷とか異種族とか、そういうのには無頓着だ。

 使えるなら使う、使えないなら使えないというちょっとした実力主義なところもあるけれど、元々、彼女が物事に関心を持たないという性格なのも、魔族であるプリシラを受け入れてくれたことに関係しているのだろう。



「それで今日は登録をするの?」


「うん。ベルには付き添いをお願いしたいんだ」


 彼女を呼び出したのは、ゴンドルの目を欺くためでもある。


 冒険者登録をすれば他の街への入場料が安くなるというのもあり、シャドウの皆はすでに登録を済ませている。新しく入った私が登録をすることは、何の問題も無いけれど……研修期間の私が単独で行動していると変に思われるだろう。


 なので、ベルを付き添いとして同行させることで、シャドウとして冒険者登録をするのだと思わせる。

 本当は、私の監視役はアメリアなんだけど、彼女は先日のことがあったのもあって、顔を合わせづらくなっていた。だから、ちょうど手が空いていたベルにお願いしたのだ。


「冒険者登録……迷宮に、入るの?」


「その通り。あそこは鍛えるのに最適だからね。そこで本調子に戻す」


「普通の子は、迷宮のことすら知らないのに……やっぱりノアは変な子。私も迷宮に付いて行こうか?」


「それは遠慮しておくよ。一週間籠る予定だから、長時間付き合わせるのは流石に申し訳ない」


 ベルは僅かに目を丸くさせた。


「……一週間。普通はそんなに入ろうとしない。大丈夫?」


「問題ないよ。本当に危なくなったらすぐに出る。そこら辺の駆け引きは心得ている」


「…………そう。無理しないでね」


「ありがとう、ベル」


 心配してくれるベルにお礼を言うと、彼女はほんのり頬を赤く染め、「ん」と小さく頷いてギルドの中に入って行った。


 私達もそれに続き、中に入る。


 流石は戦いの中に生きる冒険者が集う場所なだけあって、喧騒が凄まじかった。男性の方が圧倒的に多く、彼らはギルド内に併設されている酒場で飲んだり、仲間達と話していたりと、昼間から自由に行動していた。


 冒険者の中には、新顔である私達を値踏みするように見てくる人も居る。


「っ、……」


 途端に、プリシラの動きが固まる。


「大丈夫だよ」


 私はギュッとプリシラの手を握り、優しく語りかけるように言った。


「お前は私の奴隷なんだから、誰にも触れさせない。安心して」


「……はい」


 彼女の中には、まだトラウマが根付いている。

 二年という長い時間。常に男性から理不尽に与えられた暴力。男性不信になるのは当然のことだ。彼女が克服するまで、私が側に付いてあげる必要がある。


「申し訳ありません。ご主人様に、お手を煩わせてしまって……」


「そう思うなら、私のために頑張って働いて恩を返してくれればいいよ」


 誰にも嫌なことはある。私だってまだ克服できていないことはある。それと直面した時の辛さは知っているから、この程度のことは迷惑だなんて思わない。


「二人とも、こっち」


 先に入っていたベルは、カウンターで私達に手招きをしていた。


「登録は、ここでする。お金、三千リフするけど、持ってる?」


「大丈夫。ちゃんと持っているよ。受付のお姉さん、私とこの子。二人の登録をお願い」


「かしこまりました。……その、失礼ですが貴女の年齢は?」


「十歳」


「じゅ!? こほんっ……本当に大丈夫ですか? 冒険者は危険がいっぱいなので、まだ十歳の方には厳しいかと思われますが」


「問題ないよ」


「…………」


 疑うような視線を向けられた。

 冒険者の命を守るギルド職員として、無駄に危険な仕事をさせたくないと、そう思うのは理解している。それでも馬鹿にされたと思ってしまい、少しだけムカッとした。




「──嬢ちゃん」



「はい?」


 不意に声を掛けられたので振り向くと、そこには二十代後半くらいの男性が立っていた。スラリとした細めの体型で、それなりに良い装備を付けている。


「どうしたの、お兄さん。今登録しているから、用なら後にしてほしいな」


「お嬢ちゃんがこんなところに来るもんじゃねぇ。まだ生きてぇなら、さっさと失せな」


 私の言葉を無視した男は、吐き捨てるようにそう言い、冒険者ギルドの出口を指差した。


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