5. 少女は演じる




 後日、私は騎士に連れられ、ゴンドルの執務室を訪れていた。



「君には私に協力してほしい」


 この言葉は虚言だ。



 協力?

 従僕しろ、の間違いでしょ。



「私は何をすればいいの?」


「それを教えるのは私ではない。──おい」


 それまで気配を隠していたガッシュさんが姿を現す。

 私はあえて気付かなかったふりをして、大きく驚いてみせた。


「これからはこいつの部下として動いてもらう。……ああ、断るのはお勧めしない。君の家族がどうなってもいいのなら、な」



 ニヤリと、粘つくような笑みを浮かべるゴンドル。

 その面をぶん殴ってやりたい衝動に駆られたけれど、ぐっと堪える。



「家族は、無事なの?」


「それは君の働き次第だ」


「……っ、そんな」


 我ながら、演技が上手いね。

 完全に無力な少女を演じられているよ。


「…………(ジー)」


 だからガッシュさん。

 そんな訝しげな目をこちらに向けないでほしいかな。



「どうだね? 私に協力してくれるだろうか?」


 それはただの脅迫だった。

 逃げることは不可能な『協力』だ。


「わかり、ました……」


 私は力無く項垂れた。


「いい返事をもらえて嬉しいぞ。では、これからも頑張ってくれたまえ」


 ゴンドルは興味無さげに、もう行っていいぞと私を部屋から出した。

 最後まで私の笑みに気付くことなく、奴は私を野放しにしたんだ。



「……く、ふふっ、あはっ♪」



 ここからは好き勝手にやれる。

 それが楽しみで、私は笑いを堪えることができなかった。






          ◆◇◆






 ガッシュさんに案内されるという形で、一応シャドウの本拠地へと訪れた私は、すぐに自由を許された。


「……と、やっと着いた」


 秘密の通路を通り抜け、街を囲っている城壁を出た私は、ちょっと歩いた先にある森までやって来ていた。


 そこには何者かによって廃棄された小屋がある。

 『一度目』で私が偶然見つけて、密会がある時はよく使っていた場所だ。


 中は埃まみれで汚いけれど、周りは木に囲まれているので目立たない。

 屋根もちゃんと付いているので、小屋としての最低基準は満たしている。


 なんなら住むことだって可能だ。

 虫とカビ臭さと時々崩れる床を我慢すればの話だけれど……。


 その中に設置してあるベッド──そう呼べるのか不安になるほどボロボロ──の上で、私は腕を組んで座っていた。



「これから忙しくなるけれど、困ったな」


 何が困ったか。

 それは『一度目』と今の、実力の差だ。


「確実に弱くなっている。当然っちゃ当然なんだけど……十歳の私、弱すぎ……」


 つい先日までの私は、何の力も持たない田舎の村娘だった。


 それが急に強くなるなんてことはあり得ず、私は強くなるために死に物狂いで力を身に付けた。


 裏社会で自分の身を守れるのは、自分だけだ。

 だから私は全ての技術を奪うつもりで、皆から色々と教わりながら、自分に吸収していった。


「それが、全部パァ……うぅ、改めて実感すると、結構ショック」


 もちろん、知識としては全て頭の中に入っている。

 でも、鍛えた体は全て元通りになってしまった。






「……さて、状況はあまり芳しくないぞ」



 今のままでは、ゴンドルを殺すのは難しい。


 奴を護衛している騎士は、それなりの実力者だ。

 彼らを圧倒できるくらいの力を持たない限り、私の刃はあの肉ダルマに届かない。


 私には力が足りない。

 手数が足りない。

 そして金が足りない。


 それらを補うため、私は動き出すことにした。


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